感情的な女
君は不機嫌にならない。嫌味も皮肉も言わないし、声を荒げることもしない。
人と一定の距離を取り、人に期待せず、いつも同じ温度感で接する。
だから君にはわからない。
怒りを相手にぶつけてしまうこと、泣いてしまうこと。
「だって友人や職場の人間にそんな風にはならないだろう」
確かに、恋人への甘えと言うのは正しい。でも、恋人にそれくらい許してほしいとも思うが、君にとっては理解できない生き物の戯言なのだろう。
ただ、頭を撫でて「大丈夫だよ」と言ってくれさえすればいいのに。
いつも冷静に話そうと努めていた。割ときちんとできていると思っていた。
他の女の子と比べれば、マシだと思っていた。
でも君は、私を感情的な人間と思っていると言った。
「元カノたちと口論したことはほとんどない。付き合いが浅く、最長でも一年しか保たなかったからかもしれないけど」
いっぱいいっぱいだ。これがギリギリのラインだ。
これだけ努力しても君の基準に叶う冷静な人間にはなれないなら、私はもう無理だ。
知らないうちに、イエローカードを何枚も持っていた。
あと一度でも感情的に君を責めれば、君は私を軽蔑し、嫌悪し、捨てるのだろうか。
君と一緒にいるために、私は努力する。
デートは1週間に一度だけ。それ以上は絶対に会いたいと言わない。近くで飲んでいても合流したいと言わない。君の用事に、私も行きたいと言わない。
好きと言ってくれなくても、可愛いと褒めてくれなくても、キスやハグがいつも私からでも、君を責めることは言わない。
「そんな我慢して、あなたはいいのかなって考えるよ」
ねえ、それは我慢じゃなくて努力なんだよ。
君は、努力の必要がある恋愛なんて続ける意味はあるのかとか、長く一緒にいることは恋愛の目的ではないとか言うかもしれない。
だけど、好きな人とずっと一緒にいるための努力をしたいって思うのは、そんなにおかしいことなのかな。
「それならあなたの希望を満たしてくれる人を探したほうがいいんじゃないかって」
君は恋愛の優先順位が低いし、仕事が過渡期でそうならざる得ないのも理解している。
だから例えば他の女がいて、私への愛情が少ない訳ではないと言うのは理解している。わかっているけど、どうしても愛に飢えてしまうことがある。
昔の男たちとの関係は、どちらかと言うと相手からの愛の方が大きかった。だから安心して我儘を言えた。でも、だんだんと安心が故に高慢になる自分が嫌だった。
高慢になるくらいなら、努力している自分でいたい。だからこの恋心のバランスはいいのかもしれないとも思う。
愛が足りないと焦がれている方が良いと言うのは、切ない話ではあるけれど。
「愛の総量が同じ人と一緒にいるのが一番いいんだろうけど、そんな人がいてもまた違う問題が起きるんだろうね」
「私が努力に疲れたら君の元を去るし、努力しても基準に満たなかったら君が私を捨てて終わるだけ。所詮、恋愛なんて娯楽だから大丈夫」
「でもそれが娯楽から日常になることもある。同棲なんてまさにそうでしょ」
同棲したいと私が口にしたから、君はそれについて考えている。
「君のとっての恋愛なんて、まさに全部娯楽じゃん」
「まあね」
だから君は本心では、同棲したいなんて考えたことはないのだろう。
私だって、この関係をただ恋愛のまま延命させたいなら、同棲しない方がいいとわかっている。
人との距離感の取り方も愛への比重も異なる私たちが一緒に住むのは、課題が多く、破綻する可能性の方が高い。
それでも一か八かに賭けたい。白黒付けたい。
このまま一緒にいても未来がないなら、どうせないなら早く結果を知りたい。
自分の人生の希望を君に押し付けるのはよくないとわかっているけれど、私は子供が欲しい。タイムリミットがある。
諦められる気がするのだ。同棲がうまくいかなければ、君との結婚や家庭を持つことが。そして私は、新しい相手を探す決心がつく。
だから、私が努力しているのは私のためであって、それを君に押し付けてはいけない。わかっている。
でも。
私と一緒にいたいと思う?
そのために何か努力をしたいと思う?
その価値もないなら、私はこの恋愛から降りる。
「私のこと好きなら、これくらいしてよ」と言う言葉は禁句だって知っているけど。
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