甘き敗北よ来たれ



「うひんっ!?」



 航宙城塞【ニアル・ヴィール】管制局。


 ティセリア騎士団、カウナ・モ・カンクーザ……敗北!


 首を刎ね飛ばされた騎甲士ナイアルド【ゼールヴェイア】が地へと堕ちていく。そのショッキングな映像に、ティセリアは玉座の上でひっくり返った。


 シーヴァンに続きカウナまでもが敗北。


 ありえない、ありえない、ありえない。


 あんなに応援したのにーー!


 悔しくて、悔しくて、ティセリアは唇をむにゅむにゅ歪めながらもがき続けた。


 いけ好かないトキオのにやけ面が、ティセリアの頭の中でぐるぐると渦巻く。



(や〜〜い!ティセリアちゃん!僕勝っちゃったもんね〜〜!!)



 脳内のトキオが嘲笑う。何と小憎たらしい顔か!ティセリアは地団駄を踏んだ。



「うぎ〜!うるしゃい〜!トキオのばかたれ〜!!」



 ティセリアは暴れる。カボチャ型の下着が見えても気にしない。



「うぎ〜〜ん!カウナ〜!なんで負けちゃったの〜!?くやし〜よ〜!うわ〜〜〜〜ん!!」



 不満を抑えきれず、とうとうティセリアは泣き始めた……。



「………………」



 リースンやコーコに宥められるティセリアを傍目に見遣りながら、シーヴァンは一人静かに震えていた。


 勇猛な眼差しは今は閉じられ、目尻からは熱い涙が一筋。



「トキオ…そしてカウナ…!見事な戦いだった…!俺は…嬉しい……!」



 カウナは全力を発揮したであろう。そしてそんなカウナに追随し、時緒は勝利をして見せた。


 そんな二人が誇らしくて、シーヴァンは感動に震えた。


 正直な所、カウナの戦い方は些か無駄な精神力ちからが入り過ぎていた所があった。


 トキオの太刀筋も未だ未だ改善の余地が有るし……エクスレイガに翼が合体した時はーー



(カウナ!俺と替われ…!翼付きのエクスレイガ…!俺が戦いたい!)



 と大人気ないことを考えてもしまっていたが……。



「ふ…!」



【結果オーライ】と地球の諺にもある。


 終わってみれば、カウナとトキオの気迫がぶつかり合った、正しく素晴らしい戦争だったと、シーヴァンは思うことにした。


 ただーー。


 トキオがこの【ニアル・ヴィール】に捕虜として来てくれなかったこと。


 そしてカウナが、暫くイナワシロであの美しく、美味い食事に溢れた地で捕虜生活を送ること。


 残念、且つ羨ましい……。


 シーヴァンは溜め息を吐きながら、小さく呟いた。


 ティセリアにばれないように……。



「はぁ……トキオたちに会いたい……イナワシロに行きたい……はぁ……」





 ****




 猪苗代町。


【磐梯神社】敷地内の林の中に、エクスレイガとシースウイングが人知れず着陸したのは、律の腕時計が午後三時の時報を告げた丁度その時だった。


 十五分くらい経過してーー



「カウナさん…大丈夫ですか?」

「ふははは!無論!……と言いたいが……頭がふらふらする…!物凄く眠い…!ふはは……!」



 カウナを背負った時緒が林道から姿を現し、ゆっくりと石段を登ってきた。



「時緒くんも大丈夫ですか?かなりの精神力を使ったでしょう?」

「椎名くん?そこ段差あるからね?」


 時緒の後ろには、パイロットスーツ姿の芽依子と真琴が付添い、時折よろめく時緒を恐々と見守っていた。


「みんな、ただいま……!」


 石段の頂で待っていた律たちを確認すると、時緒は手を振ってみた。


 伊織も正文も手を振り返してくれたが、だだ独り、律だけが唇を尖らせて時緒を……いや、カウナを睨み下ろしていた。


 安堵したような。呆れているような。そんな顔で。



「リツ……!リツ!リツ!!」



 精悍な顔をホの字にさせて、カウナも手を振る。


 律は眉をひそめて、大袈裟な溜め息をカウナにも聞こえるように吐いた。



「敗けた癖して私を連呼するな!いつから私はお前のエイドリアンになった!」

「はは…すまん……!」



 律の一喝に、カウナは牛めいた耳を垂らして落胆した。脱力のせいで時緒に全体重が掛かり、時緒は顔を険しくした。



「律はお前のこと心配してたぞ…?カウナ・モ・カンクーザ」



 つまらなそうに。


 澄ました顔で、しれっと。


 正文が流し目でカウナを見遣りながら言うものだから、カウナは少しびっくりして目を見開いた。



「マサフミ…!?それは本当か!?」

「な……!」



 律の顔が段々と朱色に染まる。



「何を言うか!?正文バカ!!」



 赤面の律は綺麗なフォルムの蹴りを正文の後頭部目掛けて繰り出す。


 しかし、正文は律の蹴りを華麗にかわし、ついでに袴を思い切り捲り上げて黒いレース生地で出来た律の下着を、カウナの目に眼に焼き付け、敗北の騎士をどぎまぎさせた。



「時の字、ソイツは俺が代わる。お前も休め。顔色が悪い」



 正文は流れるような動作で、カウナを背負った。



「マサフミ……?」



 正文は自ら背負った異星の騎士を一瞥してーー



「お前の気迫……確と伝わったよ。律もそれを理解している」



 カウナは、疲れ切った溜め息を吐いて、首を横に振った。



「しかし、我はトキオに敗けた…」

「言うな。伊達男と云うのはな…?負け際も歌舞くものなんだ」

「カブク?」



 途端、正文はしたりとした笑顔をカウナに向けた。



「格好良い敗け方だったぞカウナ。?」



 正文の言葉が、カウナの芯に響いていく。



 総ての対抗心の一切を放棄したカウナは苦笑を正文に向け、その身を預ける。


 カウナは確信する。


 マサフミ。リツの最初の男。


 トキオと同じく、懐の深い男。


 何れ、この男とも雌雄を決せねばならない。


 リツに相応しい男になる為には、この伊達男とも戦わねばならないと……。



「ふ…!…言ってくれる…!」



 カウナはそう吐き捨てて、やがてーー



「…………」



 まるで遊び疲れた子供のように、寝息を立てた……。



 安心しきったカウナの寝顔に、律はすっかり毒気を抜かれてしまった。



「やれやれ……全く…!」



 照れ隠しにがに股でのしのし歩きながら、カウナのもとへと歩み寄る。



「起こすなよ…?」

「わかっているよ…!」


 小声で嗜める正文に律は歯を剥き出してで応えると、そっと、眠りに落ちてしまったカウナの、柔らかな赤髪を撫でた。



「世話のかかる奴め……」



 そう言う律の顔には、やっと聞かん坊を寝かしつけたような、慈愛に満ち満ちた母親めいた微笑を浮かんでいた……。



 ひゅんひゅんと、風を切る音が聞こえる。



 林の方角を眺めると、いつの間にかイナワシロ特防隊の輸送ヘリが二機、其々隻脚のエクスレイガ・イカロスと、首なしとなったゼールヴェイアを吊り下げて、磐梯山の麓へと飛び去っていくのが見えたーー。




 ****




「……所でよ?」

「ぁい?」



 場の雰囲気を壊さぬように。


 極力注意を払った伊織が、時緒へと囁く。



「さっきから気になったんだが、俺たちと言い、スーツ着てるまこっちゃんと言い、いつから俺たち…イナ特に自由に出入り出来るようになったのよ?」

「……あ」



 口を開けたまま固まる時緒に、伊織はこほんと席払いして、質問をもう一つ。



「……ていうか、佳奈美どこよ?」

「「「あ」」」



 時緒だけでなく、芽依子と真琴も口を開けて固まった。



 今の今まで、忘れていたからである。





 ****




「良いかお前?」



 イナワシロ特防隊基地、会議室。


 パイプ椅子に突っ伏したゴールデン・ウイークを奪われた者佳奈美に向かって、真理子は淡々と宣う。



「補修授業なんざラッキーだと思え。親の金で勉強出来るだけでもラッキーなんだ。私達なんざホラ?勉強したくても出来ねえ訳だからな?」



 真理子の説に、背後の喜男、薫夫妻が同意の頷きをする。



「ぐすん!ひっく…な、夏休みも補修になっだら…どうじよう…!?」

「そうならねぇように勉強し直すんだろうが!今からなら充分間に合う!もう一度中学の問題からやり直そうぜ!暇な時は見てやっからよ!」



 真理子は親指を立てたサムズアップ



「カナミ!またやり直しましょウ!」キャスリンが笑顔で佳奈美の肩を叩いた。



「理数系なら任せとけ!」卦院も勝ち気な笑みでキャスリンに続く。



「び…びんな…ありがどおおおおおお!!大好きいいいい!!!!」



 感極まった佳奈美は真理子へと抱きつく。


 下ろしたてのジーンズに、佳奈美の涙と鼻水と涎が染み込んで、真理子は心底嫌な顔をした。



「へえへえ、私も馬鹿ヴァカなオメーが大好きだよ……」



 うんざりした笑顔を浮かべながら、真理子は会議室から見える景色を眺めた。


 夕焼けにオレンジ色に染まる山々を背に、輸送ヘリに吊り下げられたエクスレイガが、格納庫へと仕舞われていくーー。



『ぎゃああああ!?エクスレイガ子ちゃんが案山子みてえになってる!!!!』

『真理子さんから伝言!"明日までに直せ"とのこと!!』

『そんな!?今晩は【奥羽大学女子WWE愛好倶楽部】との合コンが!?』

『ま、真理子さんから追加の伝言。"合コンか新型兵装の実験台か…好きな方を選べ"と!!』

『そんなぁぁぁ……この日の為にジ・アンダーテイカーの物真似極めて来たのにぃぃ!!』

『デビルだ…あの人はデビルだぁ!!』

『天は我等を見放したぁぁ!!』

『光を!!もっと光をぉぉ!!!!』



 外から聞こえるエクスレイガ整備班のもの哀しい悲鳴が、猪苗代の山々に響いて消えた……。





 続く

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