第35話 若き獅子
数日振りに戻った基地では、熱に浮かされて太陽に話しかけているようなアリードの演説が、多くの兵士を前にして行われている真っ最中だった。
誰もがその輝きに吸い寄せられるかのように、目を奪われて、彼の話に聞きほれていた。
「これは、俺たちが、明日生きるための戦いだ! 苦しまずに済む明日を手に入れるための、自由な明日をつかみ取るための戦いだ!」
熱病にうなされたような歓声を上げる人々を遠巻きに迂回して、彼らが作戦会議に使っている建物に向かう。聞こえて来るアリードの演説の途切れ途切れの言葉が、来夏の胸の中に引っかかっていた。
「この国の未来のため」「人々の自由のため」彼は、多くの兵士を鼓舞するために演説をしていたが、彼はそんな事のために、武器を手にしたのだろうか。
彼の中にあるのは、ミャヒナを守れなかった後悔。
そのために、武器を手にし戦いを始めた。だが、幾ら戦った所で、その後悔が消える筈もなかった。
彼は、決して癒えぬ傷を抱え、決して贖えぬ対価を求めて、戦い続けている。その戦いは、いつまで続ければ、終わりを迎えるのだろうか。
演説を終えたアリードたちが興奮気味に靴音を高く鳴らして、部屋に入って来る。彼らは、早速、広げた地図を前にしてどの街を攻めるか、議論を始めていた。
(街を攻めるのは、もう決まっているのか……)
来夏には目をぎらつかせて語る彼らが、貪欲に戦場を求めて彷徨う狂戦士のように見え、そこに自分の見知った人物が誰一人いなくなっているのではないかとさえ思えていた。
(彼らは、何のために武器を手にしたのだろう……)
「……ラーイカ、……ラーイカ!」
自分の名前が呼ばれている事に気が付き驚いて見返すと、アリードがこちらに不安そうな眼差しを向けていた。
「眠ってたのかな? 疲れてる所を……ごめん」
こうやって、細やかに気をかけてくれる時の表情は、街で初めて出会った時のアリードを思い出す。あれから、いくらも経っていないのに、彼のそんな表情を思い出す事さえ難しい気がしていた。
「ラーイカには、俺と、俺の本隊と、この基地に残ってもらう。各街の復旧や補給作業は、兵士だけで十分だが、ラルシャザードの軍隊が攻めてきた時の防衛に力を貸してほしい、奴らが攻めに転じた時どんな手段を取るか分からんからな……」
それを聞いた時、街を攻めなくて済むと、ほっとした自分に嫌気がさした。戦いたくはなかったが、自分が行かねば、もっと多くの命が失われるのではないのかと、不安がよぎる。
彼女の前から姿を消したベルの事も気がかりだった。ベルは軍隊に戻ったのだろうか? そうは思いたくなかったが、他に彼女が向かう場所を思いつけなかった。彼女と戦う事になるのだろうか?
不安はいくらでも増え続けたが、今回の遠征について行くには、距離が遠すぎた。
アリードの作戦は、占領した街を足掛かりに西と東に部隊を進め、この国を包み込むように小さな街を占領して行き、両部隊が転進するのに合わせて本隊も真直ぐ首都を目指して進軍し、三方向から包囲する大遠征だった。
「これで首都を制圧すれば、俺たちの勝利だ! アルシャザードの兵士共を全て食らい尽くし、俺たちの自由を奪い返すぞ!」
慎重に計画して、進攻ルートの選定や補給部隊の編成を行っていたが、皆どこか約束された勝利に浮ついている感じがしていた。入念に準備を進める程、勝利への確信を疑う者は少なくなり、戦勝を祝う祝典のように、先陣の部隊が出発していった。
(これで、彼らの戦いは終わるのだろうか? 全ての兵を倒し首都を制圧すれば、本当に戦いは終わるの? ねぇ、アリード……その時、ライオンはだれなの?)
来夏は心の中で問いかけていた。腹を満たすために動物を食べ続けるライオンのように、全ての兵士を倒しても、満たされない想いは、どこへ行けばいいのか。
最後の一匹となった動物、それが兎の姿をしていても、山羊の姿をしていても、一匹の大きなライオンに過ぎないのではないだろうか。
来夏は黙ったまま、砂の丘の向こうを進む兵士達の巻き上げる砂煙が小さくなっていくのを何時までも眺めていた。
慌ただしく兵士の走り回る基地も、多くの兵が出陣した今は、閑散としてどこか物寂しい雰囲気を纏っている。来夏は、静かに砂漠に目を向けていたが、静かな時間は思考を悪い方へと押し流し、彼らのうち何人が無事に戻ってこられるのだろうかと、不安だけが渇いた大地に根を張り育っていく気がしていた。
砂丘の向こう側から小さな砂煙が一筋上がっている。スピードを上げて車を走らせる兵士が基地へと向かってくることを告げていた。それは、アリードが待ちに待った第一報であった。
「両部隊共に、一つ目の街を落とし、次の街へと進軍を開始しました」
「よし、計画通り補給部隊ともうまく落ちあえるな。次のポイントはここだ……、後は占領した街に送る部隊だが……」
アリードの元へと集まった兵士の中には、軍服を脱ぎ捨てたアルシャザードの元兵士達も含まれ、銃の扱いも知らぬ少年たちの集まりから、情報伝達を駆使する軍隊へとその姿を変えていた。
近代的なより実戦に近い訓練を施され、敵の配置を熟知した彼らは、とどまる事を知らぬ破竹の勢いで攻め進んで行く。
巨大な顎でこの国を食らい尽くそうとする獣のように、彼らの版図は広がって行った。
(もうじき、戦いも終わる……本当にそうだろうか……?)
この国の街を全て彼らの色で塗り替えれば、争いは無くなるのだろうか?
多様な民族が争わずに済む、国になるのだろうか?
アリードは言った。「俺たち、一つの民族に縛られない集団が勝利する事で、争いが無くなる」と。
本当に、そうなるのだろうか?
ベルは言っていた。「犯罪者を全て捕まえれば、争いは終わる」と。
そのために、力ない民族を全て捕らえるのか?
しかし、アルシャザードの兵士をすべて倒そうとすることと、どれほど違うと言えるのか、分からなかった。
来夏の持つ『魔法』その圧倒的力の前では、全ての人々が守られるべき弱者であるのだから。
(イルイルやノルノルなら、何と言うのだろう。彼女たちが大人になった時、私達のしてきたことをどう思うのだろうか……)
彼女たちが目を伏せ、口を噤まねばならぬように、なってしまわないだろうか?
彼女たちが胸を張って、前を向けるような行動を取れているだろうか?
来夏には不安だった、勝ち続ける程に広がり続ける戦火がこの国に何を残すのか。
世界中に散らばった火種は今も燻り続け、ダムを破壊された隣国は、黙って見過ごしはしないだろう。
大きなライオンを倒した若き獅子も、終わる事ない戦いの果てに、次なる獣に倒されるのだろうか?
そうならないためにも……。
今は、前に進むしかなかった。
何度目かの偵察車両が砂煙を上げて基地に戻ってきた後、地平線の彼方から、砂塵を巻き上げる砂嵐が、真直ぐ基地へと向かってくると、途端に基地内が騒がしくなった。
長く蛇のように並んだ戦車の列が、基地へと向かって来ていたのだった。
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