真琴、大爆発〇秒前!


 真琴は、震えたーー。



「キィーッ!?何なのこのじじい!?ワタスィの仕事の邪魔しな…」

「だまらっしゃい!このデカダルマ!」

「デ、デカダルマァ!?」



 行く手を遮るジューンを、喜八郎はまるで埃を払うかのように片手で掴み、放り投げる。



「ぬ!?ぬおぉぉぉお!?」



 野太い悲鳴を迸らせ、ジューンは宙を舞う。


 突然の出来事に、芽依子とリューミンは呆けた顔で、ジューンが宙に描く軌跡を眺めることしか出来なかった。



「…………!」



 真琴は、怒りに震えたーー。



「やいやいやい!おうおうおう!!」



 喜八郎は好きな時代劇の主人公の真似をしながら、驚き立ち尽くす時緒に詰め寄る。



「あ、あの?お爺さん!?どちら様ですか?」

「喝ぁぁつっ!貴様のようなデレスケにお義祖父じいさんなどと気安く呼ばれる筋合いはないっ!!」

「はいっ!?」



 会話が噛み合わず、時緒は目を白黒させてたじろいだ。



「時緒!」

「椎名!」

「時の字…!」



 間髪入れずに入店して来たのは、伊織、律、正文の、猪苗代三羽烏さんばからすだ。



「さ、三人とも!?何でここに!?」



 時緒の質問に三人は一切答えず、感極まった表情で時緒の肩をばしばし叩いた。



「時緒!お前最近隠しごと多いぞ!?いい加減にしろよ!!」

「はぁ!?」

「それで!?式はいつやるんだ!?」

「はあぁ!?」



 伊織が何を言っているのか、時緒にはまるで理解出来ない。



「時の字…披露宴は勿論平沢庵俺様んちでやるんだろ…?任せろ…!ブライダルプランも存分に用意してある。夜はそのまま泊まって濃厚な初夜を…、」

「抜かせ正文…!その前に結納の儀だろうが…!安心しろ椎名、磐梯神社私んちなら友達割引で格安ながらもしっかり祈祷してお前達の安産を…、」

「ちょっと待ったぁ!披露宴の料理はぜってえきむらや俺んちだろ!和、洋、中、仏、伊!なんでもござれだぜ!勿論アレルギーや各宗教の戒律にも完全対応…、」

「ごめん!みんなが何を言ってるのか僕全然理解出来ない!!」



 店内で原因不明のはしゃぎを見せる正文、律、伊織に時緒は心底うんざりした。


 披露宴とは何のことか。それよりも此処は人様の敷地だ。余計な暴れ回りはやめて欲しい。


 そう注意しようとした時緒を、喜八郎が羽交い締めにした。



「何処へ行くか椎名 時緒!迂闊な奴め!」

「だ、だから…っ!?」

「その根性叩き直してやるっ!表に出ろっ!いざ尋常に勝負…!」

「勝負…!?」



 ”勝負”


 その言葉に、時緒の目の色が変わる。


 温厚な瞳から、戦士の目付きへ。



「…良いでしょう!それで話を聞いて貰えるのなら…」

「笑止!孫を惑わすその罪…万死をもって贖うが良い!!」


 時緒と喜八郎は闘志をぶつけ合う。二人はファイティング・ポーズのまま店外へと足を進めようとした


「……あのっ?もしもし!?」



 流石に事態を収拾させねばなるまいと、芽依子が挙手をして、皆の注目を集めようとする。



「あの…?私達はですね…?」

「考えてみれば!お嬢とまこっちゃんがドレス姿!って事は時緒は……重婚!?」

「重婚とな…!?」

「…時の字…羨ま…けしからん奴…!」



 そんな芽依子の心配りを、興奮状態の伊織達が台無しにする。



「…いえ、あの…だからそんなでは…はぁ…」



何処から説明すれば良いか……。芽依子は頭を抱えた。



「か、喝ぁつっ!?重婚だと!?こ、ここ…この犯罪者めぇぇえっ!!」

「だ、か、ら!!意味が分からないと言ってるんです僕はぁぁ!!」


 鼻の穴を大きく広げた喜八郎と、うんざりの極みに達した時緒の叫びがぶつかる。一触即発。



 真琴は、怒髪天に震えた。


 そして、燃え滾る怒りが、折角の撮影を邪魔された怒りがーー。


 大爆発ーー!





「良い加減にして!!みんな静かに!!!!!!椎名くんと喧嘩しないで!!や!!め!!て!!」





 真琴の怒号が、店の壁を震わせ……。



「「…………」」



 

 時緒も、芽依子も、伊織達も。ひっくり返ったジューンもリューミンも。


皆一斉に沈黙し、先程の阿鼻叫喚が嘘であるかのように、店は静寂に包まれた……。


 まさか、温厚で、どちらかといえば気弱な部類に入る真琴が、これ程の感情を爆発させるとは、夢にも思ってなかったからだ。



 ただ一人。



「ひ、ひいいいいっ!?孫が怒ったぁぁあ!!怖いいいい!!すまん!すまん!!許してくれぇぇ!!」




 喜八郎は涙目で土下座。ウエディングドレスの上から怒気を揺らめかせる孫娘真琴に、まるで赤ベコめいた挙動で頭を下げ続けていた。





 ****




「真琴さん?落ち着きました…?」

「は、はい…ありがとうございます…。お恥ずかしい所をお見せしました……ふぅ……」

「いえいえ…」



芽依子に背中を撫でられて落ち着きを取り戻した真琴は、写真店の床に正座をする伊織、律、正文、そして祖父の喜八郎に向かって、淡々と口を開く。



「私達がウエディングドレスこんな格好をしているのは…、そちらの…デザイナーのジューン先生から…だけなんです…!」



「「え…?」」喜八郎を筆頭に、四人はゆっくりと、頭部のみ左側に動かした。



「「モデル?」」

「全く以ってその通りよ…。鹿



 椅子に突っ伏したジューンがひらひらと手を振って、頷いた。


 傍らに立つ時緒が、氷嚢を吊り下げた棒を携え、ジューンの額を冷やしていた。喜八郎に放り投げられ、床に落着した際に額をぶつけたのだ。



「…じゃあ…結婚しないのか…?重婚は?」

「…しません…!する訳がありません…!」



 断言する真琴に、質問者の律はーー



「……なんだ……つまらん……」


 顰め面で天を仰いだ。



「……残念ながら……」



 顔を真赤にした真琴は、小声でそう付け足した。


 誰にも聞こえていないと思って。



「「…………」」



 しかし、真琴のその囁きが聞こえていなかったのは呆けた顔で氷嚢を持っていた時緒だけで、真琴の様子を注意深く伺っていた芽依子たちには、筒抜けだった。



「…………」



 無論、喜八郎にも。



「「…………」」



 ジューンとリューミンにも。



「……という訳で…おじいちゃん!!」

「へ…へいっ!!」

「謝って!椎名くんに!!」

「は…はいぃっ!!」



 孫に睨まれた祖父、喜八郎は正座のまま跳ね飛んで時緒の方を向くーー。



「時緒くん!勘違いして…ほ、本当にすまんかった!!」



 世界終焉の時が訪れたような表情で土下座しようとする喜八郎を、時緒は慌てて制止する。


「あひゃん!?」放り投げた氷嚢がジューンの頭頂部に落ちて潰れた。



「神宮寺さんのおじいさん、顔を上げてくださいな…!」

「いや…しかし、孫娘のことを楽しませてくれた君を……儂は破廉恥だの犯罪者だのムッツリペドクソラノベ主人公だの…」

「……ムッツリペドクソラノベ主人公は初耳ですし心外ですし何言いやがるクソジジィと思いましたが……もう良いんです…!お互い忘れましょう……!」



 涙目で見上げてくる喜八郎に、時緒はにっこり笑って真琴を見遣る。


 美しいドレス姿の真琴をーー。



「それよりも喜八郎さん。僕よりも神宮寺さんを見てやってください…!お綺麗でしょう?」



 時緒の言葉に、喜八郎は改めて真琴を眺めた。


 十五歳に成長した真琴。何と美しいのか。


 ついこの間まで赤ん坊だった孫娘が、成長し、純白のウエディングドレスを今、目の前纏って立っている。


 結婚式本番ではないが、その美しさは喜八郎を感動的に、感傷的にさせるには充分なものだった。



「……ああ!綺麗じゃ…!若い頃の妻そっくりの別嬪じゃ…!!」



 鼻を啜りながら、嬉しそうに、力強く頷く祖父に、真琴はもう怒る事は出来なかった。



「もう……もう少し大人になったら…本番でちゃあんと着てあげるからね!ウエディングドレス!」



 すっかり怒気を削がれ、何やら可笑しくなってしまった真琴は芽依子とと苦笑し合い、戯れるように、照れ臭さを紛らわすように抱き合う。



「良いなぁ…花嫁同士…!」

「あ…シャッターチャンス…!」



 余計な物のない美しいその光景を時緒は、そしてジューンは決して見逃さなかった。




 ****



「ありがとうボーイ&ガールズ!お疲れ様!」



 喜八郎や伊織たちがにやけ面で見守る中、時緒、芽依子、真琴の三人は無事撮影を終えた。


真琴にとって夢のようなひと時が、終わりを迎えた。


 すると、ジューンは僅かに膨らんだ茶封筒を、時緒、芽依子、真琴へ一つずつ渡す。



「貴方達の報酬ギャランティーよ。受け取って頂戴!」



 時緒と真琴は驚いた。


 茶封筒の中には、聖徳太子が描かれた壱萬円札が五枚も入っているではないか。



「こ、こんな大金、受け取れませんよ!」



 時緒は申し訳なさそうに茶封筒をジューンへと返却しようとした。芽依子と真琴も同意して頷く。


 しかしジューンは真剣な表情でーー



「勘違いしないで。これは貴方あーたたちの仕事に対する正当な代価サラリー

。元々来る予定だったモデルたちにはもっと高額なギャラを払う予定だったもの」

「だ、だけど…」

「良いこと?自価値を過小評価しないで頂戴。自らの美しさを過小評価しないで頂戴。この金額に見合う仕事をしたと胸を張りなさい。少なくとも…ワタスィは楽しかったわ!三人とも初々しくて…モデルとしては三流以下だったけど……初心に返った気分よ!」



 時緒、芽依子、そして真琴の順に見つめながらジューンは白い歯を見せて笑った。


 ジューンにそこまで言われて、時緒達は金銭を返す訳にはいかなくなった。



「受け取りなさい三人とも。ジューン氏の御言葉に甘える。それもまた礼儀じゃ」



 喜八郎の静かな物言いが、時緒たちを決心させた。



「では御言葉に甘えて…」

「有り難く…」

「頂戴致します…」


 其々のバッグに、茶封筒を丁寧に仕舞う時緒たちを見てーー



「……?」



 一応、ジューンは釘を刺しておくことにした。





 ****




「真琴ガール」

「はい…?」


 私服に着替え終えた真琴へ、ジューンは背後から声を掛けた。


 店内には真琴とジューンしかいない。


 時緒や芽依子、喜八郎たちは店外でリューミンと談笑に花を咲かせている。



「…芽依子ガールの事も好きだけど、ワタスィは貴女あーたを推させて貰うわ!」

「……へ?」

「時緒ボーイはかなりの鈍感ボーイよ…!気をつけることね!」



 驚く真琴に、ジューンはウインクをして見せる。



「良いこと真琴ガール…。貴女あーたは美しいわ。自分の心のままに飛びなさい」

「…ジューンさん…」

「傷付くことを恐れるななんて無責任なことは言わないわ…。ただ…絶対に後悔しないで…!後悔だけはしては駄目よ!」

「……!」



 言魂ことだまとも言うべきか。


 ジューンの言葉の一句一句が重く、そして優しく真琴が真琴たる芯へと突き刺さっていく。



「はい…!ありがとう…ございます…!」



 嬉しくて嬉しくて、真琴はジューンと抱擁し合う。



「あらあら…!甘えんぼさんね…!」



 ジューンは、微かなココナッツの良い香りがした。真琴の、好きな香りだった。





 ****




 時緒たちが撮影を終える、およそ十数分前。


 猪苗代町商店街のとある一角。


 佳奈美の生家である、焼き肉屋【たぶち】に、少女の……田淵家三女 《田淵 珠美たぶち たまみ》 の悲鳴が轟いた。




「ぎゃぁ〜〜!?パパ〜!ママ〜!真奈美マナ姉ぇ〜〜!佳奈美カナ姉ぇが〜〜!!」




 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る