第43話 隔たれた世界の物語

 彼女は動けなかった。静かにつぶやいた来夏を目の前にして、目を見開いたまま立ち尽くしていた。

 ベルは恐怖していた。それが今まで目にしていた来夏で無い事に。


「エーレート、ツァバトシステム起動」


 それが、来夏の攻撃モードであった。

 彼女自身生まれて初めて使う、戦闘用モード。目の前の敵を殲滅するためだけの『魔法』であった。


「ライオンは一匹でいい……大きなライオンが、誰にも倒せない強大なライオンが一匹だけいれば、他の獣はみんなライオンにならなくて済む。……私が、力を付けた獣を、一匹づつ食べ続けるライオンになれば……」


 彼女の目の前にあったのは、防ぎようの無い圧倒的力。

 その力に飲まれ、抵抗する事も出来ずに、そこの立ち尽くしていた。

 その時一発の銃声が聞こえた。彼女たちがその場に自分たち以外がいる事を忘れていた、その空白に響いた銃声だった。同時にベルの脇腹に激痛が走る。


「ベル!」


「こないで!」


 痛みで我を取り戻したベルは、駆け寄ろうとする来夏を咄嗟に拒絶した。それが、恐怖からであったのか、彼女のプライドがそうさせたのか、彼女自身にも分からなかった。


「ふっわっははっは、裏切り者に相応しい様だな! 貴様らが、何をしても、もう遅いはっ! わっひゃっはっはっ」


「黙れ!」


 右手に銃を持って、笑い狂うアルシャザードをベルの魔法が壁にめり込むほどの勢いで叩きつける。壁に赤い花のような模様を付けたアルシャザードには目もくれず、ベルはわき腹を抑え、鋭い視線で来夏の差し伸べる手を拒んでいた。


 ベルの小さな指の間から血が滲み出る。

 来夏は彼女を救いたかったが、彼女に拒まれない言葉を見つけられなかった。そして、それを探す時間も無かった……。


 低空を有り得ないほどの速さで一直線に飛んでくる物体に気が付いたのだ。それが何にしても今にも彼女たちの元へやって来るそれに対処しなければならない。


(あれは、飛行機? ……翼が小さすぎる、細長い胴体……巡航ミサイル!)


「エーレート、エクスシーア」


 来夏はミサイルを焼き払った。ミサイルと言えども『魔法』の超高熱で爆発も出来ぬまま融解する。

 はずであった、が、爆炎の中から飛び出したミサイルは、少しも速度を落とさず来夏の頭上を飛び去って行く。


(対『魔法』シールドを備えた兵器、何て……、この世界にある筈が無い!)


 その戸惑いが来夏の判断を一瞬遅らせた。その一瞬で、どれだけの距離をミサイルは進むことが出来るのか。来夏は、空中へと飛び上がると、物凄い速度で、ミサイルを追いかけ始めた。


「待って……、お願い……、届いて……」


 だが、彼女の躊躇った距離は、途方もなく遠く。失った時間はどれほど速く飛ぼうと彼女の手には届かなかった。


「誰か止めて、お願い! そっちには……、その方向には、みんなのいる孤児院がーっ!」


 悲痛な叫びに答えたのは、目の前に広がった真っ白な閃光だった。

 来夏の周囲で、焼けた砂を巻き上げた爆風が吹き荒れる。

 砂の上に膝を付いて、彼女の流した涙を吸い込んで行く焼けた砂を両手で握りしめた。


「救えなかった……。誰も、救えなかった……。私は、ライオンにもなれず、私には何も出来ず、誰も救えない……。これが、私の、成した『偉業』」


 吹き荒れる灼熱の風の熱さも、彼女は感じなかった。手のひらの砂は、音もなく零れ落ちた。

 全ては、『魔法』のフィールドの向こう側で起きた出来事。

 全ては、隔たれた世界の物語。

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