第15話 闘争の予感:シクラメン・ガールズ

「そういや今日から実機での訓練かぁ」


 GWが終わってから1週間ほど経って多くの学生の五月病が治ったころ、昼休み中に突然秋人が声を上げた。

 それまでどこぞのカップルがどこまで進んだとか、誰が誰のことが好きだとかそういう下世話な話をしていたので、その突然の発言にその場にいた全員が秋人の方を見る。


「…………秋人、お前今までの話を聞いていたのか?」

「そうですよ、秋人。今はエーミールさんがフィリップス君に言い寄られて困っているという話だったじゃないですか」

「アベールくん、それはもうひとつ前の話だよ。今は―――」

「いや、どっちだっていいけどよ……」


 話が脱線しそうだったので、コホンとひとつ咳払い。そして、気合いが入った様子で言う。


「我々学生の本分は学業である! 誰が誰に言い寄っているだとか、どこまで進んでいるかだとかそんな話は不埒である! 恋愛事にうつつを抜かさず、しっかりと学業を修めるべきだとそう思わんかね! だから俺は今日の演習の話をしようとしたの!」

「ああ、そういえばどこかの誰かさんはGW中ずっとナンパをしていたと聞いたな」

「なるほど。それは実に有意義なGWだったでしょうね」

「秋人くん、ドンマイ」

「あはは……。そういうこともありますよ、沼木くん」

「………………」

「クソ、美形ふたりの皮肉と女子ふたりの慰めが心に突き刺さりやがる……。あとスノウの無言もキツイ……。

 って、そうじゃねえんだよ! やっぱり脱線してるじゃねえか!」


 今にも顔からブシュー!と蒸気が噴出しそうなほど顔を赤くする秋人。

 話を戻すと、これまで講義内外問わずシミュレーターでエグザイムの訓練をしていたのだが、今日の演習の時間から講義中に限り実際にエグザイムに搭乗して訓練を行うことになっているのだ。エグザイムに乗りたくて操縦科にいるのだから、学生の本分云々関係なく大事な話だ。

 顔がコロコロ変わって面白い奴だ……なんて思いながらナンナは言う。


「どこかの誰かさんのひがみは置いておくとして、結構早めに実物に乗ることができるんだな」

「確かに、今年は例年に比べると少し早いそうですね。それだけ期待されているのかもしれません」

「でも、少し不安ですね……。わたしはまだシミュレーターで練習していたい気分です……」

「そうだな、私もだ」


 佳那とナンナがふたりして顔をしかめる。もともとエグザイムに乗っていたアベールとスノウ、呑み込みが早く徐々に乗りこなしつつある雪と秋人と比べるとこのふたりはまだまだ操縦が上手とは言えない。それがわかっているからこその表情だ。

 不安そうなふたりに、ここまで演習の話以前の下世話な話からずっと黙っていたスノウが口を開く。


「常に実機に乗らなきゃいけないわけじゃないから、不安ならもっとシミュレーターを使っていい。

 それに、ナンナも谷井さんも動かし方が丁寧だ。実機でも丁寧に確実に動きを習得していけば、充分に乗りこなせるようになる」

「そ、そうですかね……?」

「ヌルがそう言うならそうなのかもしれないが……」

「実際に乗ってみないことには、これ以上何も言えないけどね。…………む」

「………………」


 佳那とナンナに話をしていると、何やら刺すような視線を感じる。


「どうしたの雪ちゃん。そんな目で僕を見て」

「…………別に」


 それまでスノウをジト目で見ていた雪はそう言われてプイと横を向いてしまう。その後、スノウがひと言ふた言話しかけてもつれない態度のままだ。

 そんなふたりの様子を見て、秋人が隣に座っているアベールに耳打ちする。


「…………なんか、GW終わってから変わったよな、ふたりとも」

「いえ、スノウは変わってないですよ。変わったとしたらたぶんスノウじゃなくて……」

「雪ちゃんってわけ」

「そうです。スノウも隅に置けませんね」


 いつも微笑を浮かべているアベールだが、今はそれに加えて目を細めている。秋人が口をへの字にして愉快そうではないのと好対照だ。


「お前は面白いかもしれないけど、あんまりギスギスしないでほしいもんだな」

「おや。女性の可愛らしい嫉妬はあまりお好きではないですか」

「可愛かろうがなんだろうが嫉妬は嫉妬だ。自分に向けられてなくても胃が痛くなる」

「案外繊細ですね」

「うるせえ。

 …………あれ、スノウは?」


 会話の最中にふとスノウがその場からいなくなっていることに気が付く。さっきまで自分の隣にいたのに、煙のように消えてしまったではないか。

 忍者の末裔か何かか? と思っているとナンナがジト目で説明する。


「昼食も終わったからパイスーに着替えて先に演習の集合場所に行っていると席を離れたぞ。お前たちが何やら内緒話をしている間にな」

「あ、そうなの……」

「我々も早くしなければな。実機がある工房ドックは普段使っているシミュレータールームより遠い」


 『サンクトルム』には宇宙空間へ出るためのカタパルトと格納庫がいくつか存在する。『サンクトルム』に駐在する統合軍が使うためのもの、宇宙ステーションの修理用のエグザイムを格納するためのもの、ほかの宇宙ステーションとの交通用など用途は様々だ。その中で学生たちが使うのはキャンパスに存在する工房ドックと呼ばれる施設だ。この施設は敷地の半分を占めており、エグザイムの格納庫兼カタパルト兼工場などなど……、エグザイムに関連していることなら大抵のことはできる場所となっている。


「そうですね……。とても広いですし、集合場所がどこかわからなくなっちゃうかも……」


 集合場所がわからないだの自分が今いる場所がわからないだのと言って工房で迷子になり捜索される新入生が毎年必ず何人かいる。佳那が不安そうな言葉を口にしたのも当然のことだった。


「そうならないためにも、あるいはそうなってもいいようにいつもより早めに行くとしよう。時は金なり、そして相穴熊では角より金だ」

「ナンナ、意味がわかりませんよ」

「…………そうか」



 時間は少し戻ってスノウがまだ食堂にいたころ、ソルは幼馴染の穴沢黒子と一緒に食事をしていた。こちらでも今日からの実機での演習が話題になっていた。


「今日から実機による演習ね」

「そうだな。少し心配だが」

「大丈夫よ、ソルなら」

「だといいが」

「…………ソル」


 形の良い眉をひそめて黒子は不満そうな声を出す。会話はしているものの、ソルはずっと一点を見つめて黒子の方に意識を傾けていないからだ。会話している相手にする態度ではない。

 そんな態度ではあるがソルは「すまない」と口だけで謝ったきりで視線を外さない。


「…………そんなにスノウ・ヌルが気になる?」

「…………よくわかるな」

「ずっと見ていればわかるわ。午前の講義の時も暇さえあれば彼に目をやっていたでしょう」

「…………負けたよ」


 ソルはそう言って両手を上げる。お手上げ、というわけだ。


「なら、教えて頂戴。なぜ彼のことをずっと目で追っているの? もしかしてソル、貴方……」

「言っておくが、俺はノーマルだ」

「ならいいけど。…………それで、理由は」

「知りたいと思った。あのスノウ・ヌルという男のことを」

「…………ふーん」


 なぜ知りたいと思ったか。それについては詳しく聞かない。

 黒子もスノウを見つめる。探るようなふうのソルとは違い、嫉妬あるいは憎悪がこもった視線で。

 そんな黒子の様子が見ずともわかって、ソルは苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 その後、スノウが席を立つまでふたりが言葉を交わすことはなかった。




「ほへー、やっぱり実物はでけえなぁ」


 小手をかざして秋人がモスグリーンのエグザイムを見る。

 ここは工房、その中のエグザイムの格納庫。そこではモスグリーンのエグザイムが何十機も並んでいた。

 このエグザイムはカラーリングこそ違うが<オカリナ>である。『サンクトルム』で学生たちが、操縦訓練をするためにデチューンしたのがこのモスグリーンの<オカリナ>だ。特に正式名称はないものの、いつのころからか<グリリナ>という愛称ができてからはこんにち多くの学生たちからそう呼ばれている。


「<オカリナ>の全長は頭部アンテナを含めて16.5m。一般的なウェグザイムに比べるとやはり大きめです。このぐらいのサイズではないとセグザイムは務まらない、ということでしょうか」

「デシアンがそもそも15m前後あるからそれに合わせたんだろう。やはり、サイズも戦いには大事だからな」

「角も飛車も大駒と言いますもんね」

「そのふたつは強力だ。だが、ヘボ将棋玉より飛車を可愛がる、という言葉もあって―――」


 秋人らだけではなく、集まったほかの学生たちも実物のエグザイムを見て口々に感想を漏らし雑談をする。曰く、でかい。曰く、上手く操縦できるだろうか。曰く、カラーリングがダサイ。


「静粛に!」


 そんな雑談も、教官である護がそう叫ぶとピタッと止む。全員が一通り話を聴く姿勢になったことを確認しうなずく。


「よし、これから実機に乗っての訓練を開始する。といっても、今日は初回だからそう厳しいことはしない。

 それでは、総員指定されたナンバーの<グリリナ>に搭乗しろ」


 ガヤガヤとやかましく学生たちは自分たちが乗ることになる<グリリナ>へ駆けていく。

 スノウも目的の<グリリナ>を見つけ、その足元にいる整備科のが学生に話しかける。


「これ、僕が乗ることになっている<グリリナ>ですよね?」

「そうだよ。あと、そんな丁寧な物腰じゃなくていいぞ。俺も1年生だし」

「あ、そう」


 工房は整備科の学生たちがたむろしている場所でもある。というより、彼らの実習はほとんどここで行われており、今回使うこととなっている<グリリナ>はすべて整備科の1年生たちが講義の一環で整備したものだ。彼らはここで日夜修理・整備・設計・改造、その他エグザイムの整備にかかわることを学んでいる。


「んじゃ、気を付けて搭乗用のリフトに乗ってくれ。くれぐれも―――」

「ああ、大丈夫。ポールから手は離さないしヘルメットもしっかり被るから」


 そう言ってスノウは搭乗用リフトに乗る。言葉通りにヘルメットはしっかり被り、落下防止用のポールをしっかりと掴んで。

 「上げるぞー!」という声の後に音もたてずゆっくりとリフトが上昇していく。

 セグザイムのコックピットは多くの場合胸部に存在する。<グリリナ>の全長は前述の通り16.5mだから、コックピットの位置は地上からおおよそ13mから14mの間ぐらいだ。これは一般的な建物の約4階の高さである。そんな高さを目指してゆっくりと昇るリフトに乗っている最中は結構ヒマだ。


(整備用の足場や橋があるんだからそこに集合させればいいのにね)


 ヒマなのであたりを少し見回す。すると隣のリフトに見知った顔が見えた。


(あ、雪ちゃんだ)


 彼女もスノウの方に顔を向けた。しかし、目が合ったと思った瞬間、やはりプイとそっぽを向かれてしまう。


(生理なのかな。だったら、少し放っておいてあげよう)


 親しいものにされたら不安になったり困ったりする態度なのに、スノウはセクハラじみたことを考えてそれ以上深く考えないことにした。

 そうこうしているうちにリフトがコックピット周辺までたどり着く。セグザイムのコックピットは強度の観点から背部が開きそこから入るようになっている。

 整備用足場に立っている整備科の女子学生がサムズアップ、スノウはうなずいてコックピットに入る。内装はシミュレーターのそれと変わらない。ゆっくりとシートに腰をうずめてマシンを起動。

 <グリリナ>のモノアイカメラがブゥンという音を立てて発光する。


(実機に乗るのは久々だけど、やっぱり長年の感覚ってそう消えないもんだね)


 慣れた手つきでグリップをコンソールから引き抜いて、外部スピーカーを使って整備科の学生たちに言う。


「こちらスノウ・ヌル。準備完了」

『オーケイ、カタパルトに乗ってくれ! ゲートを開けるぞ!』


 <グリリナ>が一歩ずつ確実に格納庫の床を踏みしめカタパルトに乗る。


『ゲートクローズ、隔離完了。続いてハッチオープン!』


 スノウの目の前でハッチが展開していく。全てを飲み込まんばかりの黒色が視界に現れてくる。これから『サンクトルム』の外、すなわち宇宙へと飛び出すのだ。


『カタパルト準備完了。出撃のタイミングはそちらに委ねる!』

「了解。スノウ・ヌル、出撃します」


 目の前に広がる宇宙。スノウはまったく臆すことなくペダルを全力で踏み込む。

 電磁式のカタパルトがそれに反応し、すさまじい勢いで<グリリナ>が無重力へ放り出された。

                                 (続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る