砂の国の『魔法』少女

第38話 決断

　駆け込んで来た伝令の報告を聞くと、アリードは思わず立ち上がって、机を叩いた。

「それで、バルクは、無事なのか？」

「はい、出発した時はまだ……」

　バルクは彼の昔からの友人だった。戦う事を決意した時も、一番最初に彼に力を貸すと約束してくれたし、いつも暴走しがちな彼に、思慮深い意見を示してくれていた。

　彼らが、無人戦闘機に対抗する手段を持っていない事は十分に承知していた。もう一度襲われれば、逃げる事さえ困難であろうことも。

　直ぐにでも友人を助けに行きたい気持ちにかられた。もう友を失う訳にはいかない、と。

　しかし、彼は自分自身に冷静に自問しなければならなかった。

　今から行ってどうなる？　まだ間に合うかもしれない……。

　バルクの事だ、うまく逃げ伸びたかも？　ただの希望論だ……。

　兵を率いて救援に行っても、あの戦闘機をどうやって落とす？　……。

　その質問全てに答を出せるのは、ただ一人、来夏だけだった。彼女なら、あっという間に救援に向かい、無人戦闘機を撃破し、彼らを助けて戻ってこれる。

　彼女こそ、この戦いのカギだった。

　だからこそ、慎重に考えなばならない……。

「みんな聞いての通りだ、西と東に展開した分隊は両方とも、敵に足止めを食っている」

　話し始めたアリードは、落ち着きを取り戻した指揮官の声であった。

「だが、部隊を動かせないのは向こうも同じ、アルシャザードが大部隊を展開している、今こそ、俺たちは、手薄になった首都に攻め込む！　真直ぐに、最短距離で、砂の上を走る風よりも速く！」

　それが、指揮官としての彼の決断だった。彼に命を預けて戦ってくれている大勢の人のためにも、この最大のチャンスを逃すわけにはいかなかった。

　この国の全ての人たちのために、この戦いを勝利で終わらせなければならないのだ。

　例え、友を失ったとしても……。

　アリードは、基地にあるすべての武器、弾薬、そして動員できる限りの兵士を集めて、アルシャザードの居る首都へと進軍を開始した。

「アリード、これで戦いが終わるのね……」

「ああ、最後の戦いだ、これで決着がつく。誰も変えられなかったこの国を、俺が変える」

　最後の戦いになるのだろうか？

　来夏は不安だった。彼の戦いが本当に終わるのだろうか、英雄として祭り上げられた彼は、引き返せぬ道を人々に後押しされて進み続けている。だが、この戦いが終われば、彼に何が残されるのだろう……。

　敵を喰らい、友を喰らい、恋人も喰らって、一匹だけ取り残されてしまったライオンがそこに残るのだろうか。

　それとも振り向く事も許されず、次の戦いへと突き進まねばならなのかもしれない……。

　砂を運ぶ風の向こうに、彼は何を見ているのだろう。

　真直ぐに前を向いた彼の瞳には、何を映しているのだろう。

　兵士たちは、歓声こそ上げていなかったが、静かに高ぶった士気は、この戦いの決着がつく最後の戦いに緊張して引き締まった表情で、一歩づつ踏みしめるように前に進んでいた。

　きつい行軍に誰一人不満を漏らしはしなかったが、それでも、先頭の前に疲労してしまっては元も子もない。彼らは、小さな岩場の陰で休憩を取る事にした。

「マ・ラーイカ様は、あんな所にいて暑くないんですか？」

　来夏は、彼らが休憩している間も上空に浮かんで偵察をしていた。無人戦闘機の襲撃を警戒していたのだったが、そうやって空に浮いている方が、気が楽だという理由の方が大きかった。

　兵士たちと顔を合わせていれば、普段の彼らを覚えてしまう。優しい表情の彼らが、敵に向かって引き鉄を引く姿に変わるところを見たくなかったのだ。

「あぁ、彼女は、暑さも疲れも感じないからな……」

　アリードは、気の抜けた様な返事をした。これまで何度も彼女の不思議な力を見ていた。そうであっても、おかしくは無いと思っただけであったが、それでは、彼女は人間なのだろうか？

　彼女がいなければ、自分が生きていない事はわかっていたし、必要な時に必要なだけその力を使ってくれた彼女に感謝をしていたが、その為に、その力がどういうものなのかには目をつぶって来た。

　説明されても理解できない物なのであろうが、では、そんな力を持った彼女が何故この国に？　この国に何をしに来たのだろう？　

「アリード、向こうで砂煙が上がっている、……見て来るわ」

　不意に上空にいる来夏の声が頭の中に響いて、驚かされた。まるで考えていた疑問を聞かれてたかのような、そんな気まずい気分になったが、どう返事をしていいのか分からず、空に向かって何度も頷いていた。

　そうしているうちに、彼の中に生まれた疑問は、答えを得ぬまま水の中の泡のように消えて行った。

　岩陰で体力を回復した彼らが、そろそろ出発しようと、そこから動き出した時、悲鳴が上がった。彼らの直ぐ近くの岩陰で休んでいた兵士が二人、ナイフで喉を切られ殺されていたのだった。

　物音一つ立てず、直ぐ近くまで忍び寄っていた襲撃者に、皆がざわつき始めると、一人の兵士がアリードの元へ駈け込んで来た。

「アリード、こっちでも二人やられていた……」

「そんな馬鹿な！　周りは見通しのいい砂漠、ラーイカも見張りについてくれていた。近づく者がいれば直ぐに分かるはずだ」

「だが、休憩前に、この岩場に誰も居ないことは確認したぞ」

「そうだな、この岩場に外から近づく事も、ここから離れる事も出来ないなら、襲撃者は、まだこの岩場の中に居るという事だ……」

　一瞬にして緊張が広がった。誰も岩場に出入りが出来ないとすれば、音もなく兵士を殺した襲撃者は、予め仲間の兵士に紛れ、今もこの中に居るという事になる。お互いに顔を見合わせるが、見知らぬ顔などそこには無かった。

「こいつとは訓練の時から一緒だった」

「俺たちは、同じ街の出身だ、違うぞっ！」

　紛れ込んだ襲撃者を探し合う視線に耐えかねた者が、自分のアリバイを口々に叫びだす。

「落ち着け！　動揺すれば、相手の思うつぼだ。しかも、声を上げる暇もなく、ナイフで一突き。敵はかなりの訓練を積んだ兵士だ、それも一人ではない」

　兵士たちは言葉の代わりに、ごくりとつばを飲み込んだ。どうやって、いつから、敵が紛れ込んでいたのか、複数で口裏を合わせていれば、探しようがない。味方だと思っていた相手に殺される恐怖に、皆一瞬にして動けなくなっていた。