第132話 砂漠の戦場 1

 前を走る車の巻き上げる砂塵に視界を塞がれぬよう間隔を開けるため、隊列はあたかも大群であるかのように長く伸び、立ち昇る砂塵が天へと延びる階段を思わせて遠くの空まで続いていた。

 砂漠の中を走る車に揺られながら、出発してからずっと急き立てて来る酷く落ち着かない様子のアスラマに返事をした。


「報告通りなら、イズラヘイムやバロシャムが到着するには、まだ時間がかかるはずだが……」


「イズラヘイムの装備は分からないけれど、バロシャム軍の進軍速度なら先遣隊がもうついていてもおかしくはないわ」


「どちらの軍も先生の言う通り、相手より先に到着する事を避けているのか? 長期戦になっても、こっちはゴルドニップから補給が出来るから問題はないが」


 時間をかけて進軍してくれるのは好都合だった。策を巡らすのに時間も取れるし、何より戦力に大きな差のある相手を追い返せる可能性があるとしたら、水や食料が底をつく事だが、両軍とも考えも無しに時間を無駄にしてくれる筈もないのは分かっている。


「それだけが理由とも考えにくいわ」


「と、言うと?」


「遺跡を避けて直接相手の部隊へと向かう事も、……もしかすると、速く進めない理由があるのかも」


「確かに想定外の場所で奇襲をかければ、有利に戦えるが……」


(速く進めない理由とは何だ?)


 アスラマの含みのある言葉が気になりはしたが、考えられる状況を整理しながら話を続けた。


「互いに相手の軍を殲滅する必要は無いはずだ。局地的な小さな勝利を掴んでも、砂漠の遺跡にいつまでも留まれるわけでもない」


(――そのために何かを運んでいるのか?)


 一時的な勝利ではなく、恒久的に占領するための策を既に講じているのだとしたら?

 頭の中に浮かんだ可能性を追い払う、迷う必要はない、そうであったとしてもやるべき事はバロシャムとイズラヘイムの軍を遺跡に近づかせない事だけだった。


「私が行けば、バロシャムの軍を止められるかもしれない……。いえ、私が、バロシャムの軍を止めて見せるわ」


 力強い決意が込められたアスラマの言葉に、ゆっくりと首を振った。


「君をティムシャムの遺跡まで連れてはいけない。ゴルドニップの村で待っていてくれ」


「でも、私は……」


 彼女なら、ファティマに仕える彼女ならば、バロシャムの軍を止められるかもしれない、その代わりにイズラヘイムの軍には、砂の国がバロシャム側に味方していると受け取られる可能性もある。


「ファティマはこれを俺に課せられた試練だと言った。そうであるなら、この俺の手で決着をつけなければならない。砂の国が答えを示さなければならないんだ」


 ファティマの名を口にした事は卑怯な気がしたが、アスラマは反論もせず押し黙って、ゴルドニップに到着した後も大人しく指示に従っていた。

 フードに隠された彼女の表情のようにどんな答えを導き出せるのか見当もつかなかったが、今は砂の上を歩き出さねばならなかった。

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