第23話 合コンクライシス:ユリは散らない

 一度盛り下がった合コンであったが、時間が経つにつれて雰囲気が良くなってきた。

 今は席を変えて、それぞれが気に入った相手に好きなように話をしている。


「アベールくんはさ、兄弟とかいるの~?」

「ええ。姉がいますね」

「へえ~、末っ子なんだ。しっかりものだから、一番上かと思ったよ」

「ありがとうございます」


「アイコさんはなんで音楽の道に入ろうと思ったんですか?」

「もともと歌うのは好きだったんですよ。音楽の道を志したのは……いつだったかなぁ……」

「俺も昔ちょっとだけバンドやってましたよ! まーへたくそだったんですけどね! どうしたらうまく演奏できるんですかね?」


 和気あいあいと楽しんでいる人たちもいれば、


「………………」

「あら、ヌルくんはお酒を飲まないの?」

「そうですね」

「どうして?」

「好きじゃないからです」

「でもぉ……、せっかくの合コンなんだから一杯くらい、どう?」

「丁重にお断りします」


 まったく盛り上がらない会話もあって、


「………………なんか、こうなるとしゃべりづらいものですね」

「はは……、俺もこういうのは不慣れですから、何を話していいものか……」


 ソルと奈々はふたりで顔を見合わせて笑う。


「ほんとですか? 慣れていそうな感じがするのに」

「まったくですね。そういうのは、幼馴染の手前……」

「幼馴染?」

「…………いえ、忘れてください」


 ソルはしまった、と思ってかすかに顔を歪めた。今は目の前の女性を丁重に扱うべきで、他の女性の話をすべきではなかった。そういう後悔の顔だ。

 それを悟られないように、スッと話題を変える。


「それより、ようやく笑ってくれましたね」

「え?」

「これまで、あまり明るい顔をされていなかったものですから」

「…………そうですね。私も、事情があるのです」

「そうですか。…………あれ、グラスが空じゃないですか。店員さんを呼びますね」

「あ、お願いします」


 これらのことから、合コンは上手くいっている……そう表現しても間違いのない様子であった。




 しかし、そのことが気に入らない者がいるのも事実であって……。


「何あの女……! ソルに馴れ馴れしくしやがって……!」


 かじりつくようにしてよそのテーブルを見ているのは黒子。怒気をはらんだ、地獄の底から響くような声は、たまたま通りがかった子供が涙目になって引き返すぐらい。

 普段のクールな様子からは考えられない豹変ぶりに、ナンナは顔を引きつらせる。


「さっきと言っていること違うじゃないか……」

「そ、それだけ慕っているってことですよ、きっと……」


 そうフォローする佳那も黒子を直視できない。ただ困ったように微笑んで嵐が過ぎ去るのを待つのみ。


「ああああああ!! もう! ソルの手を煩わせてぇ! ドリンクくらい自分で気づいて自分でオーダーしなさいよ! やはりあの女はダメ! ふさわしくない!」

「…………ダメそうだな、これは」


 天災に抗うのは難しい。

 天災というものと縁が遠くなったこの時代でも、その鉄則だけは忘れることができなかった。

 そういうわけで、黒子てんさいをどうこうするのは諦めて、ナンナは雪に話しかける。


「どうしたんだ雪。さっきから黙り込んで」

「…………ちょっとね」

「ヌルのことか。あの女性とはどうやら話が弾んでいないようだが」

「そうなの」


 切なそうに眉根を寄せて胸をぎゅっと抑える。今すぐ駆け寄ろうとする自分を抑えるためにできる精一杯のこと。

 隣に座るホムラに目もくれずグラスを傾けるスノウを見て、雪はため息混じりにつぶやく。


「きっとあの人と話をしたくないんだと思う。合コンだって自分から行きたかったわけじゃなくて、秋人くんかアベールくんに誘われて仕方なく参加しているのかな。それで好みじゃない人に絡まれたら余計に嫌なはず。

 …………それが可哀そうに思えて」

「確かに十中八九秋人が誘ったんだろう。だが、仕方なく参加しているとも、今相手している女性が好みじゃないとも言い切れないんじゃないか」

「え?」

「彼が自分から言ったならともかく、言ってもいないのに『仕方なく参加している』とか『好みじゃないはず』と気持ちを勝手に代弁するのは傲慢じゃないか?」

「………………」


 ナンナの問いかけに雪は何も言い返せない。ナンナの言うことを認める気持ちと、スノウであればそう思っているはずだという確信がせめぎ合って上手く言葉にできなくなる。だから、ただうつむいて服の裾を握りしめることしかできなかった。

 そういう雪の様子を見て、ナンナはフォローする。


「…………私の考えもあくまでひとつの考えに過ぎない。雪がヌルを不憫に思うなら、君だけでも奴を大事にしてやればいい」


 雪は何も答えず、うつむいたままだった。




 場所は変わって化粧室。そこでは、ホムラと奈々が化粧を直していた。とはいえ、それはメインではない。


「どーなのよ、奈々。スフィアくんとはしっかり会話できてる?」

「うん。楽しくやれてるよ」

「それならいいけど。アンタ最近……えーと、許嫁? 婚約者? とモメてるって聞いたから、気晴らしになるかと思ったから誘ったけど、悪くないみたいね」

「…………ありがとう。

 それで、ホムラの方は? あまり会話が弾んでない気がするけど……」


 それを言うか……と言わんばかりにしかめ面になるホムラ。しかし、すぐに強気な顔に戻って自信満々に言う。


「なぁーに、ヌルくんみたいな子は経験がなさそうだから、照れているだけなのよ! 時間をかければあの年ごろの男はグイグイ来るもの、そうしたらこちらのものね!」

「オーシャンくんと沼木くんは?」

「あのふたりも顔は悪くないけど好みじゃないからパス。

 スフィアくんはアンタにあげるわ」

「はは……」


 『あげる』という表現はいかがなものかと思うものの、言うことは憚られて奈々は苦笑いする。この友人が何気なしにそういう表現をするが、決して悪人ではない。それはわかっているが、もう少し言い方を変えればもっと印象良くなるのになと思う。


(まるで、義父さんみたい……。義父さん……か)


 義父。その顔を思い浮かべるたび胸が張り裂けそうになる。その声を思い出すたびに体が震える。


「…………奈々、電話じゃない? バイブ音がするけど」

「えっ? あ……ほんとだ」


 ホムラの指摘にハッとなり、バッグの中から震えているスマートフォンを取り出す。そこには、


「…………ッ」


 義父の名前が。震えるスマートフォンをグッと抑え、奈々は笑顔を取り繕う。


「は、はは。ごめんホムラ。ちょっと私、席を外すね」

「…………そう。みんなには適当に言っておくわ」

「ありがとう。…………またね」


 背中を向けて去っていく奈々にかける言葉もなく、ホムラは額に手を当ててため息をついた。




 女性ふたりが欠けているものの、合コンの場はだいぶ温まってきている。このまま二次会にいけそうな雰囲気だったのだが、戻ってきたホムラのひと言で事態が急変する。


「ごめーん。奈々、体調がよくないから帰るってさ」


 そのひと言は参加していた面々を驚かせた。特に秋人は幹事ということもあって、思わず聞き返す。


「え、マジですか?」

「マジマジ」

「今思えば確かに体調悪そうだったもんね~」

「そ。それで提案なんだけど、ここからは二次会じゃなくて各々好きに行動しましょ?」


 提案という形ではあるものの、その口調は有無を言わさないものがあった。この場での年長者ということもあり、秋人はうなずく。


「じゃあそうしましょっか!」


 そんな流れで会計を済ました後、店の前に集まる。


「ヌルくん、アタシちょっと酔っちゃったから家まで送ってほしいな……」

「はあ。構いませんが」

「ありがと。

 沼木くん、今日は誘ってくれてありがとう」

「あーいえいえ。スノウをよろしく頼みます」

「ええ。

 じゃあ、行きましょうか」


 ホムラはスノウを連れて夜の街に消えていった。

 残されたメンツはその様子を見送りつつ話し合う。


「俺たちは二次会に行きますか。どうでしょう?」

「いいんじゃないですか?」

「賛成~」

「いいと思います」

「………………」


 アベールと女性陣の残りふたりが口々に賛成する中、ソルだけが顎に手を当てて黙り込んでいる。


「どうしたんだよ、スフィア」

「………………」

「スフィア!」

「っ! ああ、すまない。少しな……。

 …………俺は、ここで失礼させてもらうよ。少し気分が悪いんだ」

「そうか。…………今日は来てくれて助かったぜ」

「ああ。また、何かあったら誘ってくれ」

「応よ。

 さ、俺たちも行きましょうか! 店は適当でいいですかね!」


 秋人たちもまた長い夜を過ごすことになるのだろう。それに混ざれないことは少し寂しい気がしたが、ソルにはそれ以上にやるべきことがあった。

 秋人たちがいなくなったことを確認すると、小さな声でつぶやく。


「黒子。近くにいるんだろう、出てきてくれ」


 間もなくザッと後ろから音がした。振り返るとそこにはやはり黒子がいて、かすかに微笑んでいた。


「お呼びかしら?」

「ああ。奈々さんがどこへ行ったか、教えてほしい」

「家に帰ったんでしょう? そういう話をしていたじゃない」

「本当に彼女は体調不良で家に帰ったのか?

 俺はそう思わない」

「どうして?」


 ソルはこう考えた。言伝にしてもらうほど体調不良であれば、誰かに送ってもらわないといけないぐらい体調が悪いだろうし、逆に軽いのであれば自分からみんなに説明をすればいい話だ。


「だが、奈々さんはひとりで帰っている。迎えが来ているならホムラさんもその旨を説明しているだろう。体調不良は方便で、他に理由があるはずなんだ」

「別に体調不良ぐらい言伝にするでしょう」

「俺だったらそうする。だけど、彼女は違う。奈々さんは……たぶんそのぐらいだったら自分で言う人だ。

 …………いや、これも方便だな。俺は彼女の悲しそうな顔、それが今回のこれに関係していると思う。理由はない、ただの直感だ」


 真っ直ぐこちらを見てくるソルを、黒子は直視できない。

 確かに、奈々の体調不良というのは嘘で、別に理由がある。だが、そのことを伝えればソルは確実に怒るだろう。そして、深く悲しむだろう。

 ソルの肉体と精神、両方の平穏を望む黒子は真実を伝えることを躊躇する。


「…………ソル」

「教えてくれ」

「私たちにできることなんてないわ。本人の問題だもの、関わったところで苦しいだけよ」

「それでも、俺にできることをしたい。助けたいと思う」

「…………特に親しくもない人を、今日であったからという理由で助ける。それも王の器ね」

「黒子……」

「わかったわ、教えましょう。ただし、時間はないから移動しながらね」

「ああ!」


 そう言ってふたりは街を駆ける。彼らの夜も、まだ終わりを告げてくれそうにはなかった。

                                  (続く)

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