1-2話 私はファンレターを読むドラゴン
ボラギ町の地下鉄を降りて駅前のコンビニへと立ち寄る。
いつも仕事終わりの晩飯はコンビニで買う事にしている。人間界からするとギョっと驚いてしまうようなものが並んでいたりするが、飲料水やお弁当、日用品からATMと言ったものが揃えられているので。別段人間界とあまり変わらないと思っている。
俺はいつも通りスパイシーな味付けがされた干し肉と長いめの缶ビールを選び店員に渡す。
「500Gになります~」
かばんから財布を取り出し、小銭を支払う。
「ではこのふくろに入れておきますね。」
本来、勇者だけでは道具を持ち切れない時に使う言葉なのだが、今や大したことではない、ただのビニール袋に入れるための常套句だ。
「ありがとうございました~」
駅から徒歩6分、俺の住まいである特大種族専門アパートに着いた。専門とはいえ人間系のアパートよりも1.5倍ほど大きくなっているだけで、大きな違いはない。俺の他にはゴーレムやサイクロプスが住んでいる。この前サイクロプスが窮屈そうに家から出てくるのを見た事がある、特大種族よりも大きい巨大種族専門アパートもあるのだけれどいかんせん高価だから仕方なしにここにいるのだろう。
鍵を開け、扉を開ける。何の変哲もない一人暮らしの1LDK。テーブルに椅子、テレビと就寝用のハンモックが設置済みだ。
いつもの場所にかばんを置き、風呂場でシャワーを浴びてからコンビニで買った缶ビールを勢いよく開ける。
毎回、プシュッと言う音が日々のストレスを発破させているような錯覚を覚える。
ここでようやく、落ち着いてスマホを開きマネージャーから届いた明日の詳しいスケジュールを確かめる。
[件名:明日の予定の件]
[本文:本日は調子を崩して同行できなくて申し訳ありませんでした。
もう調子は戻りましたので明日から同行します。
明日はソーシャルゲーム「ドラゴンズスクエア」の撮影がありますのでロニン駅近くのコンビニで11時にお待ちしております。
追伸、ファンレターをいつもどおりお届けしております。]
短く[了解]と返信を打ちこんでから、だるそうに郵便受けに向かう。
鋭い爪で傷つけないよう慎重に封筒を取り出す。
(今日は4枚か、いつもと同じ感じだな)
一旦、封筒をテーブルの上に置く、
そして、いつも通り干し肉のビニールの端を口ではがしながら封筒を眺める。
(あの勇者役は演技もそんなに上手くないのに、すでにファンレターを片手で持てないくらいもらっていたりするんだろうか。)
こんな事を考えてもきりがないのは分かっている。しかし、どうしても気になってしまう。
あの勇者役はスター性を期待されている。
俺は知る人ぞ知る存在になりつつある。
あの勇者役は本当に成長できるのだろうか?
俺は期待されなくなってどれくらい経つのだろうか?
(いやいや、深く考え込むのは辞めよう、明日の撮影に悪影響が出る。)
立ったまま缶ビールをグビリ、思わず強く握ってしまい缶がパキッと音を立てる。
鋭い爪が缶に突き刺さる。空いた穴からビールが流れ落ちる。
気にせず一気飲み。それでもう構わない。
軽くゲップした後、汚れた床をティッシュを5枚ぐらいでさっと拭く。
(気分が晴れない。)
そう思ったまま穴が開いてベコベコにへこんだ空き缶をテーブルに置く。
そして、仏頂面でもう一度封筒を眺め、軽く物思いに耽った。
少し時間をおいて深呼吸した後、鋭い爪をカッターナイフのように使いファンレターを開封する。
一通目。
「ドラコ・マックスフィールドさん。
こんにちは、初めてファンレターを書いたのでドキドキしています。
いつも新作をワクワクしながらコントローラー片手に応援しています。その大きく凛々しい姿はオヤジさんソックリで「オーディナリークエスト3」を思い起こしてはついつい涙ぐんでしまいます。
あれは私が小学生時代の頃でした、売り切れ続出の「オディクエ3」をオヤジが買ってきたときは天にも昇る勢いで喜んだものです。次の日からはもう寝る間を惜しんでプレイしていたもんですから、目の下のクマがひどいまま登校して友達からダブルメガネだなんて茶化されたもんです(普段からメガネをかけていたので)
~~その後、オヤジのエピソードが延々と続いた~~
また、あのドラゴンに出会えるかもしれない!なんてことを思いながらドラコさんの出演作をプレイし続けています。
これからの活躍と新作のグロリアスディステニー期待しております!」
(よくあるオヤジの面影を俺に求めているファンか。嬉しいけどオヤジのファンだって息子が代理で聞いているかのようで妙に座りが悪い。でも、新作のタイトルもしっかり覚えてくれているみたいだ。よかった。)
ファンレターをゆっくり封筒に戻し二通目に移る。
「はじめは、こわかつたけど、かっこよくへ、だいすきでむ。ゆうき 6さい」
大きな文字でクレヨンで書かれたひらがな、よく見ると下の方に丸っこい字で一行だけ
「息子がどうしてもって言うので、陰ながら応援しています。母より。」と書いてあった。
(ひらがなを覚えたてなんだろうなぁ、こんなの見せられちゃ変な顔になってしまう。)
頬がほころんで自然な笑みが思わずこぼれる。
しかし同時に今日の駅での会話がリフレインする。
~~子供が出来たんす~~
ブリオンの複雑な表情が頭に浮かぶ。アイツはきっといい父親になるだろう。
しかしそう思った瞬間、表情が曇る。
本当はもっと続けたかったって言いたげだった、もっとこう違う言葉をかければよかった。後悔の念が襲い掛かる。逃げようにも逃げられっこない。
(次を・・・読もう・・・)
救いを求めるかのように3通目を開いた。
「こんにちは!私は人間界の女子高生をしている愛美と言います!
どうしても伝えたいことがあったので手紙にしちゃいました!!
ドラコさんが出てたこの前のアニメ『俺の RPGはツンデレ魔法使いに頼りっぱなし!!』の演技サイコーでした。硬派な演技が得意なドラコさんと聞いてたのですが、コメディ要素たっぷりのアニメだったんでどうなるかと思っていたんです。
でも、お腹が痛くなるほど笑っちゃって、もうそれからファンです!
特に魔法使いのミコちゃんが間違えて味方のドラコさんに魔法を撃っちゃったシーン。あの真っ黒になって目をきょろきょろさせるドラコさんと笑いながら謝るミコちゃんがもうおかしくっておかしくって。
それからというもの、ドラコさんの過去の作品をいっぱい見るようにしています!!
あと、実はRPGをプレイするのは苦手だったんです。だけど、ドラコさんの出演してるところを見たくって、頑張って克服しました!これもドラコさんのおかげです!ありがとうございます!!
ドラコさんの事、渋カッコイイって言ったらいいんですか?もうそんな感じでメロメロになっちゃってます。
これからも応援しています!!頑張ってください!!」
(こんなにも褒めてもらっちゃあ照れるな。でも、芯をとらえきれてないから90点だな。嬉しいんだけど。)
一瞬の間が空く。
(90点だな・・・って)
気付けば評論家ぶってる自分にゾッとした。
応援にケチをつけるな馬鹿者、何をイライラしてるんだ。再び落胆することになっても知らんぞ。有難く思え。俺。
そう心に決めて最後の4通目を読み始める。
「ドラコ・マックスフィールドさんへ、
はじめまして、私はゲームクリエイターを目指す学生です。
私がゲームクリエイターを志すようになったのは私の父親が『オディクエ3』をプレイしていたのを眺めていて、ドラコさんのオヤジさん『ヒドラ・マックスフィールド』が中ボスで現れた時、子供ながらになんてカッコイイんだ!と感銘を受けたのがきっかけです。
オヤジさんの事故は災難でしたね。人気絶頂期に亡くなるなんて・・・その速報を聞いた時心臓が止まるかと思いました。しばらく落ち着いた後、号泣したのを鮮明に覚えています。
それからしばらく経って、ヒドラさんの息子がデビューすると聞いた時には驚きました。もちろん、そのシーンは発売日に夢中でプレイして、今でも目に焼き付いたままです。
ドラコさんの初出演シーンのしっぽをぶん回す所では、ヒドラさんの面影を残しつつ、勢いがあるダイナミックな演技。そこに世代交代の波と受け継がれる意思を感じて、自然と涙が流れ落ちていました。
私はドラコさんがいつかオヤジさん越えをするところを見てみたいのです。奇しくも先日、ドラコさんの年齢がオヤジさんが中ボスを演じた年齢と同じになったところですので、ついそう思ってしまいました。やっぱり余計なお世話だったでしょうか?
もしも、私の夢が叶いましたら是非とも私の作品の一部になって頂けたら幸いです。
では益々のご活躍期待しております。ここまで読んでくださりありがとうございました!!」
(そうか、オヤジの代表作と同じ年齢になったんだな。あんなに画質の悪い中でも堂々とした立ち振る舞いで中ボスの威厳を演じたんだっけか。)
戸棚に飾ってあるオディクエ3のゲームカセットをふと眺めた。
(そういや、「8bitの限界を超えてやる」がオヤジの口癖だったな。)
気付けば無意識にスマホでオヤジの出演シーンを調べていた。
ーー『今更、初めてのオディクエ3を実況プレイ、part15』ーー
再生数23451
「はぁい、今日も続きをやっていきましょ~」
ゲームタイトル画面が表示されると同時にプレイヤーのけだるそうな声が流れてくる。
前置きは要らない。動画の再生位置を調整してオヤジが演ずるレッドドラゴン登場シーンまで早送り。途端に場面は変わり、チップチューンの激しい音楽が鳴り始める。
『レッドドラゴンがあらわれた!!』「ここでボスかよぉ~」
実況しているプレイヤーの声がわざとらしくて癪に障るがそんなことはどうでもいい。今はオヤジの演技が見たい。
『レッドドラゴンのこうげき!!ゆうしゃに97のダメージ!!』「くっやるな!」
ドット絵で撮影されたオヤジの姿は容量不足で動かない。
(そういえば見た事なかったな。昔のゲームってこんな感じの撮影方法だったんだな。)
今や使う方が珍しい8bitフィルムで撮影されたそのゲームは体験した事もないのに古き良き懐かしさを想起させた。
『レッドドラゴンははげしいほのおをはいた!!』
8bitで再生される激しい唸り声。それは確かにオヤジの声だった。
瞬間、俺は画面に釘付けになっていた。
『ぜんたいに120のダメージ!』
『ゆうしゃはたおれてしまった!!』「マジかよ!!クソゲーだな!!」
簡単に罵声を飛ばしてしまうプレイヤー。負けて当然だ、早々簡単に勝ってもらっちゃ困る。
勇者たちが教会で復活した、プレイヤーがぶつくさ何かを言っている。どうやら再びダンジョンの奥にいるレッドドラゴンに挑みに行くようだ。
飛ばし飛ばしで再生させたのだがその後再びレッドドラゴンは登場せず、結局動画を最後まで進めてしまった。(チャンネル登録お願いします!)の文字が虚しく光っている。
スマホを持ったまま立ち尽くしていた。オヤジはやっぱりカッコよかった。
どんなに低画質だろうが、どんなに録音機材が悪かろうが、オヤジはドラゴン族としての威厳を画面いっぱいに表現していた。
オヤジの演技は俺の淀んでいた気持ちを曇り空の隙間から太陽光が真っ直ぐ差し込んできたかのような、そんな気持ちに変えていた。
(オヤジ越えか、なかなか面白そうだ。)
テーブルには荒々しくちぎられた干し肉のパッケージと穴の開いた空き缶が乱雑に転がっている。それはモンスター特有の野性味を見せびらかしているかのようだった。
(まだ行ける。)
俺はドラゴン、ファンタジー俳優だ。
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