第83話 勝利者 1
物事の終わりとは、予測も出来ないほど唐突に訪れる。
さしたる反撃も出来ないまま、砂の上を這いまわって逃げたいたアリードは、執拗に彼らを追い詰めていた大国連合の軍隊が、一糸乱れぬ統率で踵を返し退却していく様を、砂丘の上から呆然と眺めていた。
バルクは、街の近くにテントを張り、簡易の救護施設を作り負傷者の手当てをしながら、直ぐに白旗を上げる準備をして、自ら見張りに立っていたが、いつまで経っても現れない大国連合の部隊に待ちくたびれていた。
彼らが何かを成し得た訳ではない。
与えた被害などあまりにも軽微な、損害というにはあまりにも軽微な、無傷の軍隊が、何の成果もあげないまま、引き返していくのだ。
そこに、勝利の余韻など感じる隙間は無く、考える事さえ放棄したように、虚ろな眼差しで見送るしかなかったのだ。
しかし、そうとも言い切れない事実もあった。
砂漠の戦闘で、圧倒的な戦力を見せると考えられて投入されたデストロイヤーを、簡単に撃破した彼らは、大国連合が警戒するに十分な戦力を保有していると推し量られたのだ。
そして、技術の粋を結集して作られたマジカルバスターアーマーは、来夏の手によって、どの様な戦闘が行われたのか分からぬ程、形も残さず消し去られていた。
この戦争のために新たに投入された、最新鋭の最高戦力を失った大国連合軍は、撤退するに十分な損害を受けたと言えよう。
アリードは、バルクと合流すると、国境付近へ偵察を出し、大国連合が引き揚げてしまった事を確認すると、腑に落ちないまま基地へと戻っていた。
しかし、撤退した理由を調べようにも、彼には、戦死者の名簿から、遺族への補償金の調整、負傷者の収容先の確保など、先に手を付けなければならないことが多すぎて、とても時間と人手が回せる状態では無かった。
西の戦場から戻ってきた来夏の事も気にはなっていたのだが……。
「どんな感じだ?」
広い格納庫に並んだ大きな袋の間を歩いて来たアリードが、名簿に名前を書き込んでいるバルクに尋ねた。
「アリードか、……重症だった者が、新たに三人戦死者に加わった」
彼は、ずいぶん憔悴したように答えた。
無理もない、連日、死体の身元を確認し、遺族に帰らぬ人となった家族を引き渡していたのだ。
「そうか……」
「身元不明なのが後十二体、と、奥にもう一つ……」
「ん? どうしたんだ?」
「ちょっと見てくれるか?」
言い難そうに、言葉を濁したバルクが、先に建物の奥へと歩き出す。後について行くと、広い倉庫の奥の事務所に使われていた小部屋に見張りの兵士が一人立っていた。
「ここだ、この中だ」
「どうして、見張りが立っているんだ? 中にあるのは、死体なのだろう?」
バルクは無言で部屋の中に入って行く。
何も無い部屋の中には袋に入れられた死体が一つ寝かされてあった。
「これを見てくれ……」
バルクが袋を開けるのを横から見ていたが、中の若い男の死体は、一目で大国連合軍の兵士のものだと分かった。
「……それで、見張りがいるのか」
「ああ、遺族が、大国連合軍の死体だと知ると、何をするか知れたもんじゃないしな。しかし、……」
「どうするか。……どうやって、彼を国へ返せばいいんだ?」
「メルトロウ先生に相談できれば良いのだろうけど、まだ、戻られないのか?」
「まだ、何の連絡もない。……軍を動かして迎えに行っても良いのだろうか?」
「それが、裏目に出る可能性もあるか……。ラーイカ様は、何か言っていないのか? ラーイカ様は、どうしちまったんだ? 西側の戦場はどうなったんだ?」
「わからん、しかし、ラーイカが戻って来たと言う事は、向こうも戦闘が終わったという事だろう……」
来夏の様子に、アリードは思い当たらない訳でも無かった。
アルシャザードとの戦闘中に、金髪の少女と戦った後も似たような感じではあった。しかし、今回はその時よりもさらに、落ち込んだように言葉少なく、アリードたちの居る基地へ近づく事を避けている様子であったが、そうであったとしても、全ては彼の与り知らぬ、魔法の戦いによるもの……。
その彼女に、どんな戦闘が行われ、何人死んだかなど聞けなかった。
アリードのように軍を率いて戦ったのではない、彼女は一人で向かったのだ。
軍隊を追い払うために、何人殺したのか? などと聞きたくも無かった。
しかし、まだ大国連合の兵士の死体が砂漠に残されているのなら、捜索しなければ、ここにある死体一つを送り返す事も出来ない。
それに、まだ戻らないメルトロウの救出も必要かもしれない。
アリードは、直ぐに、出発できる部隊を編成する必要があった。
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