第72話 闇の一瞬:すれ違うストック
「………………」
「………………」
ブリッジにてとうとう対峙するスノウとギャメロン。お互い一切視線をそらさないでにらみ合う。周りは何も言わずただかたずを飲んで見守るのみ。
(クソがっ……! なんでヌルがここまで来れてんだよ……!)
スノウに見えないように後ろ手で拳銃を準備しつつ、ギャメロンは内心ひどくスノウを恐れていた。
ギャメロンにとってスノウとはどういう存在かと言えば、同じ大学に通うただの同期というわけではない。
彼は1度、スノウにその命を救われている。だから、ギャメロンにとってスノウは命の恩人であると言えるし、本人もそう意識していた。
だが、それだけではない。彼にとってのスノウは、ある種の同類であった。ソル・スフィアという存在、その光を嫌う影。ギャメロンとスノウは「アンチソル・スフィア仲間」なのだと思って親近感があった。
そして、誰よりもスノウ・ヌルを恐れていた。
時は前期試験、当時ほとんどその存在を知る者がいなかった<GRAVE>に襲われたギャメロンは、コックピットで何もできず震えていた。まずは頭部を破壊され、視界を奪われた。どこから攻撃が来るのかわからない恐怖を感じるままに今度両腕・両足をもがれ、コックピットにすさまじい衝撃。そこで恐怖が脳のすべてを支配し、心を守るべく意識を閉ざしたのだ。
なすすべもなく蹂躙されたギャメロンは、救助されて意識を取り戻してからスノウが<GRAVE>を撃墜したと聞いて、手の震えが止まらなかった。
手も足も出なかったこと。
死ぬしかなかったこと。
そして、その手も足も出なかった相手をスノウが撃墜したこと。
弱者は死ぬしかない戦場において、あの場にいた自分は弱者だと自覚してしまった。そして、自分より身長が低く見るからに貧相な見た目をしている、それまで下に見ていた同期が死神をも殺す強者であることを知ってしまった。
恩があった。情があった。恐怖があった。だから、ギャメロンはクーデターを起こす際にまずスノウを封じた。スノウの仕事の時間を調べ、スノウの行動パターンを調べ、スノウが部屋にこもる時間を見計らってクーデターを開始し、監視を差し向けたのだ。ただ、殺すのは躊躇われたから、監視する連中には捕縛する以外何も手を出すなと指示しておいた。
だが、今目の前でスノウは自分と対峙している。監視を退け、食堂を占拠し、追撃をかいくぐってここまで来た。
そのことが、ギャメロンにはどうしようもなく恐ろしいことに思えるのだ。
(落ち着け、落ち着け……。ひとりで何ができるって言うんだ。こっちには人質だっているんだ、まだ状況はおれが有利なはずだ)
なんとか自分にそう言い聞かせて平常心を保とうとする。表面上だけ冷静になりながらギャメロンはスノウに言う。
「椅子から降りろだと? ふざけんな。おれが降りて誰がこの艦を指揮するんだ」
「スフィア君がやるさ。君が支配する前までみたいに」
「馬鹿言うんじゃねえ。そのやり方が認められねえからおれに賛同した連中がいるんだろうが。
なあ、ヌル。ひとつ提案があるんだがね、聞いてくれるか?」
心臓がはちきれそうになりながら発した言葉はスノウの興味を引くことに成功した。スノウは警戒はしているものの、続きを促すように顎をしゃくる。
またとないチャンスにギャメロンは言う。
「おれたちの仲間になれよ。無駄に出撃して命を捨てるなんてことにはならねえし、オーシャンみてえに誰かをかばって大怪我するなんて馬鹿なことにはならねえ。
お前だって、スフィアの命令を受けなきゃいけないのは、辟易していたんじゃねえのか?」
「………………」
「スフィアがいけすかねえ奴だと思っていることは、おれとお前の共通点だろ? おれだって同じだ、スフィアの野郎の命令を聞いて命を散らす、痛い目に遭う、そんなのはゴメンだ。そして、そういう連中がたくさんいたから、おれは起ったんだ。だから、おれはお前の味方だぜ? 仲間になって一緒にいい思いをしようぜ」
この言葉はギャメロンの偽りざる本音であった。気に入らない命令や運命に翻弄されることなくこの命を謳歌したい。常にそう考えて生きてきた。自分のやりたいようにやって、やりたいように死ぬ。それが最高の生き方だとそう信じて生きていた。
彼にとって幸いだったことは、その考えを押し通せるだけの環境にいたこと。学生たちがソルの命令に不満を持ち始めて、自分の望むように艦内を変えることができると確信して決起したのだった。
こうしてスノウに味方になるように言ったのは、身の危険を感じ買収して安心を手に入れたいという気持ちもあったが、何より『同志』であるスノウを重んじてのことだった。
ギャメロンとしては、スノウはこの提案に乗るだろうと思ったのだが、スノウはひとつ溜息をついて言い放つ。
「何を言い出すかと思えばそんなことか」
「何?」
「君と僕とでは目指す方向が違う、ということがよくわかった。その提案は受け入れられない」
「………………」
「君があくまでも未来の為に決起したと言ったのであれば、僕はいくらでも仲間になってよかった。誰が上に立とうが僕のやることはひとつだから。
だけど、やはり君は自分の為だけにもともとあった不安をエネルギーに暴力と恐怖を振りまいただけだ。兵を縛り疲弊させるだけのやり方では地球圏へ帰ることなんてできやしない。
君は、自分の欲を満たすことしか考えていないんだ」
引き金に指をかけて、断定する。
「君はこの艦にいらない」
ゾクリと背筋を伝う悪寒。ギャメロンはこの感覚を知っていた。だから、準備していた拳銃をサッと取り出して足元のソルに照準を合わせて叫ぶ。
「やめろ、何もするんじゃねえ! さもなくばおれはスフィアを撃つぜ!」
「…………人質か」
「へへへ、これで何もできねえだろ。こっちには人質がいるんだぜ? スフィアをはじめ、ブリッジにいる連中の生き死には全部おれの気分次第だ、わかったらその銃を下ろしな!」
「断る」
「は?」
耳を疑う発言を聞いてギャメロンは顔を歪ませる。
「聞こえなかったのか? 人質を殺されたくなかったら―――」
「殺したかったら殺せばいい。たかだか数人死んだところで航行に支障はない」
「…………へへ、言ったな? じゃあ撃つぜ?」
「お好きにどうぞ」
「おうよ。5……4……」
ダラダラと狂犬のように涎を垂らしながらカウントダウンを始めるギャメロン。対してスノウは黙祷するかのように目を閉じている。
「3……2……」
「………………」
「いーち……ゼ―――」
ギャメロンが引き金を引こうとしたその瞬間であった。
ブツン!
パァン!
視界のすべてが暗黒に包まれ、直後銃声が響いた。
その1秒弱経って、再びブリッジが明るくなると、状況は一変していた。
「う、があああああ! 肩が、肩が……!!!」
ギャメロンが血を吹き出す右肩を抑えてのた打ち回っているではないか。
他のブリッジクルーが何が起きたのかと目を丸くしていると、スノウは一気に艦長席まで迫り、ギャメロンを蹴り飛ばした。
「うげっ!」
転がるギャメロンの手から拳銃が離れたのを確認して、スノウは吹っ飛んだギャメロンの状態を見るために近づき……しかし、一瞬の殺気を感じその場から飛びのく。瞬間、わき腹に激痛が走る。
殺気を感じた方では、カルマが銃口から煙の上がる拳銃を構えていた。スノウは『ああ、彼が撃ったんだな』と思ったときにはカルマに銃口を向けて反撃していた。アサルトライフルから発射された弾丸がカルマの腹を貫く。
「がふっ!」
拳銃をポトリと手から落とし、カルマは腹を押さえてうつぶせに倒れた。
痙攣するカルマと激痛に喚くギャメロン。地に伏したふたりを確認して、スノウは固まっているブリッジクルーに言う。
「固まってないでいつも通り仕事してなよ。ああ、ミラさんは看護科の人をここに呼んでおいて。スフィア君、それとフィリップス君とイルマ君の治療をしてもらわないといけない。
…………さて」
スノウは艦長席のあたりで横たわっているソルに近づいてしゃがむ。
「戒めを解く。じっとしてて」
「ぬ、ヌル……。お前撃たれて……」
「大した怪我じゃない。それに君の方がよっぽどダメージを負っている」
「………………」
拘束はかなりしっかりしていて簡単には解けなかった。結局は戒めの部分を銃撃して破壊し、ソルは自由の身となった。
「ひとりでは……立てなさそうだね」
「すまない……」
「手ひどくやられたみたいだから仕方ない」
「ヌルくーん。看護科に連絡いれたよー。でも、急に電気が消えちゃったもんで、少しあっちも忙しーみたい」
「了解」
「ブリッジだけじゃなくて、医務室もですの? 偶然にしては出来すぎですわね……」
「ああ、それはね……」
訝しがるカタリナにスノウは説明する。
「ここに来る前に機関室に寄って、僕が機関室を出てから15分後に艦内すべての電力の供給をカットするように、ギルド先輩に細工するように頼んでおいたんだ」
非常時に自動で切り替わる予備電源があるため電力をカットしてもずっと暗いままということはないが、切り替わるのには少し時間がかかる。その一瞬はどうしても真っ暗闇になってしまうのだが、スノウはその瞬間にギャメロンを撃つと決めていた。
ブリッジにいる他の一派がギャメロンが撃たれて混乱している隙に制圧するつもりだったが、嬉しい誤算と嬉しくない誤算がひとつずつあった。
嬉しい誤算は、ギャメロンしか敵がいなかったこと。
嬉しくない誤算は、カルマも一派の人間だったこと。
そのため、暗転時ギャメロンだけ撃てばよかったのだが、カルマが敵だと見抜けずスノウもわき腹にダメージを受けてしまった。
だが、スノウはそんなものはないかのようにいつもの調子でいた。
「時間がかかるなら来るまでの間…………む」
暴行を受けたソルの怪我、倒れているふたり、そして自分の止血ぐらいはしておくかと思って視線をギャメロンがいた方に向けると、そこにはもう誰もいなかった。代わりにあるのは血痕のみ。
「…………逃げたか」
その血痕は切れかけのペンキをローラーで伸ばしたかのようにブリッジの入り口まで伸びている。スノウがソルの拘束を解いている間に体を引きずって外へと逃げたのだ。
(足を撃っておくべきだったか)
反省したのは一瞬、ギャメロンを追うべくスノウは自分の来ていたシャツを脱いで引き裂き、わき腹に充てて応急処置を行う。そして、心配そうにこちらを見ているシミラに言う。
「艦内全域に放送をしたいんだけど、できる?」
「できるよー」
「なら僕が放送するから、その間にカルマ君、スフィア君の順番で応急処置」
「…………準備完了ー!」
頷いてコンソールを操作、準備を終えてシミラはスノウに席を変わる。
「すぐに応急処置に取り掛かって」
「はーい」
「布は適当に使ってくれていいから」
さっきまでシャツだったものをカミラに押し付け、それからスノウはインカムをつけて話し出す。
「あーあー、こちらブリッジのスノウ・ヌル。クーデターを起こし悪逆の限りを尽くしたギャメロン・フィリップスが逃亡したことにより自分がブリッジを制圧した。
これまでフィリップスに従い、その下についていた者たちを厳罰に処す予定なので、覚悟をしておくように。
…………ただし、すぐに銃を捨てる者、現在逃亡中のギャメロン・フィリップスを捕縛した者については例外とし厳罰を免除、それまでと変わらない待遇を与えるつもりである。
では、諸君の賢い選択を期待する」
インカムを置いて立ち上がったスノウを見て、手当てを受けているソルはか細い声で言う。
「何をするつもりだ……」
「フィリップス君をとらえて、処罰する。そこまでしないと決着がつかない」
「そんな傷でか……?」
「大した傷じゃない。
じゃあミラさん―――」
「スフィア君のことは頼んだ」、そう言う前にけたたましい警報が鳴り響いた。
「デシアン……!?」
「こんな時にですの!?」
「…………カーターさんが代理で指揮して、他の人たちは通常時と同じように動いて。僕はフィリップス君を処罰したらすぐに出撃するから」
「今は砲撃も何もできなさそうですものね……。承りましたわ」
「じゃ、頼んだ」
スノウはそう言い残してブリッジを出ていった。ブリッジクルーは全員、自分のやるべきことをやることを見据えて動いていたので、ギャメロンの残した血痕の上に、さらに血が点々とこぼれていったことに気が付かなかった。
遠征19日目 乗組員:200名 負傷者:29名 死傷者:3名
(続く)
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