戦慄!おじいちゃん襲来!!
「さぁ!しゃっきり撮影しちゃうわよ!最初は時緒ボーイと芽依子ガール!」
ジューンの合図に、タキシード姿の時緒は撮影ブースへと入る。緊張に手が汗ばんだ。
一面真っ白なブースの傍らには薔薇の花々が豪華に飾られ、時緒の気恥ずかしさを増進させた。
「芽依子ちゃん入りますよー!」
リューミンに手を引かれ、芽依子が姿を現わす。
豊満な肢体を薄桃色のエンパイア風ウエディングドレスで飾った芽依子は、時緒の瞳に、それはそれは可憐に映った。
亜麻色の長い髪ときめ細かなヴェールがさらりと揺れるその様は、清らかな春風が形を取ったかのようだった。
真琴が穢れのない野に咲く白百合ならば、芽依子は満開の桜花だ。
時緒の視界の端で、芽依子の姿を見詰めた真琴が、静かに感嘆の溜め息を吐いた。
「宜しくお願いしますね」
薄ら化粧をした芽依子が微笑む。
時緒の緊張と高揚はトップギアに達した。
「…………」
時緒は"こちらこそ宜しくお願いします"と言おうとしたのだが、緊張で声帯が思い通りに機能しない。ぱくぱくと、金魚のように口を開閉するだけだ。
そんな時緒を見て、芽依子は頬を膨らませた。
「真琴さんには”綺麗”って言ってたのに…私にはなんのコメントも無しなんです?」
芽依子のこの言葉には、時緒も流石に肝を冷やした。
「あ……!あ!あ〜〜!」
時緒は、声帯機能を強引に再起動させる。
そうこうしてるうちに芽依子の頬は更に大きく膨らんでいた。まるで
焦燥が時緒を支配しようとしている。
(トキオ…頑張れ…!これも…お前が強くなるが為の試練だ…!)
頭の中で、シーヴァンが真剣な面持ちでファイトポーズをしている、ような気がした。
「…………!」
時緒は意を決して、芽依子の前で膝を折り、笑って、手を差し伸べた。
「僕は幸せ者です……!」
今の芽依子と共にいられることを、自分が感謝していることを、必死にアピールする。
もうそれしか、手段がなかった。
「…………」
芽依子は依然、不満げに膨れたままだ。
だが決して諦めない。それでも時緒は手を差し伸べて、笑い続けた。
十秒経過。
二十秒経過。
やがてーー
「……やれやれ」
芽依子は呆れたように、だが楽しげに笑ってくれた。
「時緒くんのお気持ちは十分に分かりましたよ。さあ?エスコートしてくださいな?」
小首を傾げながら、芽依子は薄桃色の手袋に包まれた左手を、差し出された時緒の手の上へと置いた。
中学生時代の学芸会で、王子役を演じた正文の仕草を思い出した時緒は、その動作を真似てみる。
芽依子の手を優しく握り、軽く一礼……。
真琴とリューミンが小さく拍手をした。どうやら様になっているらしい。
「おっ!良いじゃなぁい!早速一枚ゲッチュよぉ!」
ジューンが満足げにカメラのシャッターを押す。
時緒は内心、
(あれ?ジューンさんはデザイナーで、カメラマンではない筈?)
と思ったが、言わないことにした。経費削減か、それともジューンなりのこだわりなのだろう……。
「芽依子ガール、もっと密着してみてくんない?」
「畏まりました」
ジューンの要求に芽依子は快諾すると、自らの腕を時緒の腕に絡ませ、身体を時緒に押し付けた。
「ぃ……っ!!」
芽依子の豊かな胸が、時緒の腕に押し当てられて変形する。
布地を通して分かるその柔らかな感触に時緒の脳髄は赤熱、意識が遠のきそうだ。
赤ら顔の時緒とは対極的に、芽依子は勝ち気にウインクをしてカメラに目線をやる。
そんな時緒と芽依子の姿が、ジューンの職人魂に火を点けた。
「良いわ!うぶな若旦那とそんな彼を尻に敷く姉さん女房って感じ!キライじゃないわ!キライじゃないわ!!」
鼻息を荒くして、ジューンはカメラのシャッターを切り続ける。仕事を心の底から愛し、興奮している天職者の情熱が小さな店内に迸った。
「時緒くん!少し恥ずかしいですが…楽しいですね!」
「ソウデスネ…」
芽依子の胸の感触に完全支配された今の時緒には、そう淡々と応える事しか出来なくなっていた。
****
ただ、時緒たちがどんなデートをしているか、見たいだけだった。
どのように時緒が行動し、芽依子と真琴を楽しませているかを尾行し、見守り、察知されたのなら敢えて道化でも演じてからかってやるつもりだった。
それが悪友たる我等の使命。それが猪苗代仲良し倶楽部の矜持。
伊織はそう思っていた。
律はそう信じていた。
正文はそう信仰していた。
この場にはいない佳奈美も、きっとそう考えるだろう。
いや、佳奈美の場合は何も考えていないのかもしれない。
ーーそれでも良い。
それでも、我等は友達なのだから。
だが。だがしかし。
「「「んが!?」」」
絶句した。
時緒の携帯端末のGPS信号を辿って到着した、とある写真店。そのショウウィンドウから店内を覗き込んだ伊織、律、そして正文の三人は口をあんぐり開けた阿呆面で硬直した。
「なあ律さん…正文さんよ……」
感性の許容量超過にふらつきながら伊織が尋ねると、正文と律は二人揃って焦点の合っていない目付きで「「……あ?」」とだけ応えた。
「何アレ……」
「「……知らん……」」
軽い目眩を堪えながら、伊織は写真店の中の状況をありのまま口にしてみた。
でないと、混乱し続けて埒があかなかった。
「なんで!?時緒と!
伊織の叫びに答えてくれるものは誰もいない。
店内にはタキシード姿の時緒と、ウエディングドレス姿の芽依子。
何故、二人があんな姿でいるのか?考えても皆目検討もつかず、伊織は目を回してしまう。
常日頃余裕綽々としている正文や律も、この状況は予測出来なかったようで、脂汗を額に浮かべながら店内を凝視していた。
『よしOKよぉん!次!真琴ガール!』
店内から聞こえる艶やかな口調の男声から、聞き覚えのある名前を聞いた伊織は慌ててショウウィンドウに顔を押し付けた。
「はがっ…!?」
やはり、芽依子と入れ替わるように現れたのは真琴だった。
彼女もまたウエディングドレス姿ではないか!
状況不明な現状の連続に伊織はふらふらと後ずさる。目眩が酷くなった。
何故?何故?真琴もウエディングドレス姿なのか?
答える者は、矢張りいない。
ーーふと。
背後から感じる異様な気配に、伊織たちは恐る恐る振り返る。
「なんで
真琴の祖父、喜八郎の、まるで世界の終焉が来たような叫びが轟いた。
「ヤバい!何コレ!?なんでうちの孫結婚しようとしてるの!?儂なんも聞いてないよ!?何コレ!?何コレ!?ヤバい!儂吐きそう!!」
「む!?まずい…!あまりのストレスに神宮寺
「まこっちゃんのお爺ちゃん!素数です!素数を数えて落ち着いてください!」
「そんな孤独死しそうな数字数えたくない!!」
なだめようとした律と伊織を押し切り、喜八郎は、その怒りのボルテージを上げる。
「認めん!儂は認めんぞおおあああああ!!!!」
****
「何だか今日は外が騒がしいわね〜?リューミン?今日なんかイベントあったっけ?」
「さぁ〜〜?」
「……まあ良いわ!さぁ!ご機嫌に撮影いくわよ!」
意気揚々としたジューンに了承の首肯をして、時緒は真琴を迎える。
「よ、よろしくね?椎名くん…」
「こ、ここ、こちらこそ…神宮前さん…」
互いに顔を紅潮させて、時緒と真琴はぎこちなく笑い合った。
二人のその初々しさを、芽依子とはまた違う真琴の純朴さを、ジューンは見逃さない。
「素敵よ!真琴ガール!その顔頂いたわ!意見は求めないわ!!」
カメラのフラッシュが、真琴を照らす。
「ひゃ……」
恥ずかしい。とても恥ずかしい。
だが、決して嫌ではない。
寧ろ…。
モデル撮影とはいえ、美しいドレスを着て、時緒と共にいられる。
緊張はするが、毎晩のように夢に見た光景に、真琴の心は高揚していった。
「ちょっとポーズ変えてみようかしら?時緒ボーイ?真琴ガールの肩に手を添えて貰える?」
「は、はい!」
時緒はそう頷いてーー
「神宮寺さん、ごめん。手を触れるけど良いかな?」
真琴は頬を赤みを濃くしながらも、ゆっくりと頷いた。
「どうぞ。椎名くんなら平気だから」
真琴の言葉に、芽依子の瞳がぴくりと震えたのを時緒たちは知らない。
(へぇ…?)
ただ一人、ジューンを除いて。
「では…失礼…!」
一礼をして、時緒は真琴の、露わになった肩に手を添えようとした。
矢張り、緊張してしまう。時緒は思った。
手を繋ぐのと、肩に触れるのとでは、まるで違う。
何やらいけない事をしているようで、時緒は至極緊張し、興奮した。
(トキオ…!頑張るのだ…!これを成し遂げた時…お前は騎士として一回り成長出来る…!)
時緒の頭の中で、シーヴァンが拳を振りかざしている……ように感じた。
なので、時緒は覚悟を決め、真琴の肩へと手を伸ばす。
時緒の指と、白い真琴の肌が触れ合おうとーー
「その式!あ、ちょいと待ったああ!!」
写真店の扉が乱暴に開かれ、昔の映画のような台詞と共に一人の老人が乱入して来た。
「あ!?」
思わぬ客の登場に、写真店にいた誰もが驚き面食らう。
特に真琴は目を見開き、ぱくぱくと口を動かしながら、凍り付いたように固まっていた。
老紳士は鬼の形相で写真店を闊歩し、時緒を睨め付けた。
「…猪苗代で見かけた時は、中々見所のある好漢だと思っておったのに…!とんだ破廉恥男じゃ!どスケベじゃ!!」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くす時緒へ、老紳士は声高に宣言する。
「椎名 時緒!お主に……お主なんかに可愛い孫娘はやらんぞ!!」
続く
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