第84話 勝利者 2
一番遅く出発した来夏は、一番早く基地に戻っていた。
距離を移動するのに時間をかける必要もないのだから当然だった。
しかし、彼女は、誰かと話がしたいような、誰にも会いたくないような気持ちを抱えたまま、漂う風のように彷徨い、閑散とした基地では、誰も彼女の存在には気づかなかった。
ただ一人、ハンモックに寝そべっていた朋美以外は。
「おかえり~来夏」
「……ただいま」
欠伸まじりに手を上げて来夏を迎えた朋美だったが、落ち込んだ様子の彼女に眉をひそめた。
「また、話せなかったの?」
「うん、ベルには、会えたのだけれど…………」
来夏の話を寝そべったまま聞いていた朋美だったが、聞き流している訳ではない。
「なるほどね~。ガルガリンは、来夏らしい『魔法』だけど、兵器と化す生き物か……うーん。それで、持って帰って来たの?」
「ううん、彼女たちの家へ、送り届けて来たけど……。これからは、彼女たちが普通の人生を送れるように、できる限りの事はしたつもり……」
自分の施した処置に、万に一つも間違いはないはずであったが、来夏は自信がなかった。
それが彼女たちにとって良い事であるのか?
生物創造(ライフクリエイション)の専門家である朋美に診てもらった方がよかったのだろうか?
(ううん、ここは、私の世界、自分で決めなくてはならないのだ……)
来夏は小さく首を振った。
「そう。……あの少年たちも無事みたいね、クアトリムから連絡が来たわ」
「よかった……」
「助けにも行けず、合わせる顔がない?」
朋美はからかうよに、くすくすと笑った。
「そんなんじゃなくて……、でも、そうかも……」
来夏は自分の両手を見た。
小さな手だ、誰も救えない無力な手だ……。
「みんな、その内もどってくるわ。私もそろそろ帰る事にする、他の子たちの世話もあるしね」
「えっ、うん、……そうね」
来夏は引き留めたい気持ちにかられたが、ここは、彼女の世界ではない。朋美には、朋美の世界があるのだと、その想いを押さえ込んだ。
「元気出しなさいよ。時々様子は見に来るわよ。クアトリムの件もあるしね」
「ありがとう」
朋美に多くを頼って来た自分の弱さを分かってはいたが、それを乗り越えられるだろうかと不安にならずにはいられなかった。
支えを失ったとたんに、転んでしまうのではないか、と。
そんな想いが、彼女を孤児院へ向かわせた。子供たちからほんのちょっぴりの勇気を分けてもらうかのように。
だが、数日も経てば基地の方が慌ただしくなり、アリードは、新たな部隊を編成し出陣の準備をしている。
(また、戦いに行くのだろうか?)
不安が込み上げて来る。両腕でしっかりと体を抱きしめていないと、凍えてしまいそうな不安だ。
(もう、砂の国に敵はいないはず、私が行かなくても彼らだけで……)
弱気な想いに飲み込まれてしまいそうになるのを、振り払うように、立ち上がった。
(私が行かなきゃ。孤児院の子供たちのためにも、この世界のためにも、私が決めなくては)
新たな決意と共に、来夏はアリードの側に降り立った。
「アリード、どこへ行くの?」
「ラーイカか、ちょうどよかった。これから出発するところだ」
驚いた様子を見せはしたが、彼は真剣な表情で準備を進めながら答えた。
「イズラヘイムに行く。メルトロウ先生がまだ戻られないんだ」
「戦闘になるの?」
「何があったのか分からないし、準備だけはしておかないと」
「私が行くわ」
来夏は、きっぱりと言い放った。
自分ならば、戦闘になっても、血を流さずに済む。その様な想いが籠められていた。
「待ってくれ! ……いや、一緒に行こう。この国の事は俺が責任を取らないとな。これでも、国家元首なんだぜ」
アリードは、歯を見せて笑って見せた。
「……うん」
始めたあった時のような、屈託のない少年のような笑顔。彼は、まだこんな顔で笑えるのかと思うと、来夏の決意で固めようとしていた心が溶かされて行くように軽くなった。
(私一人で、背負っていいものでは無い、か……)
この世界は自分一人の世界ではない。
誰もが自分の背負うべき荷物を持って、歩いているのだ。
お互いに支え合うことは出来ても、それを取り上げることは出来ないのだ。
前に進むために。
来夏は、アリードの用意した車に乗り込んで、砂漠へ向けて出発した。
熱を持った砂が風に舞う砂漠に。
この国の厳しい夏は、いつ終わるのだろうか?……。
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