第十八章 リア充を超えていけ!!
ウエディング・ハリケーン
郡山駅前まで引き返した伊織と律が目の当たりにしたのはーー
「さあ観念するんじゃ!不埒なハンサムめ!」
「あがぁぁぁぁぁぁ!?」
正文が、白髪頭の老紳士に組み敷かれていた。
「離せ…!てか何だこのじじい!?」
困惑の眼差しで見上げてくる正文に、ピンクのカーディガンを見事に着こなした老紳士は、ふん、と忌々しげに鼻を鳴らした。
「貴様…さっきいやらしい目で真琴を見ていた猪苗代駅の駅員じゃな…!何故こんな所に居る!?もしやお主……真琴のストーカーだな!?」
「真琴…!?い…痛い痛い痛い折れる折れる折れる…!!」
「どうじゃ!防衛学校直伝の
「ぐえぇぇぇ…!」洗練された老紳士の四の字固めに、正文は悲鳴をあげる。
伊織は大層驚いた。
かつて完全武装した軍人数人に対し、木棍を使用した華麗な槍術で圧倒して見せた正文を……そんな正文を、この老紳士はいとも簡単に地に付けてしまったのだ。
各関節を捻じ曲げられた正文は、自身を取り巻く野次馬たちの中に伊織と律の姿を確認するとーー
「お前ら…!俺様を助けろ!身命を賭してでも俺様を助けろ…っ!」
正文の高慢ちきな物言いに、伊織は正文を助ける気がすっかり失せた。
律に至っては、野次馬に混じって心底嬉しそうに正文の姿を携帯端末のカメラ機能で連写していた。
「よし来い!
「離せ…!離せええ…!!」
老紳士に襟首を掴まれ、正文はずるずると引き摺られていく。
その様を近くで見ていた子供達がーー
「「〜〜〜〜〜〜〜」」
もの哀しい雰囲気の歌を口ずさみ始めた。
中島みゆきの【世情】だ。
しょうがない。そう思った伊織は、老紳士の進路を塞いだ。
「ま、待ってくだせ!!そこのご老人!!」
老紳士の鋭い眼光が伊織を貫いた。
冷たい汗が全身から一気に吹き出し、伊織はごくりと喉を鳴らす。
「何じゃ?お主は?まさか、此奴のストーカー仲間か?」
「俺の名前は木村 伊織!そいつは確かに俺達の友人です!ですが…ストーカーじゃあないんですよ!どうか、どうか俺の話を聞いておくんなまし!」
時代劇めいた口調で、伊織は深々と頭を下げる。
その真摯な姿勢に好印象を得た老紳士は、
「……良いだろう。申してみよ」
伊織の瞳が好機に煌めいた。
「へへいっ!実は俺たち…………」
****
「女の方はお笑いライブ観に行って腸捻転!?男の方は…
写真店の外まで響いてくる野太い叫び声に興味を惹かれた時緒、芽依子、真琴はショウウィンドウから店の中を覗き込んだ。
店内にはビビッドピンクのスーツを着た厳つい大男が、半泣き顔でくねくね悶えていた。
「ジュ、ジューン先生、落ち着いてください!」
「落ち着いてられますかってのよォ!」
側で黒のスーツを纏ったベリーショートの女性が懸命に男をなだめているが、男のくねくねは止まらない。むしろ、激しさを増しているようにも見える。
「何やってんだろ…?」
時緒が首を傾げると、芽依子と真琴も、時緒と同じ動作をした。
「なにやら、穏やかな様子ではありませんね…」
「何か困っているみたいだね…」
”何か困っているみたい”
真琴の言葉に、時緒の義侠心がずんずん鎌首をもたげてくる。
しかし時緒は、必死にその気持ちを抑え込む。
何故ならば、今はデートの真っ最中。芽依子と真琴を楽しませることこそ時緒の使命。他人事に首を突っ込んでいる余裕などない。
だが、だがしかし……。
「…………」
時緒が悶々と思索しているとーー
「…私たちで、何かお手伝い出来ると良いんだけど…」
まるで時緒の心情を代弁してくれたかのように真琴がこそりと呟いた。
「そうですね」芽依子も同意と首を縦に振った。「お話、伺ってみましょうか?」
「…良いんですか?」些かびっくりした時緒は二人の乙女の顔を交互に見遣る。
「椎名くんなら…そう考えているかな…と」
「私たち、時緒くんに助けて貰った者同士ですので」
そう言って、芽依子と真琴はお互いの顔を見て笑った。
時緒は芽依子と真琴に感謝した。
彼女たちの器量を測り誤った自身を恥ずかしく思いながら、感激した時緒は二人の手を取り大きく振った。
「……チョットあんたたちっ!」
「ひ…っ!?」
突如、背後から響く声に時緒たちはびっくりして飛び跳ねる。
恐る恐る、三人揃って振り返るとーー
「ワタスィが悩んでいるのに…ガールズ侍らせていちゃつくなんて…イケナイボクちゃんね…!」
いつ店から抜け出したのか、件の男が仁王立ちして時緒たちを睨んでいた。
凄まじい眼力だ……!
「す、すみませんでした…」素直に時緒は謝る。
困っている時に第三者が笑い騒いでいたら誰だって苛立つものだ。明らかに自身が悪い。時緒はそう思った。
「申し訳ありません…」
「ご、ごめんなさい…」
芽依子と真琴も、深々と頭を下げる。
すると男は、意外といった面持ちで眉根をぴくりと震わせた。
「あらん?今時珍しい素直な子たち…………んん?」
男はふと、時緒の顔をじいと見詰めた。目立ちや鼻の形、毛穴まで見定めるかのように。
「んん!?」
続いて、男は芽依子と真琴を順に凝視した。
見ず知らずの男に見詰められるのは、真琴は大嫌いだ。だが不思議とこの男に見られるのはそれほど嫌悪感を感じない。
まるで同性と接しているようだった。
やがて、男は時緒の肩をがっきと掴み、幾つか質問しだした。
「ボーイ…
「え?15ですが?」
「15…!尾崎 豊ファンのワタスィには奇跡の数字…!身長は!?」
「169です…」
「ウン!デカ過ぎず、チビ過ぎず…肩幅もおケツの形もワタスィ好み!」
防衛本能を発動させた芽依子が、咄嗟に時緒の尻を自身の身体で隠した。
どすん、と自身の屈強な胸板を叩いて、決意の顔立ちで男は頷く。
「
****
「挨拶が遅れちゃったわね。ワタスィ、こういう
「あ、すみません。僕名刺持ってないので…。えと、椎名 時緒です」
「斎藤 芽依子と申します」
「あ、じ…神宮寺 真琴です…」
写真店の中へ半ば無理矢理時緒たちを連れ込んだ男は、三人をアンティーク調の椅子に座らせ、スーツの懐から三枚の名刺を取り出し、真琴、芽依子、時緒の順に渡した。
名刺には【ドレスデザイナー 《
「デザイナーの…」
「鈴谷さん…ですか?」
まじまじと名刺を見ながら尋ねる真琴と時緒に男はーー
「ノン…
少し寂しげにジューンは呟いた。
「そして私がジューン先生の助手やってる 《
ベリーショートの女性、リューミンが時緒たちの目前のテーブル上に並べられたティーカップにストロベリーティーを注ぐ。甘い濃密な芳香が店内を満たしていった。
時緒たち三人が礼をするとリューミンは嬉しそうに笑って、ジューンの背後に付いた。
「この
「ノンよ芽依子ガール。この写真店は私の恩師のお店なの。その人商店街の福引きで火星のリゾートホテル宿泊券当たってね、今奥様と火星にいるわ。その間ワタスィが仕事で使わせて貰っているワケ」
つらつら説明をして、ジューンは茶を一口啜ると、ゆっくり振り向いて背後のリューミンを睨んだ。
「リューミンあんた…茶を上手に淹れられるのも良いけどさぁ…、デザインの仕事もこれくらい上手くなりなさいよ…」
ジューンの呆れ口調の小言にリューミンはがっくり頭を垂らした……。
「所で……」
少し寒々しくなってきた場の空気を和ますように、時緒は口を開く。
「何でジューンさんは、さっきあんなに取り乱して…?」
「今日ね…ワタスィがデザインしたドレスが完成したから宣伝の為の試着撮影をしようとしていたのに、モデルの男女が二人揃って体調不良になりやがったのよ…」
「腸捻転に尿管結石と仰ってましたね?お気の毒に…」
ジューンは天井を仰いで小さな溜め息を吐いた後、ぱちりと指を鳴らして時緒たちを見渡した。
「でも捨てる神あれば拾う神ありよね!
時緒たち、特に真琴は驚愕した。
ジューンが手伝って欲しいこと。それは、もしかしてーー?
「改めてお願い!モデルやって頂戴!ボーイ&ガールズ!!」
ジューンは背後のリューミンに目配せをする。
リューミンは待ってましたとばかりに、撮影ルームの一角を隠していたカーテンを引いた。
刹那、時緒達の視界を、白が、美しい純白が支配する。
「コレがっ!あーた達に着て貰う衣装よォーーん!!」
「「「コ、コレが……!?」」」
ジューンが用意した
純白の、
写真店に鈍い音が響く。
緊張と興奮に真琴は再び目を回し、卒倒した音であった。
続く
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