私はドラゴン、ファンタジー俳優

野良ぺリカ

1-1話 私はオープニングを撮影するドラゴン

勇者の前で立ちはだかるドラゴンが言う。

「お前が勇者としてふさわしいかどうか、力を見せるがいい」

直後、ドラゴンの咆哮が辺りを震わせ、地響きとなって勇者を脅かす。

勇者は少しひるみながらも目は真っ直ぐ標的を捕らえている。

そしてそのまま光り輝く剣を強く握り絶好の間合いを測ろうとした、だがドラゴンもそれを許そうとはしない。

前に、後ろに、左右にと華麗にジャンプ。時に空を飛び、勇者の間合いに入らぬよう細心の注意を払っている。

上手く攻め入れない勇者が怒りに身を任せようとしたその時、目の前の巨大な口から唸り声が響き渡る。

「危ない!クレイジアアイス!」

魔法使いが氷魔法を唱えた瞬間、ドラゴンの口から火炎が吐き出された。

火炎は氷魔法と拮抗し大爆発を起こした。

粉塵が辺り一面に立ち昇る。いち早く飛び出した影、それは勇者だった。

「喰らえ!グロリアススラッシュ!」

勇者はドラゴンの胴体に向かって青白いオーラをまとった剣を振りかざす!


「ハイ!カットォ!オッケイ!」

監督の声が辺りに響き渡り。勇者が安堵の表情を見せる。

今日は新作RPG「グロリアスディステニー」のオープニング映像撮影初日だ。

人間界で楽しまれているゲームやアニメと言った中世ファンタジーものは、この「異世界」と呼ばれているこの世界で撮影されている。


自己紹介が遅れたようだ。

俺はドラゴン。俗に「ファンタジー俳優」と呼ばれている。


今からおよそ500年ほど前、とある人間界の発明家が次元と次元の渡り方を発明して以来、「異世界」の文明は急速に発達し、今や人間界と同じような生活が繰り返されている。

コンクリートジャングルの上を飛び回るドラゴン、スポーツカーを乗り回してスピード違反を取られる狼男、年老いて夜中に徘徊を繰り返す魔王達、そんなに君の住む世界と変わらないだろう?


そんな世界で一流ファンタジー俳優だったオヤジが不慮の事故で無くなってから数年後、俺はオヤジの後を継ぐかのようにファンタジー俳優の道を選んだ。


「ハイ!オツカレオツカレ!新人ちゃんよく頑張ったねぇ!」

人間界からやってきた監督が勇者役を励ましている、

「ジュエルボーイコンテスト優勝者だからって、ちょっと甘えすぎよねぇ」

魔法使い役がサキュパスのメイクさんと愚痴を言い合っている。


撮影初日だけあって活気が絶えないが、これで6テイク目だ。さすがに身が持たない。


NGテイクのほとんどは勇者役の必殺技の棒読みだった。

ギャグアニメとして演じるのであれば正解だと思うが、これは「本格ファンタジーRPG」だ。

監督が許すわけがない。

NGと伝えられる度に勇者役が離れた場所で喉が枯れんばかりに大声で必殺技を叫んでいたことはスタッフの中では周知の事実となっている。


「もうMPもカラッカラ。早くエーテルちょうだい。」

魔法使い役のマネージャーがかばんに詰め込んだMP回復用薬剤のカプセルを取り出し、せっせと駆け出していく。

その光景を横目に見ながらかばんを肩から下げ帰宅の準備を済ます。新人ほどのフレッシュさもなくベテランほどの渋さもない立場の俺は居場所を作るのがつくづく下手くそだ。

「監督。もう体がクタクタなので、お先に帰らせていただきます。」

「おお、そうか。お疲れ。」

監督のそっけない態度が少し気に障った。新人俳優の事を気にかけているのだろうが、2メートルある巨体がハリもなくうなだれている事に励ましの一言ぐらい欲しいものだ。


ロケ地は『ロニン城』と言う魔王と勇者が千年もの間闘いを繰り返したロニン王国のランドマークなのだが、今となってはもう歴史の教科書に載るぐらい古い話だ。最近ではパワースポットとか自然とHPが回復するとか何とか言って、人間界から観光客の一団が毎日のようにやって来る、そして屋台でぼったくりまがいに高価になった安物の剣のレプリカを嬉々として買っては城前で勇者のように掲げ記念写真を撮るのが当たり前の光景となっている。俺もそのレプリカは凄く良い物だと思っている、何より人間用の孫の手よりも少し長いから背中を掻くのに丁度良い。


徒歩五分、ロニン城近くの地下鉄に乗り込む。本当は帰宅する際も空を飛んでいきたい、でも昔帰宅途中に居眠り飛行をしてしまって落下事故を起こしそうになった事があるからそうもいかない。その時は地面スレスレで両翼を自分でもこんなにも早く動かせるのかと思うくらいに必死で素早く羽ばたかせ無事着地することが出来たのだが、周りの住人が「竜巻でも起こったのか!?」と家から飛び出してきては俺を見るなり怒りだしたので、眠気も一気に覚め素直に謝る事しかできなかった。あの惨めさは今でも記憶に新しい。

それからと言うもの、ハードなロケの後は安全を考慮して公共の交通機関を使うように決めたのだった。


人間型の他のお客さんに邪魔にならないよう翼を出来るだけ小さくなるように折りたたみ、郊外行きの地下鉄を待っていたら、階段の方から見慣れたちんちくりんを発見した。


「おう!ブリオン久しぶりじゃねーか!」


俺がデビューしたての頃、大量のゴブリンをドラゴンのしっぽで吹き飛ばすシーンを演じていた。

俺、ゴブリンの群れ、カメラマンと一直線に並び、吹き飛ばされるゴブリンを目の前で受け止めて視聴者に臨場感を与える手法だ。

ブン!と力任せにしっぽを振り回した。吹き飛ばされる大量のゴブリン、その中で、勢いよく撮影中のカメラレンズに顔面からぶつかってしまう小柄なゴブリンがいた。

撮影後、スタッフ総出で心配したのだが大したけがはなく彼の「それよりも撮影は大丈夫でしょうか?」という一言が私たちを安心させたものだった。

映像をチェックしてみると、案の定ラストカットはぶつかった小柄なゴブリンの顔面が画面いっぱいに映っていた。俺はNGテイクだろうなぁと思っていたのだが、監督は「アクシデントもいい味が出るもんだね」とOKテイクとしたので凄く驚いた。今やそのシーンはゲーマーの間ではそのゲームを語るうえで欠かせないネタ要因として有名だ、動画サイトなどで散々いじりまわされているのがその証だろう。

その小柄なゴブリンがブリオンだった。彼はエキストラとしてデビューしたから初出演の秒数は5秒にも満たない。しかし印象的なそのシーンは監督のお気に入りで、今でもインタビュー中のエピソードとして何回も話されている。


しかし、今日の彼の姿はいつもとは違った。

ブリオンは卸したてのパリッパリとしたスーツを着ていた。いや、スーツに着させられてると言った方がしっくりくる。


「元気にしてたか?最近どんなシーンを撮ったんだ?」


そんなことを気にも留めずにブリオンの役者業について聞いた、その時の俺はやはり疲れていたのだろうと思う。


「いや、先輩、おれ俳優辞めるんす。」


その言葉にショックを受けないようにする自己防衛か、俺は矢継ぎ早に言葉を返した。


「あの時、一躍時の人、いや、時のゴブリンだったお前がなんで辞めるんだ?」


喜びと悲しみが入り混じった複雑な表情でブリオンは答えた。


「これ見てください」


ブリオンはポケットからスマホを取り出し、待ち受け画面を見せてきた。


「自撮りを待ち受けだなんて、ナルシストだなお前は」

「違いますよ、彼女ですよ彼女、このゴツっとした鼻が可愛いんすよ。」

ちょっとムッとした顔で食い気味にブリオンは答えた。


ごつごつとした骨格に、尖がった耳、ざっくばらんなショートカット、立派な団子鼻。ゴブリンのゴブリンたるステータスを持ち合わせてる彼女はブリオンと瓜二つ。違いが全く分からない。


「子供が出来たんす。」


疲れと引退と子供、独身男性にはつらい事実が連続してやってくる。冷静なふりを続けるのがやっとの状態だ。

そんな俺に気づいているのかいないのか、複雑な表情のままブリオンは話をつづけた。


「役者業も楽しいんですけど、あまりにも収入が低くて、とても家族なんか養って行けないんすよ。だからこうして、就職活動を続けてるって訳なんす。」


ブリオンは顔面ラストカットから1年は仕事も絶えず、町を襲う撮影があれば先頭集団に選ばれ、勇者をボコボコにする撮影では最後のトドメは彼が決めていた。しかし時が経つにつれ仕事は減少の一途を辿った。恐らく俺と同じようにキャスティング担当も他のゴブリンとの違いが分からなかったのであろう。俺の場合は歩き方と雰囲気でブリオンだとすぐにわかるのだが、顔写真からそれらの事は分かりようはない。

そういえば、ここ数か月は撮影にも姿を見せなくなっていた。


「最近の雑魚キャラの主流と言えばゴブリンより子ドラゴンなんすよ、ソシャゲの撮影なんか一回もしたことないですし、もう終わりなのかなって。へへっ。」


ブリオンは乾いた笑いの後に、大きなため息をついた。


「もしかしたら、今後出てくるかもしんねーぞ、ゴブリン主人公にしたソシャゲか何かが。」

「そんな待ってる時間ないんですよ、あったとしても個人製作で微々たるものでしょうし。」


いつも通り軽口を叩くがいつもより響かない。

すると、地下鉄が淀んだ空気を撹拌するかのように汽笛を鳴らすのが聞こえた。


「俺の家はボラギ町にあるんだが、ブリオンはどっち方面に行くんだ?」

「ドロイ町っす、反対方向っすねぇ。」


まだまだ喋り足りないと言いたげだったが、無情にも地下鉄の扉が開く。


「じゃあな、また就職活動の結果楽しみにしてるぞ。」


地下鉄にかがみこんで入ってから自然と声になったその言葉が逆にブリオンのプレッシャーになっているんじゃないかと、その瞬間後悔した。

言いなおそうと思った時にはもう、扉は閉められボラギ町へ向かい出していた。


「そうか、辞めるのか。」


誰に言うでもない、独り言は目の前にある中吊り広告を揺らした。

そこには「勇者ああああ(35)、未成年魔法使いといん行」「魔王ベルサイユ、痴呆と戦う10年のすべて」「フェアリーのお局事情、新人いじめの実態」といった、今日の話題に飢えた人たちがウキウキしながら話しそうなネタばかりだ。


異世界の地下鉄は人間界から中古で買ったものがほとんどで、俺のような巨大な体型でもフェアリーのような小さなサイズでも構わず、様々な大きさの種族が人間サイズで作られた地下鉄に乗り込んでくる。傍から見れば異世界の小さな見本市のように見えるのだろうが、それは人間界でも同じだろう。


(この中吊り広告にブリオンの引退は載るのだろうか・・・、俺でさえ知らなかったんだから、多分載らないんだろうな。)


何も言わず、何も聞かず、地下鉄はいつも通り目的地へ俺たちを連れていく。

まるで、オヤジの後光を少なからず利用して仕事が絶えないようにしている俺をみせしめにするかのように。

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