第36話 兵器 1

 ふわりと空中に舞い上がった来夏は、空の散歩を楽しむかのように、砂嵐に向かって飛んでいく。

 軽やかに空を舞うその姿とは裏腹に、彼女の心は重く沈んでいた。

 強力な火力を誇る大口径の砲に、分厚い装甲、戦場で脅威となるそれらを排除しなければならなかったが、彼女にとっては、それが紙でできていても同じだった。


 上空から見る車両の列は、渋滞する車のように長く伸び、それが今までにないほどの大部隊であると気づかされた。

 アルシャザードの軍に、これほどの部隊がいたことに軽く驚いたが、それだけ多くの命がそこにあるのだと、すぐに気が滅入った。

 しかし、戦車の大部隊をそのまま基地へと向かわせるわけにはいかなかった。


「エーレート、ガルガリン……」


 上空に現れた、半透明の球体が太陽の光を反射させた輝いていた。戦車の列は散開して、砲撃を始めたが、彼らは、ふわふわ浮かんでいるその物体が、どれくらいの高度に居るのかも分からず、いろんな種類の砲撃をめったやたらと撃ち続けるだけであった。

 無論、そのどれもが、その物体に効果のある攻撃では無かった。


 球体から、光の針のような物が飛び出し、音もなく戦車を貫いて行く。何をされたのかも理解せぬうちに、飴のように溶け始めた戦車から、兵士が慌てて飛び出し、奇妙な色の水たまりとなった自分たちの乗っていた車両を、呆然と眺めていた。


 どれだけ数を揃えても、来夏の『魔法』の前では、風が運んでくる砂粒と同じ事だった。

 それを破壊するだけの悲しくなる作業を来夏は淡々とこなしていると、上空できらりと光る物が見えた。


 遥か空の上から、太陽を背にして真直ぐに来夏に向かって飛んでくる。さらに遠くから、撃たれたミサイルであるのかと、先頭の一つを破壊すると、その後に続く物が、急に旋回して四方に散らばった。


(……戦闘機?)


 この国で見る初めての空戦力だった。空中投下で物資を運んでいたのだ、戦闘機を持っていない訳がなかったが、しかし、この機体は、限界まで軽量化され、速度と旋回力を空気抵抗の限界まで高めた姿をした無人戦闘機だった。

 通常の戦闘機ならバラバラになりそうな急旋回で、空中を飛び回り、速度を落とさないまま、丸い筒に魚のヒレのような小さな鉄の板がついたミサイルを発射する。

 鉄の板を動かしてくるくると回りながら飛ぶミサイルだったが、ガルガリンの光の矢が瞬時に全て貫く。

 さらに追撃をしようと急旋回をするが、元より大気の影響を受けない来夏の飛行能力は、無人戦闘機をはるかに凌駕していた。

 近づいてみると人が乗るには細すぎる胴体に、詰め込めるだけミサイルを詰め込んだ、それ自体がミサイルであると言ってもいい形のものだったが、来夏の感じた奇妙な違和感は、確信に変わった。

 これまでの兵器とは、明らかに違う、進んだ技術力で造られたものだ。


(この国のどこで、こんな物が作られているの?)


 彼女の使う半透明の球体ガルガリンと同じコンセプトで作られた、自動で敵を判別し、攻撃、回避等を行えるもの。しかし、防衛機能に特化した彼女の物とは違って、これは、より多く人を殺すために造られた物だ。


 アルシャザードの居る首都では、他にもこのような自動戦闘兵器が作られているのだろうか?

 来夏は、一つの機能を停止すると、ほかの機体はすべて破壊し、それを基地へと持ち帰った。


「何だこれ! 飛行機なのか? どうやって乗るんだ?」


 アリードの第一声は、無邪気な子供のようであった。しかし、この兵器をアルシャザードの軍隊が持っているという事は、彼らにとって途方もない脅威となる。直ぐに真剣な表情で、その構造を観察し始めた。


「こんな物どうやって作ったんだ……、アルシャザードはこんな物を作っていたのか?」


「アリード、ちょっといいですか?」


 元軍の兵士だった一人が、無人戦闘機を眺めるアリードに声を掛ける。


「それは、軍のものでは無いと思います。軍に居た時も一度だってこんな物は見たことがありません。ですが、大国では、この様な無人機を開発しているといううわさは聞いたことがありました……私もこれを見るまで信じてはいませんでしたが」


「なぜ、他所の国の兵器が、この国の空を飛んでいるんだ?」


「この国の内戦に介入しているのかもしれません……。私達のような下っ端では、何とも分かりません。……軍の司令官なら、何か答えられるのでしょうが」


 アリードは、アルジャズールを自分の手で捕らえられなかった事を後悔した。多くの情報が聞き出せたものを。しかし、他国の軍隊がこの国に入り込んでいるのだとしたら、それがどれくらいの規模でいつごろから居たのか、知っておかねばならない。

 彼らがこの国で何をしているのか、それは、自分たちの味方なのか、地方の小さな街で育った彼らには、知る術も無い話だった。

 だが、攻撃のみに特化した無人戦闘機を見れば、味方ではないと考えるのが普通であろう。それでも、彼らが、アルシャザードの味方でなければよいのだが……。


(他国の軍隊とも戦う事になったら……)


 こんな兵器が大挙して押し寄せたら、どうすればよいのか、考えなければならなかった。一つでも、来夏なしに彼らに落とす事が可能とは思えない、彼らにとっては『魔法』と同じものでしかない。


(戦わずに済むならそれでよいのだが……もっと、強い兵器があれば、対抗できる力があれば……)


「なぁ、ラーイカ、あの溶けちまった戦車を使えるようにはできないのか?」


「えっ? ……出来ないわ」


「そうか、せめて戦車でもあればと思ったんだが……」


 来夏は嘘をついた。本当は戦車どころか、この無人戦闘機を量産する事も可能だった。しかし、アリードにこんな兵器を使ってほしくなかった。より大きな力を持つ兵器を使えば、より大きな争いに巻き込まれる……。

 だが、彼の敵が、この様な兵器を駆使して襲ってくればどうすればいいのか?


 より大きな力を使って敵を倒す事は、将来誰かにそのつけを払わせることになるのではないだろうかと、来夏は考えていた。

 彼女たちが大人になった時、大きな代価を支払わなばならなくなってしまうのでは……。


 そうならないように私は何をすれば良いのだろう?

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