第71話 蠅の玉座を砕け:終わりへのノカンゾウを告げるもの
ギャメロン一派の目を食堂に引き付けておくことに成功し、スノウたちは厨房の食材搬入用エレベーターを利用して外に出ていた。
不安げに進行方向の反対を見ながら、雪は先頭を進むスノウに言う。
「次はどうするの……?」
「大勢が食堂に詰めかけている今、当初の予定を変更してブリッジに行きたいんだけど、その前に機関室に行ってひとつやっておきたいことがあるんだ」
「機関室? 何をするの?」
「ちょっと仕掛けをね。小細工といった方がいいけど」
機関室にはカホラがいるという話はキースから聞いている。カホラが無事であれば、この艦の運行をいかようにもできる。一派の戦力を食堂に回した今、最低限の労力で機関室を制することができるはずだ、とスノウは考えた。
その想定通り、機関室の前には誰もおらずたやすく中に入ることができた。
「あれ、まだ交代の時間には早いんじゃ?」
「ふんっ!」
中に入ると一派の学生が驚いたような顔をしてスノウたちを見るが、それに構わずスノウは走ってアサルトライフルのストックで殴りつける。
学生は一瞬よろめいたもののなんとか踏ん張ってこらえ、しかし続いて放たれた顔面への膝蹴りは耐えきれずそのまま気を失って倒れた。
「よし」
「えっと……もう少し穏便に……」
「それは1発で沈めろってことではないよね?」
「当たり前じゃん!」
「静かに。まだ敵がいるかもしれない」
「いや、今のしか機関室にはいない」
その声の主はカホラだった。ゆっくりとタラップを昇ってきたが、その顔色は少し悪く、どこかやつれているようにも見える。
「先輩、ご無事でしたか」
「まあ無事と言えば無事だな」
「でも、先輩……あまり寝てなさそうですね……」
「何かあったんですか……?」
「お前らの優しさの1/10でもヌルが持ってりゃよかったのにな……。
ほかの連中が無理くり仕事させられているのが心配であまり眠れなかっただけだ。それ以外は本当に何もねえよ」
本当は食事もあまり喉を通らなかったのだが、それを言うともっと心配させてしまいそうだったのでカホラは黙っていた。
それを悟られないように話題を変える。
「で、お前らは何の用だ。…………見たところ敵ではなさそうだけど」
「先輩を助けに来ました」
「助けにって……アタシは別に酷いことは何もされてねえよ。それより格納庫の連中の方が……」
「ロンド君たちのせいでですか」
スノウがズバリと切り込むとカホラは悲しそうな顔をする。
「知ってたのか」
「はい。フィリップス君と仲のいい人間から
「ヌルくん、それは本当なんですか!?」
「谷井さん」
「ダイゴくんがそんなことを本当にしているんですか!?」
スノウとカホラの会話に割り込んできて声を荒げる。話に割り込むのも声を荒げるのも佳那にしては珍しいが、今それを構っていられる時間はない。
「佳那ちゃん、落ち着いて。今はひとまず……」
「ロンド君はどうとでもなるので今はいいです。
それより、フィリップス君を止めなければ暴挙は止まらない。そのために先輩の力を借りしたいのですが」
「アタシの力? どういうこったよ」
「僕に機関室のコンソールはいじれないので―――」
スノウは手短にカホラにやってほしいことを説明した。それはカホラであればたやすくできることだったが、それゆえにカホラは疑問に思った。
「それだけでいいのか? 簡単なことだがあまり意味があるとは思えないぞ?」
「いえ、いいんです。それさえしてもらえれば」
「…………殺るのか?」
「必要なら」
「…………お前はそういう奴だよな、わかってたよ。
お前の頼み、引き受けた」
「お願いします」
スノウはカホラに一礼して、それから雪と佳那のふたりに言う。
「ふたりはここにいて。ここなら当面は安全だろうから」
「そんな! 佳那ちゃんはともかくあたしは……」
「ふたりを守れるほど僕は強くないし、相手も優しくない。フィリップス君は必要なら躊躇なく引き金を引くだろう。そんなところに連れていけはしない」
「だけど……」
「ついて来ると言うならふたりとも動けないように縛り付けて床に転がすけど、それでもまだ言うかい?」
そう言い放つスノウの顔はその名前の通り冷たく、突き放してくるかのようであった。およそ友人に向けるような顔ではないそれを見て、雪も佳那も背筋が凍るのを感じた。
何も言わないふたりから視線をカホラに戻して、スノウは言う。
「では、手筈通りにお願いします」
「ああ。できれば無事で帰って来いよ」
「はい」
スノウはうなずいて、そのまま機関室を出ていった。一切後ろを振り返ることなく、素早く出ていった。
残された3人、数秒間誰も口を開かず、そのうちカホラは溜息ひとつついてコンソールに向き合い始めた。
「簡単だけど、そのあとが大変なんだよな……。アイツはそのことがわかってんのかね……」
「…………カホラ先輩。ダイゴくんは本当にフィリップスくんの仲間になっているんですか?」
そうボヤくカホラの背中につぶやくように放たれた佳那の疑問が刺さる。
ダイゴがギャメロン一派なのか、それはスノウの言う通り間違いない。
だが、カホラにとってはダイゴも佳那も可愛い後輩だ。できればふたりとも傷つかない言い方で説明したかった。そんなものないなんてわかりきっているのに。
結局、普通に言うことにした。
「ああ、ヌルの言ったとおりだ。フィリップスの宣言と同時に何人かと一緒になってアタシたちにライフルを向けてきやがった」
「なんででしょう……」
「…………思えば、その時より少し前から様子は変だった。時々ボーッとしていたり、かと思えばいきなりせかせかと働き始めたり。きっとそのころからクーデターに誘われていたのかもな」
「…………そんなことが」
「あ? 谷井の前じゃそうじゃなかったか?」
「はい。…………きっと、心配させまいとしてたんだと思います」
「そうかもな」
「あの……」
おずおずと雪が手をあげる。
「えっと、佳那ちゃんってロンドくんと仲いいの?」
「えー……、まあ雪さんとヌルくんぐらいには」
「え、そ、そうなの?」
「というか付き合ってんじゃないのか? 暇さえあれば一緒にいないかお前ら」
「そ、そうでもないですよ……。…………たぶん」
「へ、へぇ~」
『自分の知らぬ間にそんなことになっていたのか……教えてくれればいいのに……』と思った。が、逆の立場になった時、たぶん自分も黙っているだろうとも思ったので責めたりはしなかった。
ちょっと気恥ずかしい気持ちになったので、雪は話を逸らすことにした。
「あの、先輩は先ほどから何をしているんですか?」
「タイマーの設定。…………はい、終わり。これでアタシがいなくても自動的に全部やってくれるはずだ」
うんうん、と自分の仕事に満足いったようにうなずくと、今度は先ほどスノウに倒された学生のもとへ行って、彼が持っていた銃器を取り上げる。
「じゃ、行くか」
「え? どこにですか?」
「ん? なんだ、谷井お前ロンドのとこに行きてえんじゃねえのか? 行って話をしたいんじゃないのか?」
「そうなの佳那ちゃん?」
雪が佳那を見ると、佳那は神妙な面持ちで頷く。
「…………そうですね。ダイゴくんが悪事に加担しているなら、行って止めないといけない、そう思います」
「で、でも格納庫は危ないよ!? 武器もった人が結構いるらしいし、スノウもここにいろって言ってたし……」
「北山はここにいてもいい。ただロンドと話すだけだったらアタシと谷井だけでじゅうぶんだろう」
「………………」
そりゃ話すだけだったらふたりでじゅうぶんだろうけど……と雪は思った。
しかし、そんなこと言われて、はいじゃああたしはここにいます、なんて言えるわけがないのだ。ここで待っていてもふたりが無事か心配で居ても立っても居られないに違いない。
「…………あたしも行きます。ふたりより3人の方が安心でしょう」
少し悩んだあげく結局ついていくことにした。
すると嬉しそうにカホラは微笑む。
「そう言ってくれると思った。よし、そうと決まれた善は急げだ、さっさと行こうぜ」
3人はダイゴのいる第2格納庫へ向けて、機関室を後にした。
「まだ終わんねえのか……」
ギャメロンは艦長席で貧乏ゆすりをしていた。一派の人間たちに命令してからずっと、ひたすら。
さすがに鬱陶しくなってきたのか、ブリッジに残っていた唯一の味方……カルマが冷たい声で言う。
「フィリップス、少し落ち着け。イラついたところで時は進まない」
「あ? てめーに言われなくてもわかってるよ!」
「なら、行動で示してくれ」
「チッ」
ギャメロンはソルの腹を蹴り飛ばす。もう何度目かわからない暴力にさらされているのだが、周りに止められる者はいない。ブリッジにいる者が何か不穏なことをしようものなら、ギャメロンは傍らに置いている拳銃で撃ってくるだろう。数の上では勝るブリッジの者たちが反抗できないのは、誰しもが自らに向けられる凶弾を恐れているからであった。
だが、その凶弾を恐れない狂人がいるとしたら―――
「ヌルをまだ始末できねえのかよ、あのアホどもは!」
「数の上では圧倒的に有利だ。たとえ食堂に立てこもっていたって限界はある。時間の問題だろう」
「そもそもキースとアモスがトチらなきゃこうはなってなかったんだ……! あークソ、ムカつくぜ……。こんなことならヌルを―――」
「呼んだかな」
張り詰めた空気の中でギターをかき鳴らしたかのように、その声は不思議とブリッジに響いた。その場にいた全員が、その声の方を見る。そして、声の主を確認してギャメロンはただでさえピカソの絵のようにひずんだ顔を酷く歪ませて唸る。
「ヌルゥ~!」
「ご指名のところ悪いけれど、その椅子から降りてもらおうか」
凶弾を恐れぬ狂人―――スノウ・ヌルがアサルトライフルの銃口をピタリとギャメロンに向けて言い放った。
この馬鹿げた支配の、終わりの時が刻一刻と近づいていた。
遠征19日目 乗組員:200名 負傷者:27名 死傷者:3名
(続く)
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