第十七章 デートをしようよ!

乙女心オーバーフロー



  

 地球防衛軍によるイナワシロ特防隊基地への襲撃、そしてルーリアの騎士シーヴァン・ワゥン・ドーグスの帰還から三日が経過した日のこと……。



『エクスレイガ起動実験…開始。では時緒くん、お願いします』

「了解です…!」



 エクスレイガのコクピット内。


 立体モニターに映る芽依子に、時緒は湧き上がるやる気に鼻息を荒くして頷いた。



「エクスレイガ、起動します!」



 そして時緒は静かに、だが力強く操縦桿を握り締める。


 操縦桿に嵌められたルリアリウムが輝き、微かに響くモーター音と共に、エクスレイガの駆体が熱を放つ。



『ルリアリウム・レヴ、出力60パーセントで安定』



 画面の中の芽依子はそう告げながら、真剣な表情でキーボードを叩いて何かを入力している。


 画面の端から真理子がぬっと顔を出した。



『時緒、出力をちょっち上げてみそ?』

「出力?ええと…?」

『時緒くん、心を研ぎ澄ましてみてください。イメージです。”沸き立つ心を鋭く研いで、掌から操縦桿を通してエクスレイガに流し込む”イメージ…』



 芽依子に言われるままに。


 時緒は目を閉じ、呼吸を整え臍下丹田に集中する。


 心を更に湧き立たせる。


 芽依子に真琴、大切な友人たち。


 そして、シーヴァンとの戦いと……友情。


 そして、これから先の未来。芽依子と、真琴たちと色々な場所に行って遊びたい。シーヴァンを始めとしたルーリアの人達とも戦争を通じて仲良くなりたい。いっそ地球、ルーリア、一緒くたになって遊びたい。


 そう思うと、時緒の胸が段々と高揚してくる。明日が楽しみでしょうがなくなる。


 ルリアリウムが輝きを増した。


 コクピット内が翡翠色の光で満たされていく。





 ****




「ルリアリウム・レヴ、出力の上昇を確認!75パーセント……85パーセント……。……!92パーセント…!」

「リンクナーヴの負荷二三パーセント。許容範囲内でス」



 イナワシロ特防隊基地、会議室。


 ノートパソコンのディスプレイに表示されるエクスレイガのデータを睨みながら、芽依子とキャスリンが各々告げる。



「シゲ、エクスの外観に変化は?」



 真理子の問いに、モニターの中の茂人や整備員達は首を横に振った。



格納庫こちらからはなんにも確認出来ないっすわ』

『『いつもどおりっす!』』

「……そっか……」



 うむむ、と唸って真理子は背後の、部屋の隅に置かれた液晶テレビを見遣る。


 いつもなら薫や整備員たちが、録画した深夜アニメや再放送された刑事ドラマを観ているテレビに、今映っているのは。


 の姿。


 以前、シーヴァンから貰ったエクスレイガとガルィースによる決戦時の映像である。



「真理子…これは…」



 映像を観ていた牧が言った。笑顔ではない、危惧するような面持ちで。



「【思念虹】。搭乗者とルリアリウム・レヴが完全同調し…限界突破した姿…」

「限界突破…。この時のエクスレイガの出力は…?」

「観測用ドローンが全機蒸発しちまったからはっきりとは分からねえけど…、およそ…150パーセント…いや…200パーセント…!」

「……!通常の…3倍以上のパワーか…!」



 真理子の解答に、牧を始め、同じく映像を観ていた麻生や卦院が息を飲んだ。



「想像もつかんな…ルリアリウムの200パーセント出力とは…どのくらいのエネルギーなんだ?」

「猪苗代町民の生活電力が向こう50年分賄えるくらいかな…」

「50年分…!」



 虹色の残像を幾重にも残しながら斬りかかるエクスレイガの映像を、麻生が唖然と見遣る。


 ……そして、急に顔を青ざめさせた。



「そんなにエネルギーを放出して、今更ながら…時緒の精神力は大丈夫だったのか!?」



「ああ、それなんすけど…」卦院が待ってましたとばかりに挙手をした。



「弱冠の精神衰弱は確認出来たんですが…ぶっ倒れた時ほど酷くはなかったんです。栄養剤一本注射しただけですぐ回復したくらいでしたから」

「エネルギーの放出があんなに高いのにか?」

「はい…。まるで…限界を超えた…そうだな…。…時緒の鹿が働いた…としか…」



 眉を顰めながら歯切れの悪い口調でそう答える卦院。


 会議室に重い緊張感が立ち込めた。


 唇を噛み締め、身体を強張らせる芽依子の肩に、キャスリンがそっと手を置いた。



「火事場の馬鹿力…か…」



 真理子が猫のような目を細めて呟いた。


 真理子と芽依子は揃って映像を観る。


 エクスレイガを包む七色の幻想的な光の粒子。それは時緒の無垢な精神力がルリアリウムを通して成ったもの。


 無邪気で無慈悲なほど強く輝くその粒子光が、もしかしたら精神力を絞り尽くした時緒を、文字通り連れ去ってしまう気がして。



「「…………」」



 真理子と芽依子は、すぐさま時緒を抱き止めたくてしょうがない気分にーー




 ぷぅ〜〜〜〜〜〜……




「…………」



 聞いただけで気が抜ける音が立体モニターから漏れて、会議室の重い空気を綺麗さっぱり吹き飛ばした。


 力が抜けた真理子たちは体勢を崩し、芽依子とキャスリンには其々のディスプレイに額をぶつけた。



「今の音はなんだオイコラ……?」



 真理子がジト目でモニターを覗き込むと、顔面真っ赤の時緒が笑っていた。



『ごめん!力んだら…屁が出ました…!』

「「……………………」」



 思念虹やら精神力やら、ぎすぎす考えていたことが、何だか馬鹿馬鹿しく思えてきた真理子は、疲れと呆れを混ぜ込んだ溜め息を一つ。



「……取り敢えず今日はここまで!宿直当番以外は全員解散!時緒!コクピットに消臭スプレーかけとけよ!!」

『はいママ!』

「……サンダーバードの真似はやめろ」



 しょっぱい表情で頷く時緒が映ったモニターに背を向けて、真理子は手を叩き場の空気を今一度引き締める。


 ふいに、牧が真理子に耳打ちをした。



「真理子…思念虹の事はどうする?」

「これまでの起動実験でおいそれと発動しないことが分かった。後は私がリミッターをエクスのシステムに掛けるから、そこから先は様子見といこうぜ…」

「分かった…。……”向こう側”はどうだ?」

「驚いてた…。特に…が心配してた」

「…アイツか…」

「ったく…。図体デカい癖してオロオロしやがって…」



 真理子の荒い鼻息の音を聞きながら、芽依子はモニター内の時緒を眺める。


 時緒はシート下のクーラーボックスから取り出した、お気に入りのエナジードリンクを飲んでいる。



「…心配してるのに…、ひとの気も知らないで…」



 芽依子は不満げに頬を膨らませる。


 だが、そんな時緒の顔を、芽依子は心の底から嫌悪することなど、決して出来なかった。


 むしろ、暖かな印象として芽依子自身の中を満たしていってしまう。



 ”椎名くんが…大好きなんです…”



「………………」



 以前の真琴の言葉を思い出し、切ない気持ちになった芽依子は、会議室の窓を照らす夕陽に、その熱い眼差しを向けた。




 ****




「それじゃあ解散!各自、防衛システム展開!!」

「「合点!!」」



 真理子の号令に、茂人を先頭にした整備員数人が元気よく敬礼、黄色と黒警告色で縁取られた立て看板数枚を薄暗い基地周辺の路肩に設置していく。



「安上がりだけど結構効果あんだよなぁ」真理子が自慢げに踏ん反り返る。


 看板には其々こう記されている。



【冬眠に失敗したクマ出没!注意!!】


【子沢山のイノシシ出没!注意!!】


【発情期のオオカミ出没!注意!!】


【手癖が最悪なサル出没!注意!!】



「あの……時緒くん?ちょっと良いですか?」

「はい?なんでしょ?」



【アブノーマルな性癖のチカン出没!注意!!】と記された看板を設置し終えた時緒に、芽依子はもじもじと声をかけた。



「…こんな事頼むのは…少々気恥ずかしいのですが」



 伏し目がちな芽依子に対し、時緒はどんと胸を叩いて見せる。



「他ならない芽依子さんの頼みです!なんなりとお申し付けくださいっ!」



 そう言って、時緒が雄々しく胸を張るものだから、芽依子は意を決して口を開いてみた。



「今度の日曜日…してくれませんか?」

「はい!………へ………?」

「私と真琴さんと…デートしてくださいな?」



 そう言ってやや緊張した笑顔を、芽依子は時緒へと向けた。



 その笑顔の真意が見抜ける程、対する時緒は大人ではなく。


 そして、芽依子の頼みを無下に断る程、時緒は冷血漢ではない。


 芽依子とデート。


 真琴とデート。


 女の子二人とデート。


 何故自分とデート?


 時緒は、許容量超過で思考が停止した頭脳で、紅潮した頓珍漢な面構えで、芽依子へと頷く。



「つ……慎んで…御一緒させていただきます……」





 ****





『…という訳でデート行きましょう』

「……へ?……」



 このひとは何を言っているの?


 それが、芽依子から連絡を受けた真琴が、純粋に思ったことだった。



『私と時緒くんと真琴さんでデートしましょう』

「え…?あ…ぅ?で?でえと…?でえと…!?」



 携帯端末から聞こえる芽依子の声が、真琴にはまるで解読不明の呪文に聞こえた。


 デート。三人でデート?


 デートとは愛し合う男女が買い物や映画を楽しむ物ではないのか?


 女二人、男一人でデートと呼ぶのか?


 疑問の羅列が真琴の脳の中で高速回転し、許容外の熱が真琴の身体を侵していく。



「ひ!?ひゃ…ぁ!?で…!?で…と!?し…し〜なくんと!?ひぇ!?」

『はい。来週の日曜日なのですが…如何でしょうか?』

「い、行きまふっ!!」



 真琴は即答した。


 三人でデートだの、片想いなのにデートじゃあないだろうと疑問は尽きない。


 だが。だがしかし。


 熱暴走した乙女心が、真琴を思い切り蹴り上げるのだ。


 ”行け”と。


 ”時緒ターゲットと更に距離を縮めろ”と。



『あぁ良かった!』芽依子の声が真琴の鼓膜の上で弾む。



『行き先は時緒くんが考えてくれるそうです。詳しい事は明日、学校で…』

「は…はひ…」

『それでは…夜分遅くに失礼しました。お休みなさい真琴さん』

「……おやすみなさひ…めひこひゃん…」




 …………。




 芽依子との通話が終了しても、真琴は端末を耳に当てたまま暫く立ち尽くしていた。


 デート。


 時緒とデート。


 芽依子も一緒だが。


 椎名 時緒とデート!



「や…やった…!し、椎名くんとデート!デートだ〜〜!!」



 沸き立ち、昂ぶる乙女心のままに、真琴は自室でくるくる舞った。


 恥も外聞も無く舞った。


 端末に何度もキスをしながら舞った。


 芽依子ライバルからの招待というのが少々きな臭かったが。


 それでも、嬉しさはそれを超越するものだったからだ。


 舞う。真琴は舞い踊る。



「…………」



 自室の前で、祖父喜八郎が聞き耳を立てている事など露知らず。



(デート…とな?真琴が好きそうな心霊番組がやってたから誘おうとしたが…良いことを聞いたぞ…。時緒とやら…なかなかやりおる)



 喜八郎は不敵にほくそ笑んだ。


 老いた身体に熱い血潮が巡る。その感覚は、喜八郎は自身が未だ戦士である事を再認識させた。



(時は…来週の日曜日!どれ!高潔漢かただのスケベか見極めさせて貰おうぞ!時緒とやら!!)



 軽快なスキップをしながら、喜八郎は居間へと戻る。



「のう浩太!元気か!?相変わらず童貞か!?」

「グヘェッ!よ、余計なお世話だ!!」



 道中、自分の初孫にして真琴の兄である浩太のコンプレックスを大いに傷つけながら。


 喜八郎のその瞳の輝きは、夏休みを直前に控えた少年のそれと、何ら変わりはなかった。




 続く

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