デート・チェイサー



 


猪苗代駅から磐越西線に乗り、時緒、芽依子、そして真琴は東を目指す。


 学び舎のある会津若松とは逆方向に、揺られる事三〇分。


 新緑の山々の中を潜り、煌めく猪苗代湖の畔を駆け、その途中の磐梯熱海温泉街を抜けてーー。



郡山こおりやま、郡山、終点デス』



 車両に搭載された人工知能が、目的地の到着を時緒達に告げた。




 福島県郡山こおりやま市。


 江戸時代、奥州街道の宿地から発展したこの郡山市は現在、超電磁新幹線リニアレールエクスプレスによって帝都と結ばれた一大商業都市である。


 ファッション、メディア、フード、ホビー。


 郡山市は東北地方の様々たる情報発信基地としても機能しており、日々のトレンドを追い求めずにはいられない時緒達猪苗代の若者には、決して疎かに出来ない場なのであるーー。




 ****




『では万城目まんじょうめ教授、先週尾野中総理が所有を公言したこの【エクスレイガ】というロボット兵器の存在理由とは?』


『そうですね…。ルーリアは何らかの目的の為に地球を支配…いや…仲間に入れようとしていることはテレビの前の皆様も分かっていると思います』


『”被属”と言っていましたね?仲間に加えるのに、何故ルーリアは我々に戦線布告をしてきたのですか?戦争とは敵を完全殲滅する行為でしょう?』


『それは文明の相違です。ルーリアにとって戦争とは我々地球人が考える戦争とは違う、…そうですね……とでも言いましょうか?』


『す、スポーツ…ですか…?』


『そのような感じがします。御存知の通り、ルーリアの兵器に生命を殺傷する能力はありません。超合金を溶かし、核爆発を無効化しながら…です。そんな武器を使う彼等が地球人のように敵の根絶など求めるでしょうか?』


『それは…そう言われてみれば…?いや、でも?もしかしたら地球人を生きながら捕まえ、奴隷として搾取するかも…?』


『搾取が目的ならば、既に占領地で行っているでしょう?しかし御覧なさい。ルーリア人が占領地でしている事は、地球文化の学習とルーリア文化の布教、環境保善、やや行き過ぎた慈善事業です』


『…確かに…ルーリア占領地下の住民の幸福度指数は軒並み倍増していると、統計が成されていますね…』


『そんな戦いを彼等ルーリアは恐らく何百年、何千年と行ってきたのでしょう。殺傷を、搾取を求めない闘争…。互いを認め合う戦い。正しくスポーツではないでしょうか?』


『…はぁ……』


『あの【エクスレイガ】とかいう兵器、何故ルーリアの兵器と互角に戦えるのかわかりませんが、ただ…未だ戦争を殺戮に繋げてしまう稚拙な我々がルーリアにやっとこ並び立つ為に…誰かが遣わした…スポーツマンシップ溢るる使…に思えて仕方がないのです…』


『…………しょ、少々話が突飛になってしまった所で…CMを挟みまして、次は天気予報です…』





 ****





「あのお爺さん教授…良いこと言うなぁ〜」


 郡山駅前ーー家電量販店の壁に設置された巨大液晶テレビを見上げながら、時緒はだらしのない笑みを浮かべた。


 エクスレイガを、自身を褒められたようで、後頭部が痒くなってしまう。



「見ろよ、あの坊主、とんだ阿呆面だぜ」

「そこそこ可愛い顔なのに、残念ねえ」



 通りすがりのカップルがそんな時緒を小馬鹿にしたが、デートと春の陽気に浮かれる時緒の耳には届かない。



「「お待たせしました……」」



 経つ事数十秒。駅ビルの女子トイレから、芽依子と真琴が小走りで時緒の元へと寄ってくる。二人ともすこし恥ずかしそうに頬を赤らめていた。



「ちょっと…緊張してしまいまして…」



 そう言う芽依子に、真琴もこくこくと同意の首肯を行う。


 尿意くらい自然現象だから仕方がないことだと、女性は男性に比べて膀胱への負担が大きいらしいから気にすることはないと、時緒は思った。


 ーー決して口には出さないが。



「いえいえ気になさらず、テレビ観てましたから」



 そう言って時緒が笑うと、芽依子と真琴にも笑顔が戻った。


 やっと暖かくなってきた春の陽光が、二人の乙女を一層美しく、健康的に引き立てている。



「それでは…行きましょう!」



 微笑の芽依子が時緒の右腕にそっと柔らかな手を絡ませた。


 それを見た真琴も、負けじと、時緒の左腕の袖を、思い切って掴んでみる。



「はい!それでは時緒くん?エスコートお願いしますよ?」

「し、しし、椎名くん…、改めまして…今日は宜しくお願いします…!」



 今日は何としてでも、如何なる手を使ってでも芽依子と真琴を心の奥底から楽しませる。


 覚悟を決めた時緒は力強く頷いた。



「お任せください!僕には…二人を楽しませる心得があります!!」



 アーケード街目指し、時緒は決意の第一歩を踏みしめた。





 ****




「……小学生かよ……」



 手を上げて、背筋を伸ばして横断歩道を渡る時緒と、その両端を陣取る芽依子と真琴。


 そんな三人を双眼鏡で眺めながら、木村 伊織は歩道橋の上で呆れた溜め息を吐いた。



「木村…」



 背後から声がした。


 伊織が振り返ると、郡山ビッグアイビルを背景に、スカジャンにホットパンツ姿の律が、立っていた。



「どうだ椎名は?どっちかとキスしたか?」



 携えたフラペチーノを無遠慮にじゅるじゅる啜りながらの律の問いに、伊織は嫌な顔をした。



「…おめえんちの童話は二ページ目で鬼ヶ島制圧したりマッチ売りの少女が即死したりすんのかよ…」

「なんの話だ?」

「そんな突飛な展開にはならねってこと」



「よこせ、貸せ」律は伊織から双眼鏡をふんだくり、覗き込む。


 時緒に手招きされて芽依子、真琴が、とある店へと入って行く。ショウウィンドウにはセピアカラーのバッグが品良く並べられている。


 律はこの店を知っている。真琴が好きなブランドを取り扱っているブティックだ。



「……洒落た店に入りやがる。椎名の癖に生意気な」



 律は鼻を鳴らすと、双眼鏡を伊織へと投げ返す。



「アイツはおもちゃ屋か電気屋のエロゲーコーナーでも行ってりゃ良いんだ」

「なんつーこと言うんだ」



 鼻持ちならない律の物言いに、伊織は喉をひくつかせる。



芽依子と真琴あのふたりだったら、椎名の行きたい所だったら腐臭まみれのドブ底だって喜んで付いていくだろうさ」


 暗く淀んだ地下下水道を躍進する時緒、その背後を嬉々と付いていく芽依子と真琴の姿を想像し、伊織は"成る程、言い得て妙だ"と思った。



 ーーぴこん!



 その時だった。伊織と律の携帯端末がと電子音を鳴らした。メッセージが届いた旨を知らせるアラーム音だ。


 伊織が端末画面に目を遣ると……。




【まさやん:た す け て ち ょ ん ま げ】




 メッセージの送信者は正文だった。


 伊織と律は同じタイミングで首を傾げる。



【いおりん:どした?】



 不審に思った伊織が、メッセージを送ってみた。


だが……



「お……?」



 メッセージには直ぐに既読マークが付いたが、肝心の正文からの返信はない。


端末GPS機能を起動させると、どうやら正文も郡山駅前に到着しているらしい。駅前広場に正文の居場所を知らせるマークが浮かんだ。



 伊織は訝む。正文に何かあったのか?



「どうするよ?」



 伊織が尋ねると、律は態とらしい舌打ちを一つ。



正文バカの所に行ってみよう。椎名達はGPSで確認できる。そう簡単にキスだの交尾だのしないのなら、正文の方を見に行った方が面白そうだ」

「交尾言うなっつの…!」



 恥も外聞もないことを言って退ける律に同意し、伊織は場を離れる。


 何故か、嫌な予感がしたーー。




 ****






「芽依子さん?もう一個如何ですか?」

「喜んで頂きます!」

「食べてください食べてください!!」



 チョコレートとカスタードクリームがたっぷり詰まったクレープを時緒が差し出すと、芽依子は幸せそうにクレープを噛り付いた。かれこれ六個目のクレープだ。



「神宮寺さんも良かったね」

「うん!このポシェット欲しかったの…!この間行ったら売れ切れだったから…ほんと良かったぁ……!」



 ブティックのロゴが印された紙袋を、真琴は大事そうに抱き締める。


 時緒は小さくガッツポーズをした。



(よし!よしっ!!二人とも喜んでる!大成功!しかし!この椎名 時緒、決して油断はしない!!次は…映画だ!!)



 鼻息を荒くしながら、時緒はアーケード街をずんずん歩く。


 そんな自分の背中を、芽依子と真琴が嬉しそうに眺めているなど、時緒本人は知る由もない。



「時緒くん、楽しそうで良かった…」



 微笑む芽依子に、真琴は同意しながら、



「芽依子さん、椎名くんのこと…いつも考えてるんですね?」



 真琴は何気なく言ってみた。


 すると芽依子は、一瞬で顔を真っ赤にした後……苦笑しながら、ゆっくり首を横に振った。



「…こんなことしか、今の私には…分からないから…」

「……」



 言い淀むような芽依子に、どう返答して良いか……?


真琴は考える。何か答えをーー




「モデルがドタキャンってどういうことなのォォォォ!?」



 偶々通りすがった小洒落た写真店の中から、野太い艶声が響いて来て、真琴は仰天、ひっくり返ってしまった。




 続く

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