第22話 合コンクライシス:席に着いた牡丹

「さて、今回来る女性陣のプロフィールを確認しておくか」


 秋人は手元のタブレットを操作して顔写真を4つ出す。

 べっぴんさん、べっぴんさん、ひとつ飛ばしてべっぴんさん……ということは決してなく、それぞれタイプは違うものの全員べっぴんさんと言って差支えのない面々だと秋人は思っており、実際残り3人も「へえ」「ほう……」「ふむ……」と声をあげる。


「まずは、一人目。セクシーなネグロイドのお姉さんはホムラ・デインさん。整体師で、年齢は25歳。

 二人目は穏やかな微笑みが綺麗なアイコ・ネールさん24歳。音楽教室の先生。

 三人目は24歳の風間フウロさん。飲食店の店員をやっている。

 で、最後は椎名奈々さん。この人はフェアルメディカルの事務員で……25歳だな」

「フェアルメディカル、ですか」


 顎に手を当てて思案顔をするアベール。

 フェアルメディカルと言えば、この世界で有数の医療品メーカーだ。しかも、医療品の製造だけではなく、系列の総合病院の経営や医療関係の学校の運営など医療関係では多岐にわたって、名をはせている会社だ。


「今は、3年前の事件のために事業縮小や大規模なリストラがあったと聞きますし、新入社員の募集もかなり減ったとききますが、それでも入社しようとする人がいるものですね」

「業績右肩下がりの会社に入ろうとする変わり者かもしれないが、まあ美人だぞ」

「秋人好みなお方ですね」

「沼木はこういうほんわかした美人が好きなのか?」

「悪いかよ?」

「いや、悪くない趣味だ」

「ちょっといい? 質問があるんだけど」


 スノウがサッと手を挙げる。授業中に質問をする生徒というよりは、大物芸能人の謝罪会見に来た記者のような態度。


「どうした? 気になる人でもいたか?」

「いや、そこは特に興味ないんだけど」

「さすがに合コンに来ているのにその興味のなさは困るんだが……」

「まあまあ。無欲なほうが相手方に印象が良いかもしれないですし。

 それで、何を聞きたいんですか?」

「今話していた、3年前の事件って何」

「…………え、お前知らないの? あれだけ報道されていて一時その話題で持ち切りだったのに?」


 開いた口が塞がらない、というのはこういうものだと言わんばかりの顔の秋人。秋人ほど間抜け面ではないが、アベールやソルも目を丸くしている。

 スノウはゆっくりと両手を挙げた。


「事件のことはわからないけど、知らないことが非常識だということはわかった」

「非常識とまではいいませんが、少数派なことは間違いないですね。

 詳細を話すと合コンに差し障るので簡単に説明しますと、フェアルメディカルが運営している病院が非合法な人体実験や人身売買をしていたことが3年前の調査の結果わかりました。その結果、世間から酷いバッシングを受けて病院部門は解体、業績がガタ落ちしたという話です」

「なるほど、そういう事件だったんだ」

「メーカー部門と学校部門はまだ残ってるんだけど、そっちの方も苦労しているみたいだなぁ。サンクトルムの看護科の外部講師はまだフェアルメディカルから来てるんだっけ?」

「そうだったはずだ。サンクトルムの設立にフェアルメディカルが深くかかわっている以上、邪険にはできないということだろう」

「癒着ってやつ?」

「…………言い方は悪いが、そういうことだな」

「ただ、技術は未だ最高峰ですからね。スキャンダルで手を切るには惜しいとも言えます」


 地球統合軍が設立されるときに、統合軍はフェアルメディカルと専属契約を行った。それは、『統合軍が仕入れる医療機器はすべてフェアルメディカルから購入すること』。この契約は統合軍直轄であるサンクトルムを設立するときにも効果を発揮し、サンクトルムで使われている医療機器はすべてフェアルメディカル製のものになっている。

 また、看護科の外部講師を呼ぶときもフェアルメディカルの人間から選ぶことになっている。それはアベールの言った技術力が惜しいという面もあるが、実際のところは統合軍がそうするように命令を出しているからで、サンクトルムにはそれに逆らう権限がないからだ。

 しかし、サンクトルムの運営陣も特に反発をしているわけではないので、すんなりとことが進んでいる。事件を起こしたのは病院部門であってメーカー部門・学校運営部門は関係ないから、というのが統合軍及びサンクトルム運営陣の本音なのだが、それをスノウらが知る由はない。


「ま、入っている会社と人となりは別だ。色眼鏡で見ないようにしよう」

「それもそうですね。…………それにしても、年上ばかりですねぇ」

「20半ばと言えば、親や親戚からもいろいろ言われがちな時期だからな。狙い目だろうと思ったんだよ」

「それで、沼木は誰を狙っているんだ?」

「今それ聞いちゃうー?」


 そんな話を聞き流しながら、スノウはボーッと遠くを見ていた。3年前の事件とやらがどういったものかさえ知れれば、他のことはどうだってよかったのだ。

 女性陣が来るまでそうしているつもりだったが、ふと女子トイレから出てきた人物に目が行く。


(………………おや)


 目深に帽子を被り、かつ口元はハンカチで抑えている。よく見るとサングラスもかけているようだ。だから、人相はわからない。ただ、やたら早足だったからちょっと目についた。


(トイレに行くのに早足ならわかるけど、その逆というのは面白いものだなぁ)


 ふとそう思って、スノウは再び虚空を眺める作業に戻った。




 同じころ。合コンの会場となっている居酒屋の団体席で3人の女性が顔を突き合わせていた。


「とりあえず、しばらくは動きがないようね」

「そうですね……」

「…………それにしても、穴沢。君はよくこんなものを用意できたな」


 呆れ顔でそう言ったのはナンナだ。眼鏡をかけて申し訳程度の変装をしている。

 その隣で苦笑いをしているのは佳那。

 そして、胸を張ってナンナの言葉に応えるのは黒子だ。


「ええ。ソルのことを知るためですもの。必要なものは一通りそろっているわ」

「褒めているわけじゃないんだが……」


 そう言ってナンナは耳元につけたワイヤレスイヤホンをトントンと叩く。そこから聞こえてくるのは、先ほどから楽し気にしている秋人たちの話し声だ。

 ナンナたちは、秋人たちの会話を盗聴しているのであった。


「ソルが友達と遊びに行く、と言ったからピンと来たわ。これは私に後ろめたいことをしようとしているって。一方でその友達を手助けしたいという気持ちも垣間見られたから、出かける直前にポケットに盗聴器を入れたのよ」

「えっと……、それでたまたまわたしたちと合流したということですよね」

「そうよ! それにしても、ソルが合コンなんて……」

「ただいま~」


 目深に帽子を被りサングラスをかけた女性が黒子の隣に座る。そして、サングラスを取った。


「スノウにバレるかと思った……。トイレから出てきたあたしを凝視しているんだもん、危ないところだった」

「だから、慎重に行けと言ったじゃないか」


 サングラスの人物……、もとい雪が帽子を取ってうちわ代わりに顔を扇ぐ。

 さて、これでいつもの女子3人プラス黒子がそろったわけだが、彼女たちがなぜここに集まっているのか。

 スノウから服装の相談をされた雪は、スノウの口ぶりから合コンないしそれに近いものに参加するんだろうと考えた。そこでナンナと佳那を招集、寮から出てきたスノウを尾行し居酒屋に突入しようとしたところ、黒子と鉢合わせしソルをつけてきたという彼女と同じ席で合コンの様子を観察することにしたのだ。


「ごめんごめん。

 …………それで、今何の話をしているのかなっと」


 雪もイヤホンをつけて今繰り広げられている会話を聞く。


「へえ、スフィアくんはお姉さんタイプの美人が好みなんだねぇ。意外だったなぁ」

「そうね。幼いころからそういう傾向はあったわ」

「…………意外にも、取り乱したりしないんだな」

「どういう意味?」

「君のことだからスフィアの理想像が自分じゃないと知ったら、怒り狂うだろうと思っていた。スフィアのこと、好きなんだろう?」

「ええ、そうよ。愛しているわ」


 修学旅行の夜のような甘い雰囲気だとか、ガールズトークの華やかさだとか、そういうのとはもはや次元が違うとばかりに、ド直球な応酬。

 佳那は顔をメニューで覆い隠し、雪は赤くなった顔を見られないようにそっぽを向いている。

 そして、質問をしたナンナですら少し顔を赤らめているのに、顔色ひとつ変えないで黒子は言う。


「愛しているからこそ、今は理想像じゃなくていいのよ。彼の心は他の人に向いている。今は沼木君やオーシャン君、あとクズ虫に手を貸そうという気持ち。普段はご両親の期待に応えようとする気持ち。それらを乗り越えてソルが自分の心に向き合った時、その時に私が彼の帰る場所になっていれば、それ以上の喜びは無いわ。ソルは王なる者の器だけど、まだ王じゃない。私も同じでまだ未熟。日々、ソルの理想についていけるよう、今は自分を磨くだけよ」

「…………いや、その、悪かった」

「貴方は何も悪いことしてないじゃない。どうして謝るの?」

「なんとなく、な」

「…………それより、ふたりとも。女性陣が来られたみたいだよ」


 雪が再びサングラスをかけてテーブルから身を乗り出す。その視線の先では、見目麗しい女性が4人、秋人たちの対面に座り始めていた。




「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」


 ビールビールウーロン茶ビールビールビールビールビールのグラスがカチンと音を立てる。合コンに限らず、飲み会では当たり前の風景。

 打ち付けるタイミングは一緒でも、飲み方は様々。だから、全員が一通り飲んだタイミングを見計らって秋人が言う。


「では、乾杯も済んだところで……初対面な人もいるでしょうから、挨拶と自己紹介をしていきましょうか!」


 そして、秋人から男性陣が自己紹介。秋人は普通に、アベールは柔らかく、スノウは淡々と、ソルはぎこちなく。


「ホムラ・デインよ。出身地はL1ポイントのコロニー『ドラム』で、今はこの街で整体師をやっているわ」

「アイコ・ネールです。音楽教室の教師をやってます。出身は同じくL1のコロニー『ラブレ』です」

「風間フウロ、24歳でぇす。飲食店で働いてまーす。知的な人が好みかなー」

「………………」

「ほら、次は奈々の番!」

「あっ……、ごめんなさい。えと……私は椎名奈々です。その……会社の事務員してます。よろしくお願いします」


 自己紹介をしてすぐ顔を伏せてしまう奈々。心ここにあらず、といった感じだ。そのために少し場が盛り下がったまま、合コンは進んでいった。

                                  (続く)

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