思念虹〜馬鹿ノ目醒メ〜

 


 これは、ルーリア本星周期にして八年前。


 シーヴァンが九歳の頃の話である……。





「あ〜っ!?ティセリアさまが!」



 その日、嬉しい事件は……ルーリア皇妃の一周忌で、大人たちが不在のドーグス邸で起きた。



「ぅびゅ〜…ぁぶゅ〜〜!」



 当時、ドーグス家にて預け育てられていたルーリア銀河帝国第二皇女ティセリアが一歳を迎えたこの日、見事に自力で立ち上がり歩いたのだ。


 ティセリア、大地に立つ。


 その可愛いらしくも勇ましい姿にシーヴァンと、その弟妹たちは歓喜に沸いた。



「ティセリアさま!こっちこっち!」

「ティセリアさま〜、こっちおいで〜!」

「ティセリアしゃま!おかしですよ!」



 よちよちと歩きながら、ティセリアはある一方向を目指す。



「ティセリア様!」

「うぶゅ〜!しーゔぁ!あぶ〜!」



 齢九つだった、シーヴァンのもとへ。



「ちぇ〜!やっぱシーヴァン兄ぃのトコ行っちゃうか〜!」

「しかたないですよぉ!ティセリアしゃまのお風呂いれるのもオシメ変えるのも、シーヴァン兄しゃまが一番上手いんですからぁ」



 小さな手でシーヴァンの足にしがみついて、ティセリアは無邪気な笑顔を見せる。



「…すごい…!…ティセリアさま…すごいよ…!」



 昨日まで掴まり立ちが精一杯だった赤子の凄まじい成長の力に、幼いシーヴァンは感動に瞳を輝かせた。


 弟達や妹達が立った時も嬉しかったが、何故だろうか?ティセリアが立ったその感動は一層強くシーヴァンの心の幼く熱い部分を揺らしたのだ。



(こんなに軽くて小さいのに…、もの凄く温かい…!これが…生きるちから…!)



 笑うティセリアを抱き上げて、シーヴァンは母屋の窓から見えるルーリアの空を見上げる。


 ルーリア第一衛星【フォルナ】、第二衛星【サルム】が青空の向こうに薄っすらと見える。地表に見える筋状の光は、生物の精神波に反応しているルリアリウムの鉱脈だ。



(この世界に…この銀河に…弱いヤツなんて…弱いままのヤツなんてきっといないんだ…。みんな…みんな体の中に凄いパワーを持っているんだ…!)



 上機嫌なティセリアと頬を擦り合わせ、シーヴァンは故郷の空に自身の未来を思い描く。



 自分が大きくなったら、父のような騎士になりたい。


 常在戦場の、皇族御付きの格好良い騎士になりたい。



(アシュレアさま?メイアリアさま?ううん…ティセリアさまこの子の騎士になりたいな…!)



 そして、シーヴァンは目にしたいのだ。


 様々な星に住む戦士と戦い……彼らの覇気に満ちた……素晴らしい力を……!





 ****




『さあ、もっと見せろ!トキオ!お前の…本気のパワーを!生きる力を!!』

「ぅぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」



 自身を激しく揺さぶる衝撃に時緒の口から絶叫が迸る。


 驚愕と戦慄がごった煮になった感情の爆発だ。



 月輪状をした山吹色の光が無数に舞い踊り、エクスレイガの装甲を切り刻んでゆく。


 激しさを増したガルィースの、シーヴァンの、斬撃の乱舞であった!


 先刻のガルィースの攻撃が竜巻であるのなら、今現在の攻撃は……まるで超大型の台風だ!


 防御しようとしてブレードを構えても、構えた腕ごと弾き上げられる!


 なんという……無茶苦茶なパワー!



『俺が断言させて貰う!トキオ!お前の力は…未だ限界ではない!!』



 光刃をしまったガルィースの右拳が、エクスレイガの顎を撃ち上げた!


 重く鋭いアッパーカット!エクスレイガの駆体が持ち上がる!


 空かさず、エクスレイガの溝落ちに炸裂するガルィースの蹴り!


 ガルィースがエクスレイガを殴り上げる!


 ガルィースがエクスレイガを蹴り上げる!


 殴り上げる!


 蹴り上げる!


 殴る!蹴る!殴る!蹴る!


 殴って殴って蹴って殴って蹴って蹴って蹴って殴って殴って蹴って殴って蹴って殴り上げる!!



「ぁ…が…ぐ…ぁ…!?」



 そうやって空高く放られたエクスレイガを、ガルィースはゆらりと接近し、隻眼となった顔で見下ろした。



『…トキオ?もしやとは思うが、お前…この俺の事を自分よりも技量のあるヤツ…、そう思ってないか?』

「…ぅ…ぁ…?」

『剣を交えて分かった…』

「…ぇ…し、シーヴァ…さ…?」



 肉食獣めいたシーヴァンの瞳孔が更に細くなる。



『俺とお前の戦闘力に…差は…無いっ!!』



 ガッ!!!!



「あぁあーーーっ!?」



 シーヴァンの全身全霊を纏ったガルィースの踵落としが、エクスレイガの巨体を叩き落とす!



『ならば何故…こんなにもお前が圧されているのか分かるか?答えは一つ…!』



 ガルィースの攻撃は終わらない!


 万有引力に引き摺られ落下していくエクスレイガを追走、その首を鷲掴み!



 ゴウッ!!!



 ルリアリウム・エネルギーを吹き上げ、更に落下速度を加速させる!


 二騎の巨人は翡翠色と山吹色、二色の光が混じりあった流星となりーー



『…それは…”覚悟”の違いだ!!』

「!?」



 怒涛ドドォッッ!!!!!!



 猪苗代湖付近、【道の駅】の駐車場へ、凄まじい爆砕音と衝撃を周囲一帯に撒き散らしながら落着した。




 



 ****




 エクスレイガが落着した駐車場は酷い有様であった。


 普通乗用車が百数台、観光バスが十数台入っても余裕がある程広大だった駐車場は瓦礫にまみれ、その中心には現在直径約一〇〇メートル以上のクレーターが形成されていた。


 深く穿たれたその底で、駆体中斬痕だらけのエクスレイガは卍型の格好でうつ伏せたまま、微動だにしない。


 しかし、エクスレイガの傍らに突き刺さっていたブレードの光刃の輝きが、時緒の精神力が未だ尽きていない事を物語っていた。



『…どうか?これが、俺の”覚悟”だ…。ルーリアの騎士たる所以だ…!』



 クレーターの淵にガルィースがゆっくり降り立つ。


 地表に落着する刹那に離脱し、エクスレイガだけを地面へ叩きつけたのだ。


 時緒からの返事は、ない。



「…………」



 シーヴァンは疲労を含んだ溜息を一つ。


 ガルィースが受けたエクスレイガの斬撃はシーヴァンが思っていた以上に深かった。


 動力源ルリアリウム・レヴが損傷したらしい。駆体の彼方此方からエネルギーが漏れ、シーヴァンの精神力を垂れ流しにしている。



『立て…時緒…!立つんだ…!お前の力はそんなものではない筈だ!』

「…う…!うぅ…っ!ま、まだまだ…ぁ!」



 やっとこ、くぐもった呻きを上げながら、ブレードを杖代わりにしてエクスレイガが起き上がる。満身創痍だ……!


 だが、その双眸に宿る翡翠色の光は未だ色褪せず、立ち込める土煙を斬り裂き眩い輝きを放つ。



「…や、や…約束…したん…です!…芽依子さんと…!」

『メイコ?名前から察するに…女性か?トキオ…お前の母か?姉か?妹か?それとも…こいび、』

「…芽依子さんは…凄い人…なんです!綺麗で…!優しくて…!強くて…!いっぱい食べて!…おっぱい大きくて!!」

『オッパイが大きい…?フッ…それは素晴らしい事だ…!』

「その通り…!素晴らしいおっぱい…!そんな…芽依子さんと…芽依子さんと約束したんです…!」



『む…?』シーヴァンはぴくりと耳を震わせた。


 背筋の肌が、尻尾の毛が逆立つ。


 第六感が警鐘を打ち鳴らす。


 シーヴァンは目前のエクスレイガを見遣る。




「必ず…勝ちますって…!必ず…帰ってきますって!!約束したんですよっっ!!僕はぁぁぁあ!!」



 不意に。


 全くの不意に。


 エクスレイガが、光に包まれた。


 静かに、何の前兆も感じさせず、エクスレイガが、傷だらけの駆体が。


 淡く。


 美しい。


 虹色の光に染まっていく。


 

『…これは…!?まさか…!?』シーヴァンは息を呑む。



思念虹しねんこう…だと!?』



 ぽっかりと口を開け、シーヴァンはエクスレイガが放つ光に見惚れた。



「僕は…!もう…諦めたくない!諦めません!!」

『トキオ…お前……!?』




 ****




「と、時緒は…時緒は無事なのかっ!?」


 焦燥をはらんだ麻生の声に、反応する者はこの会議室に誰もいなかった。



「マジかよ…」

「あのルーリアの紫ロボット…なんてヤツだ…」



 真理子も牧も、飛ばした観測ドローンが撮影したエクスレイガとガルィースの戦闘映像を見て唖然としていた……。



「エクスレイガ…内部ダメージ…四〇パーセント…!パイロット…応答…ありませン…!」



 タブレットに表示されるエクスレイガのデータを分析していたキャスリンの、半泣き声の報告に皆息を呑む。


 卦院も、嘉男も、薫も…。



「大丈夫です!」



 唯一人、芽依子だけが真っ直ぐな声音で言った。


 陰鬱な会議室の空気を打ち払うような少女の澄んだ声に、真理子たちは目を丸く見開く。



「時緒くんは約束してくれました!”必ず勝ちます”って!”絶対帰ってきます”って!」

「め、芽依…」

「私は時緒くんを信じてます!信じます!絶対…絶対に!」



 芽依子は淀みない琥珀の瞳で窓の外を睨む。


 時緒が戦っている、猪苗代の方角を睨む。


 その時だった……。



「エ?…嘘?何コレ?」



 突如、モニター画面を睨んでいたキャスリンが素っ頓狂な声をあげた。



「エクスレイガの…ルリアリウムの…出力が…どんどん…上がってまス…。な、何コレ…!?」




 ****




 不思議な気持ちだった。


 最初、時緒は自分自身の頭がおかしくなってしまったのではないかと思った。


 高空からの地面にエクスレイガごと叩きつけられた衝撃で、頭のネジが何本か弾け飛んでしまったのではないかと思った。



 緊張感も重圧感も、綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。



 まるで快晴の正月のような清々しさだ。



(私は時緒くんを信じてます!信じます!絶対…絶対に!)



 幻聴だろうか?芽依子の声が聞こえた気がした。


 清涼とした時緒の胸中。


 芽依子が笑っている。


 芽依子の暖かい微笑みでいっぱいになっていく。


 気持ちが良い。


 心が満たされていく。


 ありがとう。ありがとう。大好き。


 心が……ポジティブな感情で満たされていく!



「芽依子さん!みんな!ありがとう!


【ルリアリウム・レヴ、粒子出力臨界突破バーストドライブ



 たちまち嬉しい気持ちでいっぱいになった時緒は、恥も外聞も知った事かと、激情の赴くままに絶叫し、ブレードを再び構える。


 大好きな時代劇ドラマの主役を真似た、大胆不敵な八相の構え!



「シーヴァンさん!超強い攻撃、効きました!ありがとうございます!!」

『むむ…っ!?』

「そして…今度は見てください!地球人ぼくの…!覚悟をっっ!!」





 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る