第64話 イェシャリル独立宣言 2
悪い知らせとは重なるものだ。
次々と舞い込む知らせは、燃え盛る炎のように、手の施しようがない物に思えて来る。しかし、この知らせは最悪だった。会談を終えたばかりのラドロクアが万が一にも敵に回ったのだとしたら。
「どこに向かっている」
アリードは努めて冷静に答えたように振る舞ったが、声が震えるのを恐れて短く言葉を切った。
「西の国境沿いを南下中です」
ふつっと、緊張の糸が切れそうになった。
こちらに向かっているのではない、それだけで、心が軽くなり気持ちを落ち着かせれられたが、さらに追い打ちをかける情報が入った。
「ラドロクアのギルザロフ元帥から、イズラヘイムの侵攻に対抗するためだと、声明が出されました」
アリードは、どっと力が抜けたように椅子に腰を下ろした。
(彼らは敵ではない、砂の国に助力をするために、イェシャリルに向かっているのだ……)
だが、彼は大きく目を見開いた。
安心を言葉に思い浮かべると、それが、手放しで喜べる事態では無いと悟ったのだ。
イェシャリルには、来夏がいる。
もし彼女が、イズラヘイムの軍隊に攻撃を仕掛ければ、ギルザロフは、たった一人の少女に蹂躙される軍隊の姿を、『魔法』の力を目にする事になるであろう。
彼女が攻撃を仕掛けなくても、イズラヘイムの軍隊が先に街に入り防備を固めれば、ギルザロフがイェシャリルの街を攻撃する事になる。
そうなれば、街の人を守るために来夏の『魔法』は、ラドロクアの軍に向けられるかもしれない。
最悪の結果だ……。
「直ぐに出られる部隊を用意しろ! 俺が行く!」
アリードは、上着をひっつかんでテーブルを跳び越えた。
今は一刻も惜しい、時間との勝負だった。
「待ってください、アリード」
「分かっている、ラーイカは、俺が必ず……」
メルトロウの呼びかけにも、おざなりに答えたが、彼は必ず、どうするのだろうか?
間に合わなければ、既に戦端が開かれていれば、どうするのだろうか?
いやな予感を振り払うように、アリードは頭を振った。
「はい、彼女の事もありますが、これはキスナにとっての初陣なのです。この旗を持っていってください」
差し出された旗に、驚いた様子のアリードだったが、それを素直に受け取った。
「……わかったよ、先生」
その旗は、イルイルとノルノル、孤児院の子供たちが作った物だ。
この国の子供たちが作った物だ。
それこそが、彼が背負わなければならない物だった。
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