2-1話 私は撮影所へ向かうドラゴン
担架に乗せられて運ばれるオヤジの姿はドラゴンの威厳を示す普段の振る舞いが嘘だったかのように弱弱しく感じられた。
酸素供給用のマスクで静かに呼吸しているオヤジが慌ただしく手術室へ運ばれていく。
手術室の扉がバタンと閉められ、上部のランプが「手術中」に変わる。
何時間経ったのだろうか、時間の感覚がなくなった頃に扉が勢いよく開く。
病院の蛍光灯が一斉に点滅し、突風が目の前を駆け抜ける。オヤジが立っている。しかし様子がおかしい。虚ろな目をしている。
「オヤジ!」
「グゴアアアアァァ!!」
唸り声を上げた直後、一気に息を吸い込み火炎を吐き出した。かわせずに全身で受け止めてしまった俺は火だるまになりながら激しい風圧で病院の壁に頭を強くぶつけた。
ガン!と音が背中に響く。
「痛っ!?、あぁ、夢か・・・」
いつの間にかハンモックから落下してしまっていた。
今日は11時からソシャゲ「ドラゴンズスクエア」の撮影だ。俺の頭に昨日見たオディクエ3の映像が蘇る。ソーシャルゲームと言うのは未だ発展途上、レトロゲームのような雰囲気を漂わせている。
つまりは生前のオヤジと同じような仕事ができるってんで、一層気合が入る・・・つもりだったのだが、初っ端から出鼻をくじかれてしまった。
背中がズキズキ痛む、しかしもうすぐ出かける時間だ。
昨日残してしまっていた干し肉をあらかた胃袋に詰め込み、今日の台本をかばんに詰め込む。
そして、いつものようにアパートの駐車場から翼を広げ飛び立つ。翼を動かす際に少々痛むがあまり気にしないよう心掛けた。
空から見るロニン城下町はいつ見ても飽きることがない。小高い丘に建てられたロニン城を中心に都会化が進み放射状の道が続いている、東と西は住宅地区、北は商業地区、南は観光地区と定められた。昨日のロケも観光地区で行われた。観光客を捌くのが大変だったらしいがその苦しみを表に出さないスタッフはとても頼りになる。北の商業地区はビル群が立ち並んでいて高度制限もあってかとても飛びにくいのであまり行くことはない、まぁ景観を重視するためロニン城より高いビルはないのだが。
そうこう考えている間にロニン駅北口まで来た。デビューからのマネージャーでありリザードマンのリリィを見つけたのでゆっくり降り立つ。
「おはようございます。」リリィはいつもの調子で俺を迎えてくれた。
「昨日はすいませんでした・・・急に休んでしまいまして。」
「いやいや、気にしなくていいよ。そういや、撮影所は商業地区にあるのか?」
頭上にそびえたつビル群を眺めながら尋ねる。
「ええ、最近できたらしいんですよ。撮影所が。」
リリィの斜め後ろをついて歩く。
「儲かっているらしいんですよ。やっぱりあのガチャシステムってやつが。」
「ああ、あのパチンコのまがい物みたいな奴ね。」
「まぁ似たようなもんです。」
昔からリリィとは波長が合う、むしろ合うからこそここまでやってこれたんじゃないかって度々思う。
「ちょっと前まで住宅地区のアパートを改造した撮影所だったのにな。」
「あの時、クーラーも使えなくって、扇風機を独占してでさえ失神寸前でしたもんねぇ。」
お互いトカゲ顔の変温動物だから寒さと暑さには滅法弱い。
「お前ったら白目剥きながら直立不動だったもんなぁ。」
「我に返った時はもう撮影終わってましたからねぇ。正直、あの時は参っちゃいましたよ。」
のしのしと撮影所まで向かう。いつもこの何気ない会話が人恋しさを紛らわしてくれる。
ふと横に目線をやると横断歩道をスーツ姿のゴブリンの集団が横断歩道を渡ろうとしている所が目についた。就職活動だろうか?不意にブリオンとの会話を思い返すが、そこにはいないようだ。
「あっ、もうすぐですよ。あのビルの7階です。」
目線を真正面へと移す。
「出世したなぁ・・・」
独り言はいつも正直で困る。
大通りの景色を埋める様々なビル。その撮影所があると言うシャープでスラリと伸びたビルには金色の看板やド派手な社名などはない。しかし商業地区に移っても路地裏の方だろうという想像の上をやすやすと越えていった光景を目の当たりにして俺は呆気に取られてしまった。
「ドラコさん。大丈夫ですか?」
「ああ、すまんすまん。」
不意に振り向いていたリリィに軽く謝罪し歩みを早める。いつもこういう時はリリィに頼りっぱなしで少し情けない。
ビルに入ると自動ドアが開く、人間サイズではなく俺に丁度いい大きさだ。恐らく大小様々な種族がここを出入りしているのであろう。エレベーターも俺サイズのもので助かった。まぁ7階なら飛んでいけばいい話ではあるんだが俺にもマナーはある。
エレベーターの扉が開くと木目調を基調とした受付があり、それに合わせたかのようなナチュラルな制服を着た人間の受付嬢が迎え入れ、リリィが今回の仕事を告げると受付嬢は「こちらです。」と言葉少なめに楽屋までナビゲートしてくれた。
楽屋は俺が住んでる1LDKと同じくらいの大きさで普段通りの自分でいれる広さがあった。そこで俺はいつも通り部屋の中心に備えられたテーブルに肩掛けかばんをおろして丸椅子に座る。そして台本を取り出して役のイメージを固める。
リリィは壁と対面した状態でスマホをいじっている。相変わらず仕事熱心な奴だ。
その間に昨日感傷に浸りすぎて読み直せなかった台本を読む。
(何々・・ウイークリーミッション『悪魔に憑りつかれたドラゴン!』とな。って事は俺もプレイヤーが使えるユニットになるってことか。ガチャなんかやった時には俺の姿がギラギラな背景に超激レアとか言うド派手な文字ぶら下げて登場するわけか・・・考えただけで笑えて来るな・・・)
静かにほくそ笑んでいると後ろからリリィが言った。
「ドラコさん。背中どうしたんですか?」
首を傾げているとリリィは俺の前に鏡を置いた後、鏡越しで背中を見えるように背後で手鏡を向けた。
真っ赤な俺のボディの背中に大きな傷が付いてしまっている。
このままではドラゴンの威厳が損なわれてしまう。
「い、いや、ハンモックから落ちただけだ。」ややたじろぎながらそう答えた。さすがに今日の夢の事を言うのは気が退ける。
「脱皮が近い状態だったから皮が柔らかくなっていたんだろう。明日にはスッキリ全部なくなるはずだから心配しなくていい、お前も分かっているんだろう?」
「ええ、でもちょっと面倒なことになりましたね。こういう時の為にこれを持ってきておいてよかったです。」
「そうだな、万が一を想定しててよかったよ。」
リリィは肩にかけていたカバンから新品の真っ赤なファンデーションを取り出す。「赤身専用」と忠告文が書かれたそれを慣れた調子でビニールの包装をはがしとりゴミ箱に捨て、プラスチックで出来た容器の側面部を指で引っ掛ける。するとパキッと小気味よい音がしたと同時に真っ赤なファンデーションに乗せられたパフと鏡が二枚貝のように開いて現れた。
「じゃあ、よろしく頼む。」
俺は座ったままリリィに背を向けた。
「ちょっと失礼します。少しばかり染みるかもしれませんが。」
リリィはパフをファンデーションに叩きつけながら背後に回る。そして、パフを背びれを横断する巨大な傷へと押し当てた。
「いてててて。中々染みるもんだな。」
「そりゃあ、脱皮前ですもの。明日までの我慢です。」
手慣れた調子てポンポンポンっと優しく叩くと薄紅色だった傷が見る見るうちに真っ赤なボディの色に染められていく。
約20分後、背中の傷はパッと見違和感がなくなるくらいには誤魔化すことができた。これでドラゴンの威厳は保つことができる。
終わった後リリィが残念そうにつぶやいた。
「やっぱり人間タイプのやつはすぐになくなっちゃいますねぇ。」
プラスチック部分がほとんど浮き出てしまいファンデーションは僅かほどしか残っていない。
「まぁ、今回の撮影ぐらいは持ちこたえるだろう。」
リリィがゴミ箱にファンデーションを捨てた。それから程無くして、扉がノックされた。
「はーい。」
扉が開かれてディレクターと思わしき人間が挨拶をしに来たようだ。
「そろそろお出番ですのでお願いしまーす」
「ほんじゃあ行きますか。」俺は椅子から立ち上がった。
楽屋の扉を開き、二人ともディレクターに付いていく。廊下を歩いていくとそこには厚く閉ざされた扉があった。
「もう準備は終わっておりますので、入った後はすぐに撮影ができるようになっています。」
ディレクターが両手を使って厚い扉を開き、俺たちを迎え入れる。
「ドラコ・マックスフィールドさんが参られました~!」
「おはようございまーす!」俺が挨拶するとまるでやまびこのようにスタジオにいる様々なスタッフから「おはようございまーす」と返ってくる。
スタジオはとても広々としていてカメラマンやアシスタントといったスタッフ一同が集まっていた。そして、部屋の隅には合成用の一面黄緑色の紙が敷かれたU字型の背景セットが複数の照明に照らされている。昔からソシャゲの撮影では黄緑色の背景で撮影を行いその黄緑のみを抜き去ったあと他の映像とクロマキー合成をするのが主流で容量節約だとか撮影が楽だとか理由は所説あるんだがその中でも元々低予算で作られていたからと言う理由が個人的にはしっくり来ている。
クロマキー合成で行うソシャゲの撮影にはもう一つ特徴があって、基本的には個別に様々なシチュエーションを撮影する。歩く、走る、攻撃する、倒れるなど基本的なものの他にアピールや悔しがる姿など自分なりに欲しいシチュエーションをリクエストする監督もいる、監督の腕の見せ所だ。
その「おはようございまーす!」のやまびこの中に今回撮影される「ドラゴンズスクエア」の若き監督「青木草次郎」もいる事を確認した。彼は椅子から立ち上がり深々と礼をしていた。
一直線に監督の元へ向かう。
撮影初日にはどんなちょい役であろうとまず監督に話を伺いに行くことに決めている。全てを把握しているであろう監督に話を聞いたほうが互いの理解を深めることにもなるし、あと物事がスムーズに行くことが多いからだ。
「おはようございます。お待ちしてました。」
まさか俺より先に声をかけてくるとは思わなかった。
「おはようございます。今日は宜しくお願いします。」
(ドラゴンズスクエアの撮影を無事終えられるだろうか?)
昔ながらの心配性が心をくすぐる。そんな気も知れず撮影が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます