泣くコトと慰めるコト

しふしふ

第1話 泣くコトと慰めるコト

 有名な卓球選手の幼少期をテレビで見た。そこで得たものはふたつ……

まずは、卓球というスポーツの魅力、もうひとつは……


 負けたら泣いても良いということ。


 私にとっての不幸は、過疎地に育ち、長らく対戦相手がいなかったこと…

卓球は試合をしてなんぼのスポーツである……ひとり孤独に壁打ちのような

練習をしていても、そうは上手くならない。よって努力量に見合う程には

強くなれなかった。


 高校に入って、私は自分の弱さを痛感した。なまじ人一倍努力してきただけに

悔しさもひとしおであった。そして試合で負ける度に……


 私は泣いた。


 練習場の隅っこに行って体育座り、膝を抱えて頭を落とし……さあ、こう

なると誰の言葉も聞かない、泣き止むまで地蔵のごとく固まるのだ…最初の

頃こそ驚かれたが、今では、みなさんすっかり慣れた様で、あえて私に触れ

ようとはしない。


 そんな高校二年の冬。


 私は1年の後輩に破れ…いつもの様に練習場の隅へ行き、いつもの様にうずく

まった……そこまではいつもと変わらない……練習場が少しだけザワついている

ようだが、私には聞こえない。


 ……ヒタヒタヒタヒタ……


 何だろう?おぞましい気配がする…まるでホラー映画の中にでもいるような

……そして、この「ヒタヒタ…」という怪奇モノでしか使用されない擬音。


 ……ヒタヒタヒタヒタ……


 近付いて来る……怖い…しかし、私は泣いているのだ…顔をあげてはならない。


 ……ヒタ


 止まった!私のすぐ隣で!!……ゾンビなの?エイリアンなの?ゴジラなの?

……いや、さすがにゴジラはないか……


 それは私の隣に腰を下ろした…何かブツブツ言い始めた。どうやら私を

慰めようとしているらしい。うつむいたままチラリと横を見た。


 声が低い、それに学ラン!?…つまり男か!?……しかしまた、なんでよ!?


 ガクガクブルブル…とにかく顔を上げてはならない…きっと殺されてしまう!


 ……ブツブツブツブツ……


 こ…この男…なぜ、私を慰める事をやめないの?頭おかしいんじゃない?


 ……ブツブツブツブツ……


 いつまで続くのコレ……拷問とゆーか…辛い…辛すぎる!ガーッもう限界!!


 私は顔を上げると、立ち上がるなり猛ダッシュして、いっさい振り返る事なく

トイレへ駆け込んだ!べつに漏れそうだったからではない。ただその場にいたく

なかったのだ。さすがに男ならば、女子トイレにまでは追ってこれまい…ふう。


 …それはそうと、練習場の隅っこで、男女が並んで座っていたら、ウワサに

なってしまうかも?…今日はこのままトンズラこくとして、明日の学校が怖い。


 ……だが、そうはならなかった。


 ヤツの正体が判明した…2ヶ月ほど前の転校生で、泣いている人を見ると

だれかれかまわず慰める通称「慰め男」なのだ。下心はまったく無いらしく、

慰めた女子にその場で告られたものの、あっさりフッったという剛の者なのだ。


 昨日、練習場がザワついたのは、私の方に向かう「慰め男」に対し同僚が…


「あの娘は趣味で泣いているだけだから、放っておいていいよー」


 …というセリフに対して…


 「ああ、こっちも趣味で慰めるだけなので、お構いなくー」


 …というやり取りがあったのだ……


 それからというもの、私は必死で練習した。ヤツに慰められたくないからだ。


 だがしかし、気合を入れたからといって急に強くなるハズもない……負けた

からには、泣かねばならない…泣いたら、ここぞとばかりにヤツが来る……私は

何度となく苦汁をなめた。


 ……ヒタヒタヒタヒタ……


くううう…また来やがった「妖怪ヒタヒタ男(もう慰めるという文字すら

入っていない)」……私を過労死させる気か?


 「やあ、児玉さん、今日も元気に泣いているね」


 バカモノがー!…元気に泣くやつがいるか!…病気とまでは言わんが、元気が

ないから泣いているんじゃないかー!このボケカス!……と、テレパシーなんぞ

を送ってみたが……どうやら、届かなかったようだ…ちなみに児玉は私の苗字。


 「景気付けに帰りに何か食べて行きませんか?……たい焼きとか、

 クレープとか……」


 「肉まんがいい……」


 しまったああああ!!!!…うっかり本音が口から出てしまったー!!!!

どうしよう…隅っこだから、みんなには聞かれていないが……


 「そうですか…では校門のところで待っています」


 「ダメ!…見られては絶対にダメ!…もっと人気(ヒトケ)の無い場所で!」


 我ながら…人気の無い場所に男を誘うとは…何かあってからでは遅いのだが…

とゆーか…たとえ何かがあったとしても、絶対に見られたくないのが女ゴコロよ!


 部活道終了後、暗い夜道を「忍びのごとく」コソコソと出て行くふたり……

 

 まずはコンビニに学生がいないか偵察……OK……では、ヤツが店に入って

肉まんを購入……その間、私は周囲を警戒……出てきたら、他人のフリをして

合流……まったく何をしているのやら……それにしても肉まんで落ちるなんて

ああ…私って安い女……


 「ところで、なんで、あんたは私を慰めるの?」


 「いやあ、高校生ともなると、みんなあんまり泣かなくなってしまうので…

 そんな時、卓球場の隅に「泣き地蔵が鎮座している」と聞きおよびまして…」


 「そうじゃなくって!…あんたの、その変な趣味はいつ何時から?……」


 「児玉さんから「変な趣味」と言われるのは心外ですが、ウチにはよく泣く

 妹がいて、毎日慰めていたら習慣になったというところでしょうか?」


 なんだ…コイツのは、ただのシスコンか……安心した……理由が知れれば

どーという事はない……その後も、しばらく「私は泣き、彼は慰める」という

日々は続いた……時々は肉まんも食べた……


 ある日、ふと思ったのだが……


 私はヤツに「借り」を作っているのではないだろうか?


 私は勝手に泣くし、ヤツは勝手に慰めるだけ……貸し借りなど存在しない…

…いや、肉まんは、おごってもらったが……


 そもそも、ヤツの慰め行為は私にとって迷惑だったハズ……なのだが……

どうも最近は、そうでもない……慣れてしまったのか?……それもある……

だが、泣いているときにヤツが来ないと、むしろ何かが物足りない。


 依存症にでもなってしまったのだろうか?…それともまさか……「恋?」


 いやいやいやいや…そこは全力で否定しよう……にしても……この気持ちは

どーにかならないものだろうか?……


 そうだ!…今度ヤツがヘコんだ時に私が慰めてやろう!…ヤツは男だから、

人前で涙を流すことは、おそらく無いが、たまに落ち込むくらいは、きっとある!


 その時、私がさっそうと現れて感動的な言葉をつぶやいてあげよう!


 …さすれば、ヤツも、次は肉まんどころか、ピザでもおごってあげたくなる

はず……べっ別に、ピザが食べたくて、そうするんじゃないんだからね!

(なんかツンデレっぽいが、ピザにデレてどーするよ私……)


 さて、何かカッコイイ言葉はないかなー…「人間万事塞翁が馬?」……はて

意味は?……人生楽ありゃ苦もあるさ……なんだこりゃ?水戸黄門の主題歌か?


 うーん、アイツは結構へらへらしているからな…ダジャレとかはどーかな?


 「さあ、顔を上げてゴライアス」……プッ下らんわ!こんな事、言われたら

私なら、むしろ逆ギレして発狂するっつーの!


 そうこうしているうちに部活の時間……本日も戦いに破れ、膝をかかえて

泣く私であった。


 「児玉さん、ドンマイ!人間万事塞翁が馬ですよ」


 「オマエ、ブッ殺すぞ!…いーから、帰りに肉まんおごりやがれ…」


 こうして、いつものごとく、忍びのごとく、コソコソと学校を出て行くふたり

なのだが……


 彼の携帯が鳴った……表情が曇り、何やら尋常ならざる雰囲気が……


 「児玉さん……悪いけど、今日はダメだ……」


 「どうしたの?」


 「妹が交通事故に遭った」


 彼は手を上げてタクシーを止めると、「公園通り病院まで」と言って

乗り込んだ……


 「待って!私も……」


 言い切らないうちに、彼は百円玉を私の手に握らせて、車を出してしまった。


 …………


 ……百円じゃ、肉まん買えないっつーの……


 公園通り病院って、結構遠いな…タクシーを拾うお金はない…こうなったら…


 ……走るっきゃないわ!……


 ……ハアハア、ゼエゼエ……こんなときのために、毎日、部活で鍛えて

いるんだから……しかしキツイわ……こ…腰がヤバイ……やっと着いた……


 病院に入り、受付に事情を聞く…私が手術室の前にたどり着くと、彼は扉の近くの

長椅子に座っていた。ガックリと頭(こうべ)を垂れている……手術中のランプが

点灯している。


 こんなに落ち込んだ彼を見た事は無い…私が慰めてあげねば……


 ……慰める?…でも、どうやって?……


 …「人間万事(…以下略)」…ダメダメ!…これはさっき、私が言われてブチ

切れたヤツだわ……


 …「さあ、顔を上げてゴライアス」……無理無理無理!!…こんなの言ったら、

私の方が死にたくなるわ……


 ……とても言葉など、掛けてあげられる感じではない……


 私は黙って彼の隣に腰掛けた……


 うなだれる彼の頭をそっと抱きしめた……


 「大丈夫……きっと大丈夫……」かすかな声だけど、なんとかつぶやけた。


 どのくらい時が流れただろう?……5分だろうか…10分だろうか……

彼を抱きしめたまま、時間が過ぎてゆく……


 手術中のランプが消えた。私達は立ち上がった。手術室の扉が開き、

ストレッチャーに乗せられて少女が出てきた……


 あれ?…意識があるの?…元気そう…想像とかなり違う……


 「どうだった?」…彼が声を掛けた。


 少女はニッコリ微笑み、Vサインで答えた。……さらに……


 「その人は兄ちゃんの彼女?」


 ななな…なにを聞いいとんのじゃ!このガキはああああ!!!!


 「そうだよー」


 オマエも、何その気になって答てんのよー!!!!


 ストレッチャーは遠ざかり見えなくなった。私は呆然と立ち尽くしていた。


 「元気だったね……」


 「まあね、別に命にかかわったり、障害が残ったりする様な手術じゃ

 なかったからね…」


 「ちょっと……じゃあ、アンタ……あの深刻極まりないポーズは何よ?」


 「だって、家族でも中に入れてくれないんだよ。しかも、局所麻酔しか使わ

 ないって言うし……もし、手術中に妹が泣いても、慰めてやれないなんて…」


 ……あはは……もう、笑うしかないの?……ねえ…どーすんのこの状況……


 入院の手続きがあるそうなので、そこで別れた。以降、数日間はヤツと話す

機会はなかった……


 なんのコトはない、私が負けなかっただけだ。あの日、全力疾走したせいか、

調子がいい……ヤツは私が泣かないか、練習場をコソコソ覗いていた…変態め。


 好調四日目にして負けた…ここぞとばかりに私の隣に来て話し始める……


 「いやあ、このあいだのアレ…妹に試したら大好評でしたよ!」


 「あれって?…」


 「アレですよ…今ここでやってみせましょうか?」


 「いや!やめて!アレでしょ…アレアレ……」


 つまり、私が抱きしめたコトだろう……まったく、こんな場所でやられたら、

恥ずかしくて、二度と学校に来れんだろーが……


 「いやあ…実に良い方法を教えてもらいました」


 「ちょっと…身内ならまだしも、他人にやったら犯罪でしょ…アレ」


 「ええ…僕もそう思います……だから、あのとき、妹に「彼女か?」と

 聞かれて、イエスと答えました」


 「え゛…!?」


 「違うんですか?…でも違ってたら犯罪ですよ…アレ……」


 い…言い返せない…何だコレ?…何だコレ?…私たち…いつのまにか…

そんな関係になってるの????


 「そうですねー…児玉さんは人目を気にするようですし、もし、人のいない

場所で泣いたら…今度は僕がアレしてあげますからね」


 翌日から、私のモットーは「泣くなら人前で堂々と!」…になった。


 高校二年の冬が終わろうとしている……三年になると、受験勉強に専念する為、

部活動は引退する……一部の優秀な生徒は夏の大会まで残れるけれど、もちろん

私はその中に含まれない。


 卓球で負けなければ、私は泣かない。ヤツに慰められるのも、あとわずか……

無料で肉まんが食えるのも、あとわずか……


 「だいぶ太陽が高くなってきました…人目を気にする児玉さんとしては、

 こうして、二人で肉まんを食べるのは、そろそろ限界なのでは?…」


 「そ…そうね…」…くっ…無念、ここまでか……


 「ところで、進学しても卓球を続けるんですか?」


 「そりゃ…私のライフワークみたいなもんだから、続けるつもりだけど……」


 「では、僕も同じ大学に行きますよ。児玉さんの入れそうな大学なら100%

 合格する自信があります!」


 ムッ…なんかバカにされた気がする……よーし……


 「私…女子大に行こうかな?…」


 「ええええ!!!!」


 彼は突然、携帯を取り出して電話を掛けだした!


 「妹よ~兄ちゃんはフラれてしまった~!」


 「コラコラコラ!…冗談だから、本気にしないでよ!……それより、あんたの

 その妹…今度、紹介しなさいよ!」


 「わかりました…こうして家族ぐるみの付き合いが始まり、いずれは結婚へと

 発展するのですね……」 


 シスコンの変態と結婚とか…さすがに今の時点では考えられんわ……未来は

どうなるか知らないけど……


 私は進学しても、きっと卓球を続けるのだろう……そして、負ければ泣く、

泣いたらアイツが慰めてくれる……それはそれで悪くない……


 大学は、男女共学にしといてやるか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣くコトと慰めるコト しふしふ @shifu2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ