第121話 マスウードの船

 マスウードの船は貨物船というだけあって、海上の強い日差しを避けるにはブリッジの作る小さな日陰と船員たちの使う休憩室くらいしか無く、ワフシヤたちに室内を占拠された船員は、用事がないときは船倉に潜り込んでいるようであった。その分、直接車を乗り入れられた低い甲板は広く、上で車を走らせられるほどで、申し訳程度に間隔を開けて積まれたバスほどもあるコンテナが小さく見える。アリードは船首から海を眺めたり、小さな日陰に入ったりと、物珍しそうに広い甲板を歩き回っていた。


(この船だと、どれだけの荷物が運べるのだろうか?)


 船に乗ってから何度も同じことを考えていた。街から街へ荷物を運ぶために、トラックで運べる量や効率を計算した事はあったが、船の積載量はとても比較にならなかった。これだけの量の荷物を港に運び込まれれば、それをどうやって国中に運べば良いのか、流通手段をもう一度考え直さなくてはならないほどで、これでも貨物船としては小さい方らしい。マスウードへの警戒を解いていないワフシヤが船を見るなり言っていた。


「こんな船で外海を航行する気なの?」


「これでも、水流推進ブースター付きの水素エンジンを搭載しているんだ。速度と小回りなら、どんな船にも負けないぜ」


 不機嫌そうなワフシヤに、マスウードは人当たりの好さそうな笑顔で胸を張って、船の性能の細かな数字を応えていた。


「すげぇ! 船ってこんなにでかいのか!」


 マスウードの説明はよく分からなかったが、乗り込んでみると甲板の広さに圧倒されていた。早速どれだけのコンテナが積めるのか、計算し始めるアリードに、少し眉をひそめたマスウードは話を付け足した。


「デカいパージ船を押す事も出来るが、そうなると、その分デカいクレーンが設置された港が必要になるぜ? この船なら、直に車に積み込む事も出来るしな」


「クレーンに、喫水に見合った深さの港か……」


 それからずっと海運業を営むラシュティエと取引が始まれば必要になるものを考えながら、初めて走る海の上の景色に気を取られて、日の当たる甲板の上を歩き回っていた。

 船室の中に引きこもっていたワフシヤと違って、アスラマの方は、アリードがブリッジの日陰へ戻ってくる度に表に出て来たりとウロウロしていたが、彼女も船上では何もする事がなく暇を持て余しているだけに見える。それだけ快適な旅であったはずが、突然船倉に居た船員たちが甲板の上へ慌ただしく駆け上がって来た。


「何があった?! おい、マスウード!」


「後ろから高速艇が近づいて来る」


 緊張を孕んだ声で答えるマスウードの視線の先に、波の間に見え隠れする小さな船影があった。いくら広い海と言っても他の船に出会う事もあるだろうと考えないでもなかったが、彼らの真剣な表情はそれがただ事ならぬ事態だと告げていた。


「進路を合わせるように、後ろから追いかけてくる船なんて、そうあるもんじゃねぇ。この海域で海賊に出会う事なんて無いはずなんだが……」


「海賊? そんなものがいるのか?」


 マスウードは波の向こうの船を見据えていた鋭い視線を、目玉だけを動かしてアリードに向けた。


「いる。ラシュティエには海軍の巡視艇もあって、海賊の被害なんてものはないが、西の小国の港へ向かおうとすれば、結構な数が居るんだ。ヨドス辺りの小国にとっちゃ、港から出航した船が海で何をやって来たかなんて、知った事じゃないらしい」


「それじゃあ、砂の国へ荷物を運ぼうとすると?……」


「出くわす相手だな。しかし、奴等の小さな船じゃ、穏やかな湾の中ならともかく外洋まで出て来はしないんだが、それに、あの高速船……。一様の備えはあるが……」


 話している間にも小さな船はぐんぐんと近づいて来る。何らかの目的をもって、追いかけてきている事は明白だった。しかも、かなりの速度差、つまりは性能差のある船だ。その様な船を使う海賊がいるのだとしたら、武装の方も高性能の装備を整えているかもしれない。マスウードの備えは動きの遅い小さな船を相手に想定したものだろう、いざとなれば自分も戦闘に加わらなければならないと、緊張した面持ちで船を眺めていた。


「追いつかれるぞ!」


「ああ、分かっている。こいつは何たる悪運だ!」


 捕りつかれないように舵を取っていたが、執拗に追ってくる船は、甲板の上の人影を確認できるほどに迫っている。

 兵士たちと共に銃を手にしたアリードは、いつでも戦闘に参加できるよう呼吸を整えていたが、甲板の上の一人の顔を見て取った時、思わず声を上げそうになった。

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