第62話 この世界で生きていくために

 帰りの車の中の来夏は、行きとはうって変わって、黙り込んだまま外を見ていた。

 力を振るえば何らかしかの影響が出る。その力が強ければ強いほど、大きな反発となって返って来る。『魔法』が世界に残した傷跡を来夏は噛締めていた。

 父親に顔を埋めたリムイラは、どんな顔をしていたのだろう。

 泣いていたのだろうか?

 怯えていたのだろうか?

 来夏には、彼女の表情を思い浮かべることが出来なかった。

 誇らしげな笑顔を見せてくれた彼女の顔が、恐怖に引きつるとこなど、想像したくも無かった。

 だが、それが、リムイラの心に残した『魔法』の傷跡だった。

 アリードも、そんな彼女に、何があったのか、何をしてきたのかと、問い詰める事はせず、黙ったまま車に揺られていた。

 来夏の気持ちを察してかもしれなかったが、彼自身も、考えなばならない事柄が沢山あったし、学ばねばならない事柄は、その倍はあった。

 彼らは、立ち止まる訳にはいかないのだった。


 多くの想いを抱えて砂の国へと戻ってきた彼らを、遠くからでも見える、車の上げる砂塵を見つけて、大勢の人が出迎えてくれていた。

 直ぐにベッドに潜り込みたい気分でも、笑顔で手を振って応えるのが、彼の務めだった。

 車を降りると、姿勢を正して、堂々と歩きだす。

 ラドクロアに行き、少なからず影響を受けた彼の第一歩だったが、その前に小さな人影が走り出してきた。


「おかえりなさい、なのです」


「おかえりな、さいなのです」


 二人は、隠しているつもりなのか、背中に回した手で、丸めた大きな布を持っていた。


「おう、ちびども。それはなんだ? 何かあるのか?」


「えへへ……」


 二人は顔を見合わすと、大きな布の両端を持って広げた。

 鮮やかな緑色の布地に黄色い糸で、竜の背に跨った猛々しい姿、その周りを手を繋いで輪を作る人の形をしたデザインが縫い込まれていた。


「おう、カッコいいな、どうしたんだ?」


「イルイルの作った、旗なのです」


「ノルノルの旗なのです」


 二人は誇らしげに胸を張った。


「みんなの居ない間、この国の国旗を作るんだって、ずっと、これを作っていたのよ」


「トゥムミーも手伝ったのです」


「みんなで、作った、なのです」


「そうか、国旗か。じゃーこれは、俺か? ラーイカか?」


 アリードは、真ん中でドラゴンの背に乗っている人物を指差した。


「それは、ノルノルなのです」


「えっ、そうなのか……、それじゃー俺は?……」


 ノルノルは、少し考えてから端の方で手を繋いでいる人の一つを指差す。


「アリードは、これなのです」


「俺は、そこなのか……」


「アリードは、みんなと手を繋ぐ、なのです」


「……そう、だな」


 この先、彼は、一人でも多くの人間と手を繋がなければならない。何気ない小さな少女の言葉が彼の上に大きくのしかかっていた。

 竜の背に乗り、高みから人々を先導するのではなく、地に足を付けしっかりと繋がれた手。

 その場所こそが、彼の居場所なのだ。


「ありがとな……ちびども……」


 アリードは、自分が何をなすべきなのか、しっかりと心に刻み込むように、少女の頭に優しく手を添えた。


「ご苦労様。二人に、お土産があるわよ」


 来夏は、頼まれていた赤い靴を取り出した。砂の上でも歩きやすい柔らかな靴だった。


「わーい、赤いくつなのです」


「とっても、赤い色なのです」


 二人は、靴を頭の上に抱えてクルクル回りだした。


「二人とも、履いてみたら?」


「ノルノルは、履かないなのです」


「イルイルは?」


「イルイルも、履かないなのです」


 二人は靴を頭の上に乗せたまま、額を引っ付けて相談していたが、何度か頷くと、孤児院の方へと走り出してしまった。


「急いで、戻るなのです」


 疑問に思いつつも二人を見送った来夏だったが、隣りでは、アリードが手渡された旗を広げて、しみじみと眺めていた。


「国旗か、俺たちの国の旗か……。そういえば、忙しさにかまけて、考える暇も無かったな。……俺たちの国か……」


 アリードは清々しい笑顔を空に向けた。

 走り続けていた彼が、初めてたどり着くべき目的地を見つけた清々しさだった。

 砂漠に降り注ぐ強い日差しが、彼の瞳の中でキラキラと輝いていた。


「いつまでも、砂の国では、おかしいよな……。俺たちの国なんだ。なぁ、ラーイカ、これは、ニーホン語で、何て言うんだ?」


 彼は旗を指差していた。ノルノルと同じように、旗の隅で手を繋いでいる人々を。


「手を繋いでいる人? 共に生きる人々? 繋がり……、絆かしら?」


「キューズヌ、キュザナ? キュズナか! よし、俺たちの国の名前は、それだ! キ……ッキュ?」


 何度も言い直し、発音しやすい名前を皆で話し合った結果、砂の国はキスナと改名する事となった。

 キスナ、良い名前だ。

 輝砂、小さな砂の一粒であっても、美しく輝ける。

 奇砂、小さな砂の一粒であっても、奇跡は起こせる。

 彼らの国に相応しい、とても良い名前だ……。

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