2-2話 私はソシャゲの撮影をするドラゴン
ソーシャルゲーム「ドラゴンズスクエア」の若き監督「青木草次郎」は待ち侘びたと言った表情で俺に言った。
「まさか、オファーを受け入れてくれるは思わなかったんですよ!だって、あのヒドラさんの息子さんですもの!お、俺、初めてやったのがオディクエ3なんですよ。そん時の想いを胸にここまで成長できたんですよ!本当に出演してくれてありがとうございます!」
直接熱いメッセージを受け取るとどうも恥ずかしくなってしまう。
「最近ドラゴンズスクエアのユーザーも増えてきましてねぇ。そろそろ目玉のドラゴンイベントを作って、さらにユーザーを増えればいいなぁって考えてるんですよ。」
全身真っ赤な俺だから何でもないように仏頂面で話を聞いているように見えるかもしれないが、人間なら耳まで真っ赤な状態だ。
「あっ、すいません、そうですね、こんな話よりも今回の撮影ですね。まず、『立ち』のモーションを撮影します、その後続いて『歩き』『走り』となりまして、『攻撃』『必殺技』、そして『やられ』『ダウン』の順番で撮影しようかと考えております。」
黙っていたからか怒っているかのように見えたらしい。青木監督はやや早口で説明を終えた。
「お褒め頂きありがとうございます。その順番で行きましょう。」
半ば慌てて返事を返す。青木監督がほっとした表情に変わった。
青木監督が決めたこの順番はスタミナが切れたかのような状況を作り出しやすいよう徐々にダメージを受けていく形をとったのだろう。心強い監督だ。
そう考えながら俺は黄緑色に輝く舞台へと上がった。
「こう呼吸がプレイヤーに伝わるような動きお願いします!!」
俺は右手を顔の高さに左手を肩の高さまで上げた後、続いて右手を肩の高さに左手を頭の高さまで移動させる、その次に始めの位置まで戻す。その動作をゆっくり繰り返しながら大きく呼吸をし殺気立っているようにしてみせた。思っていたより照明が眩しい、次いでと言っては何だが、にらみを利かすような感じで目を細めた。
「モーション01『立ち』撮影。よーい・・アクション!!」
数十秒間照明が照らし出す、スタジオの空気が暖まる。
「ハイカット!!」
フゥ~と息を整えて肩の力を抜いた。
「さすがはドラコさんだ!!一発OKです!!ありがとうございます!!その調子で『歩き』もお願いできますか?」
「ん?ああ、大丈夫ですよ。」
「わかりました。芦田さーん、アレお願いしまーす。」
楽屋で出会ったディレクターが台車のような形をした黄緑色のルームランナーをコロコロと転がしてきた。
「失礼しまーす。」芦田ディレクターは俺の目の前にルームランナーを置いてから。ストッパーをカチッと足で作動させ、スイッチを押す。ウイーンと静かにモーターが回り始めた。カメラから見て右へ延々と歩いていく為にはこれが必要だ。
「スピード、これくらいで大丈夫ですかね?僕のイメージではこれくらいのスピード感だと思っていたんですけど。」監督が両手を口元でメガホンのようにして叫ぶ。そんなに遠くはないはずなのだが。
「じゃあ、ちょっと乗ってみますね。」
俺が右足を踏み入れて右足がスイーっと動くのを確認してから左足を踏み入れる。普段のスピードよりも気持ち遅いくらいで、演技がより映えそうな気がした。
「イイ感じです。こういった感じで歩けばよろしいでしょうか?」
どっしんどっしんと音を立てて歩く。両手は『立ち』の動きと一緒だ。
「ちょっと無駄が多い気がしますねぇ。えーっ、一回そのままの状態で両手は同じ高さをキープしてやって頂けないでしょうか?」
「こういった感じですかね。」
言われた通りに動く、先ほどの歩き方より動きやすい。
どっしんどっしんと歩きながら青木監督の方を見ると、にやけながら両手で大きな丸を描いている。
「じゃあ、そのままの状態でお願いしまーす。」
俺は正面に向き直す。
「モーション02『歩き』撮影。よーい・・アクション!!」
数十秒間照明が照らし出す、心臓の鼓動が早くなる。
「ハイカット!!オッケーでーす!!ありがとうございまーす!!」
肩の力を抜きながら歩き続ける。
すると間髪入れず「そのまま『走り』の撮影して大丈夫でしょうか?」と監督が身を乗り出して叫んできたので思わず「おねがいしまーす。」と返事してしまった。
「オッケーでーす。芦田さーん。スピードアップお願いしまーす。」
芦田がそっと「失礼します」と言いながら近づいてきてスイッチを押す。すると、徐々にスピードが上がっていく。
次第にどっすどっすと『歩き』よりもリズミカルな足音に変わり、転ばぬよう思わず前かがみになってしまう。
すると突然青木監督が叫んだ。
「そのままの状態でお願いしまーす」
どうやら普段の走り方と青木監督のイメージがぴったり重なったらしい。まだ演じてないのでちょっと不服だが、監督のイメージに合わせるのが俳優の仕事である。俺は肩の力を抜きしっぽを宙に浮かせどっすどっすと走り続けた。
「モーション03『走り』撮影。よーい・・アクション!!」
数十秒間照明が照らし出す、息が荒くなる。体が熱くなる。
「ハイカット!!オッケーでーす!!ありがとうございまーす!!」
少し足がもたつきながらルームランナーから降りる。
「ちょっと・・・・休んで・・・・いいですか?」
少しでも体内の熱を外へ逃がす為に口を少しでも大きく開きながら絶え絶えの声で俺は監督に訴えた。
若い監督の熱意にやられてしまったのか?それとも俺が浮かれてしまったのか?普段なら2モーション1休憩のリズムで撮影するように心がけているのに今回は3モーション一気に撮影してしまった。どんなトレーニングをしていても体は昔より若くない。
「あっ、すいません!!ドラゴンが変温動物だってことすっかり忘れていました!!楽屋で回復するまでゆっくり休憩してください。すいません、すいません・・・」
さっきまでの勢いはどこへやら意気消沈してしまった青木監督の謝罪がスタジオ内をこだましていた。その表情はどこか悔しそうでもありどこか悲しそうだった。すると静かに近づいてきたリリィが俺の腕を肩にかけて「今は体を大事にしましょう。」と呟いた。俺は心の中で(昨日休んだ癖に・・・)と思ったが、それと同時にトカゲ系変温動物同士悩みを共有出来る数少ない仲間であるという事を強く感じた。
俺は巨大な体を少しだけリリィに預けながら楽屋へ向かった。
楽屋のテーブルで俺はうつぶせに突っ伏していた。巨大な体はテーブルを支配して背中にはリリィが用意したよく絞った濡れタオルをかぶせている。体全体が熱くなりすぎたとしてもこれを行えば数十秒の休憩で元には戻る、厄介な体質だ。
「毎回こんな感じじゃ僕も身が持たないですよ。全く自分に甘いんですから。」
呆れたようなつぶやきにうとうとした目をちらつかせながら答えた。
「すまんすまん。でもありがとうな。」
「あのおねがいしまーすって言った時。ヤバいとは思ってたんですけどねぇ。」
(じゃあ止めてくれよ)と心の中でつぶやきながらいつもの調子で会話しているとコンコンっとノックが響いた。
「どうぞー」リリィが答える。
「すいません、調子の方はいかがですか?」青木監督が申し訳なさそうな顔をしながら入ってきた。
「もし助けになるんであればと思いまして・・・」扉を全開にすると青木監督と同じような顔をした芦田ディレクターが氷水入りバケツを両手に入ってきた。表情も相まって小学生が廊下に立たされる時の罰をしているかように見えてくる。
「そんなにあったら逆に冷え過ぎちゃいますよ~」リリィが冗談っぽく返す。「もう撮影しても大丈夫ですよ。」俺もテーブルから垂れ下がったしっぽをゆらゆらさせながら言った。多少余裕を見せておかないと二人の申し訳なさを解消できないし、何より後腐れなく彼らと撮影を続けたい。
「じゃあ、タオル取りますね。」
リリィが背中の濡れタオルを取ると、真っ赤なファンデーションが拭きとられてしまったのであろう、俺の背中に巨大な傷が再び姿を現した。
「あっ、」
リリィがうろたえる。
「えっ?」
青木監督も芦田ディレクターもその背中の傷をまじまじと見つめている。
「えっ?」
俺は何が起こってるのか分からず戸惑っていた。
数秒の沈黙が辺りに流れる。
口火を切ったのは青木監督だった。
「・・・・背中の傷、すごくかっこよくないっすか?」
リリィも俺も「えっ!?」と目を見開き驚く。
「そんな傷跡あるんならいってくださいよ。別に隠さなくてもよかったのに。」
「いや、これは脱皮前によくあることなんです。人間なら爪が伸びすぎて割れたようなものなんですけど・・・」
俺が釈明すると、
「いやいや、だからこそ良いんです。傷からドラマ性が産まれますんで。あっ、そうだ。ちょっとご相談なんですけど・・・」
青木監督は俺の背中の傷を見て、なにかアイデアを思い付いたようでスラスラと説明し始めた。
「まず『立ち』モーションを撮影しなおしたいんすよね。さっき撮影したのは正面だったんですけど、この傷を活かすために背中を向けて戦う、いわば戦闘狂っぽい立ち姿にしようかと考えてます。それに伴い『攻撃』モーションも少し変更になります。『攻撃』を爪でひっかくような動作にしようかと当初は考えていたんですけど、『立ち』からスムーズに移行させるためにしっぽ攻撃に変更しましょう。『必殺技』はしっぽ攻撃で吹き飛ばした相手にファイアブレスで追撃にしましょう。『やられ』『ダウン』は後ろ姿から倒れる感じで。こんな感じに変更となりますがいかがでしょうか?」
台本で説明されていた内容が半分ほど変更となったので少々戸惑ったものの青木監督の熱量に答えてあげたいという気持ちが先に来た。
「それでいきましょう。」
青木監督は嬉しさあまって食い気味に「お願いします!!」と答えた。
「あと背中のファンデーションを綺麗にふき取りたいので、10分ほどお時間頂けないでしょうか?」
「ドラコさんの頼みなら何なりと!!じゃあ、こちらで撮影の準備しておきますね。では失礼します。芦田さん行きますか。」
二人が楽屋から出ていった。扉が閉められ、廊下から二人が走っていく足音が聞こえる。
リリィが背中を拭きながら安堵した様子で言った。
「なんというか、ラッキーでしたね。まぁ二つ目も一応買ってはいたんですが。」
「あの監督、もっと出世するんだろうな。」
撮影はその後順調に進み、俺の背中の傷により変更された『立ち』の撮影では堂々と背中を見せつけて戦う戦闘狂ドラゴンを演じることができた。『攻撃』『必殺技』のモーション撮影はデビュー当時を思い出しながら力任せにしっぽを振り回した。青木監督があまりの迫力に恐れおののいて「ハ・・・ハイカット!!オッケーです!!」の声が震えていたので、ドラゴンとしての自信が取り戻せたような気がした。休憩も随所随所で挟みつつ『やられ』『ダウン』の撮影もスムーズに進み、全体の撮影が終わった。
「今日はありがとうございました。カッコイイ背中のおかげで魅力的なドラゴンを登場させることができたと思います。」
「いやいやこちらこそ、ありがとうございました。」
「次に何かドラゴンを出現させる時が来たら、また、よろしくおねがいします。」
青木監督は深々と礼をして俺たちを見送る。その『また』と言う言葉を胸に抱えながら俺たちはビルを後にした。
外に出た後、そびえたつビルの高さを確かめるように眺めてながら呟く。
「若い監督だったからか、デビュー当時を思い出してしまったよ。」
淀みが浄化されていくような気分であることをしみじみ感じていた。
「そういや、お前なんで昨日休んでたんだ?」
不意に昨日から気になっていたことを聞いてみることにした。
「い、いや、それはその・・・・ただの脱皮失敗です・・・」
全身真っ赤なリリィだから何でもないように話を聞いているように見えるかもしれないが、人間なら耳まで真っ赤な状態だ。
「フフッ。」
「ちょっと笑わないでくださいよ~。」
二人とも緊張をほぐすかのように、会話が弾んでいく。
「まぁ腹も減ったし、昼飯でも食いに行くか~」
「そうですね~ラーメンが食べたいですねぇ」
「なんでお前が決めるんだよ。」
「じゃあドラコさんは何食べたいんですか?」
「・・・ラーメンだな。」
「フフッ。」「お前笑いやがったな。」「気のせいですよ、さぁ行きましょう」
二人は商業地区の地下レストランへと消えていった。
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