大回転!時緒の必殺剣!!


 


帝都東京がルーリアの手に落ち、誰がどう言うでもなく、ごく自然に、有耶無耶に、エクスレイガのホームグラウンドである猪苗代が、日本でのルーリアとの戦争に於ける橋頭堡と化したのは四月も末。


 時緒が、芽依子、真琴とデートをしてから一週間が経った頃。


 遅咲きの桜花がやっと猪苗代や会津に咲き乱れた頃。


 毎朝、時緒が木刀を汗だくで振りながら、頭の片隅でーー



(…ゴールデンウィーク…どうしようかしら?)



 などと考えてもしまう頃だったーー。





 ****





「時緒です!目的地、到着しました!」



 猪苗代町、椎名邸のすぐ近所の道路、国道一一五号線に、エクスレイガの巨体が滑り込むように着地する。


 白と紺の装甲各所から、排熱の蒸気が吹き上がり、陽光に煌めくエクスレイガの表面に水滴を形成した。



『エクスレイガ周囲半径四キロメートルをバトルフィールドに設定!マリコとメイコが出払ってるからって、ヌルいアタックかましちゃ駄目ヨ!!』



 スクリーンの中でキャスリン・バーグが、時緒に向かって親指を立てるサムズアップ



「勿論!僕はどんな時も本気を出す心得があります!!」



 時緒は操縦桿を握り締める。御守り代わりにパイロットスーツに括り付けた、シーヴァンから貰ったデルの柄が、かつり、と鳴った。



『11時の方向!スターフィッシュ、数は6!…いえ8ッ!』



 川桁山の峰上から、春霞を突き切るような星型の影が複数見える。


 スターフィッシュの編隊だ。


 エクスレイガを確認したのか。スターフィッシュ達は高速で回転、弧状の飛行機雲を描きながらエクスレイガ目標目掛けて降下する。



「ブレード、抜刀します!」


【ルリアリウム・ブレード |刀身形成《マテリアライゼーション】



 エクスレイガの掌から翡翠色の光の刀身が伸びる。ブレードを振り切ると、剣圧に震える空気が、コクピット内にまで伝播してくるようだ。


 刀剣を握るエクスレイガのマニュピレーターの熱と、時緒の汗ばんだ手の熱とが同調リンクする。


 スターフィッシュとは何回か交戦し、その都度全滅させて来たが、時緒は慢心しない。


 頭の中に浮かんだ『楽勝』の二文字を、これまた頭の中に思い起こしたディフォルメの時緒がばりばりと噛み砕いた。



「エクスレイガ…征って参ります!」



 力強く、柔軟に、その駆体全体をバネのようにしならせ、エクスレイガは跳躍、飛翔。


 時緒の闘志を宿した、翡翠色の双眸カメラアイぎらつかせ、躊躇いなくスターフィッシュ群の中へと突貫した。




 春本番を迎えた猪苗代の空に、桜の花びらと、粒子光の泡沫が弾けて散った。





 ****





「ふ…っ!単純な無人機相手に大胆な騎動!相も変わらず美しいな……エクスレイガ!」



 ニアル・ヴィール城内の自室にてーー。


 キュービルを二機纏めて斬り伏せるエクスレイガの映像を観ながら、カウナは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。



「エクスレイガ…いやトキオ…。シーヴァンに魅入られた、美しいお前を倒すのは…更に美しい我でなければならない!!」



 地球の動物【牛】に似た耳と角を撫で、愉快げに歪めた瞳に勇猛たる闘志を宿してーー



「……音楽っ!」



 ぱちり。カウナは手入れが行き届いたその細い指を鳴らした。


 室内を管理する人工知能がカウナに従い、オーケストラを演奏する。



 ヨーゼフ・フランツ・ワーグナー作曲【双頭の鷲の旗の下に】。



 明快でリズミカル、それでいて気高さを感じさせる曲調。


 美しい地球人の音楽、そして勇猛果敢に戦うエクスレイガの姿に、すっかり上機嫌のカウナは、三つ編みに結わえた自身の赤髪をさらりと撫でた。



「残存キュービルは撤退! 《アフナス》 ……戦闘を開始せよ!」



 カウナは両手を広げ、キザなポーズで映像へ向けて命ずる。


 ふと、カウナは画面の端に、空をくっきりと映す水面を発見した。


 田植えに備えて水を張った水田である。


 米苗を植え、秋には一面黄金色をした稲穂の絨毯となるだろう。美味いコメを作るだろう。


 その事を捕虜となっていた兵士から習っていたカウナは、再び指を鳴らした。



「アフナスたちよ!水田は踏み荒らすなよ!アレは美しい物だ…!」




 ****





『時緒くん!真下!山の中に何かいるぞっ!!』



 映像の中、予備のパイロットスーツをメンテナンスしていた嘉男が焦りの声を発した。


 スターフィッシュが突如と撤退していく事に虚を突かれ、呆としてしまった時緒は、嘉男の警告に慌てて従い、エクスレイガを急降下させる。



「……っ!?」



 先程までエクスレイガが存在していた空間を、四条の光の柱が貫いた。



『いタ!ルーリアの陸戦型!!数は四!!』



 道路へ再着地したエクスレイガが川桁山の中腹を睨む。


 いた。


 高速道路の高架付近に異形の影が四つ。時緒の好きな、どら焼きめいたボディの下に、メタリックに輝く三本の触腕。



 ルーリアの陸戦型無人戦車 《オクトパス(正式名称はアフナス)》 である。



(蛸八本オクトパスというより…三脚台トライポッドだよね…アレ)



 そんなことを頭の隅で考えながら、時緒は刀を構え直した。


 正眼の構え。


『時緒!』モニターいっぱいに、猪苗代町長、麻生の顔がでかでかと映った。



『時緒!悪いが…出来るだけ水田は荒らさず戦ってくれ!今年も農家みんな気合いが入っている!』



 麻生の頼みに、時緒は大きく、堅く頷いて見せる。



「はい!この時緒、水田を荒らさず、気をつけて、オクトパスを斬り刻んでタコ焼きにして征きます!」

『よく言った時緒!それでこそ会津の男だ!!帰って来たら本物のタコ焼きを奢ってやる!!』

「ご馳走様です!ソースたっぷり!青海苔たっぷり!かつ節どっさり!マヨネーズこってりでお願いします!!」



『……あまり塩分の摂り過ぎは無視出来ねえぞ…俺』モニター端から、町医者の卦院がジト目で時緒を睨んだ。



「…塩分糖質は置いといて…!時緒、突貫します!!」

『置くな!芽依子から聞いたぞ!?最近お前エナジードリンクがぶ飲みしてるって…』

「参ります!!」



 卦院の小言を置き去りにして、エクスレイガは猪苗代の町を疾駆した。


 水田を飛び越え、ホームセンターとガソリンスタンドの間を走り抜けて、エクスレイガは疾風と轟音を纏って巨大な韋駄天となる。


 オクトパス達は水田を器用に避けながら長瀬川の川岸横一列に隊列フォーメーションを組み、エクスレイガを待ち受けた。


 各々触腕の一本を持ち上げ、円柱状をした先端にルリアリウムエネルギーの粒子が集束させて、


 !!!!


 エクスレイガ目掛け、リング状の粒子砲を一斉に砲撃。



「疾ぃぃぃぃぃっ!!」



 幾重もの光の砲撃を、エクスレイガは左右のステップで躱す。左肩の装甲先端を少しかすめたが気にはしない。そのまま走り抜ける。


 !!!!


 二度撃たれた粒子砲もまた、エクスレイガは紙一重、最低限の回避運動で躱した。


 シーヴァンの動きの見様見真似だ。



「届いた…ッ!タコタコ軍団ッ!!」



 オクトパスの隊列の中へと、エクスレイガはスライディングに近い格好で滑り込む!


その眼が、コクピット内の時緒の眼が、更なる戦闘意思にぎらついた!


 オクトパス四騎其々の触腕がエクスレイガの頭を、腹を、脚を殴り壊そうと振り下ろされる。





 ーーだが、それらがエクスレイガに届くことは無い。



「威あぁぁぁぁあっっ!!」



 エクスレイガは今一度跳躍、日光を背に、万有引力を味方につけて。



「我流剣式!【鋼独楽はがねごま】!!」



 右脚を軸に、エクスレイガの巨体が回転する。


 風を薙ぎ、石を巻き上げ。


 シーヴァンの攻撃を参考にした豪快で無遠慮な斬撃が竜巻となって猛き回り、オクトパスたちを切り刻む。


 どら焼きのようなボディを切り刻む。


 打撃する直前だった触腕を切り刻む。


 周囲の総てを、エクスレイガの刃が切り刻む。



「うっぷ…!」激しい回転に三半規管を侵され、時緒は目を回した。


 エクスレイガは回転を止め、よろめきながら膝を着く。ぶしゅうと、エクスレイガの各所からまた蒸気が噴き上がった。


オクトパスにとっては反撃のチャンスだが……。


 もう、エクスレイガの周囲には何も無かった。


 そよ風に波打つ水田と、蕾を膨らませ、今にも咲き誇りそうな菜の花畑の黄色い絨毯。


 そして、薄く輪切りにされた、かつてオクトパスだった残骸が転がっているだけだった。



『…周囲、敵影なし。状況終了!』快活なキャスリンの声音がコクピットに響く。



「…ありがとうございました…!」



 エクスレイガは立ち上がり、深々と礼をした。


 サポートをしてくれたキャスリンたちへの礼。


 戦場として戦わせてくれた猪苗代への礼である。


 込み上げてきた喉の渇きに時緒はコクピットシート下のクーラーボックスからピンク色の缶を取り出した。


ラベルには【デビルエナジー パッションフレーバー】とド派手な文体で印されている。


 時緒お気に入りのエナジードリンクだ。


 プルタブを片手で開けて、内容物を流し込む。


 態とらしい甘味と強烈な炭酸が、ルリアリウムに精神力を吸い取られた今の時緒に、えもいわれぬ爽快感をもたらしていく。



『あーーっ!おめぇ!』モニター内の卦院が顔をしかめた。



『またそんなもん飲みやがって!糖尿病になるぞ!』

「…一日一本にしてます!」

『毎日飲んでるのか!?』

『私、本場生まれだけど…そういうのあまり飲まない方が良いヨ…』



 エナジードリンクを飲み干した時緒に、卦院はおろか、麻生もキャスリンも嘉男も、感心しない顔をした。



「…………」



 すっかり肩身が狭くなってしまった時緒は目をそらし、猪苗代の町を眺めながらぐびりと喉を鳴らす。



「ん、んんっ!?」



 時緒は驚き、喉を通過しかけていたドリンクを吹き出しそうになった。


 慌ててディスプレイを操作し、エクスレイガのカメラを猪苗代町に向ける。


 マイクの集音機能も起動させる。



『わぁ〜!かっこいい!エクスレイガ〜!!』

『良いぞ〜!エクスレイガ〜!!』

『頑張った!感動したっ!!』

『うっひょ〜!ミーチューブ十万回再生突破〜!エクスレイガあざっす!!』



 民家の屋根に。


 歩道橋の上に。


 スーパーマーケットの駐車場に。


 人が、地下シェルターに避難していた筈の沢山の人々が、エクスレイガに向かって手を振っていた。


 中には携帯端末やビデオカメラで撮影している者もいる。



「なんで…人が…?」



『それが…なぁ…』麻生が困り顔で頭を掻いた。



『孫から聞いたんだが、どうやらエクスレイガとルーリアの戦闘を見たい奴らが続出してな…?最近じゃあ避難所も閑古鳥らしい…』

「…………」



 時緒は心底呆れた。


 ついこの間まで、一心不乱で避難していたのに、今では丸でヒーローショーの観客のようだ。


 エクスレイガを眺める人々の顔はみな笑顔に満ちている。


 悪い気はしない。時緒はそう思った。



(無理もないのかな…?ルリアリウムエネルギーは人体には影響ないし…?)



 もし、自分が何も知らない一般市民だとする。


 ある日突然、目の前で巨大ロボットが、人間を傷つけない特殊な武器で戦いだしたら、多分、いや、絶対自分もときめいてしまうだろう。




『『エクスレイガー!エクスレイガー!!』』



 瞳を輝かせた子供のエクスレイガコールが聞こえる。


 戦争イコール恐怖。その軛から地球人は解放されようとしているのだろうか?そう思うと、改めて重要な任務を任されていると時緒は痛感し、先程までの己が酷く拙い物に見えてきてしょうがなかった。



「…卦院先生…すみません…」

『あ?』

「もう少し自己管理に気をつけます。エナジードリンクは週に一回……いや、二週間に一回にします…」

『うむ!よし!分かれば結構!!』



 卦院の快活な笑顔が、時緒にはとても眩しい物に見えて仕方がなかった。




 ****




「ふむ…よし!」



 エクスレイガの戦闘映像を周囲に並べ、カウナは満足げに笑う。歯石の欠けらも見当たらない白い歯が眩ゆい光を放った。



「美しいデータが手に入った…!ふ…くくくくくくっ!!はははははははっ!!」



 自身がエクスレイガと戦う雄姿を想像したカウナは、その美しさに片脚立ちでくるくる舞い踊る。


 今いる場所が自室であり、自身の舞が誰の目にも触れないことが、カウナには酷くもどかしく思えた。


 そのまま、カウナは洋服箪笥を開ける。


 中には騎士装束が数十着並んでいた。皆同じデザイン、同じカラーリング真紅である。



「さて!どれを着てイナワシロへ侵攻しようか!?付ける香水は何が良いかな!?おっとその前に女性捕虜子猫ちゃんたちと美しい夕食会をしなければ!!ふっふ〜〜ん!!」



 心底楽しげなカウナのシルエットが、窓に映える地球の蒼に、輝いていた……。





 ****




 福島県須賀川市、【ふくしま国際宇宙港】ーー。




 ばちん、ばちん、と、スイッチの音が鳴って、薄ら寒い雰囲気の格納庫に照明が点く。



「真理子おばさま…が…私の機体…?」

「そう…!エクスレイガ支援戦闘機。その名も…【シースウイング】!」



 芽依子と真理子の視線の先で。


 ルリアリウムの動力炉を宿した鋼の鷲が。


 機首に備えられた左右一対の砲門が。


 白と緋色に染められたその翼が。


 僅かな照明を集めて、光沢を放っていた。







 続く

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