竜の遺産
亀吉
ある晴れた昼下がり
腕をさすり背を小さくする冬の入り口、レネスはいなくなった竜を探しに森に行きパンをちぎっては投げていた。
彼はいつも子供に怖がられる目に憂いを浮かべ、ひたすらパンを地面にまく。
「この辺りに竜がいたっていうから来てみたんだが」
レネスが訪れた森は
何故なら、鳥たちが昼食を摂り始めたレネスを見つけるや否やお裾分けを強請り、足元でうろつき始めたからである。
鳥たちはパンを食べられると理解すると、どんどんレネスの足元に集まり色鮮やかな絨毯を作り上げたのだ。その色鮮やかな絨毯は本物と違って餌をがっつき面積を広げ、一時はレネスを恐怖に陥れた。
しかし痩せた姿勢の悪い男と澄んだ水色の髪を持つ美少女の登場により、鳥たちは空を飛んだ。
「鳥はいるんだが。
レネスの足元から一羽、二羽と順調に男の頭上へと飛び立ち、いまや、男の頭上に空飛ぶ絨毯ができている。
それでもなお、レネスはパンをちぎっては投げた。
「そうだなそうだなわかったわかった! だから助けて!」
急にやってきた男、レネスの友人であるナスタが助けを求めたからだ。
鳥たちはナスタの赤錆びた色の頭めがけて飛んでいき、ナスタがどんなに走り回ってもついていってナスタの頭をつつく。
それは先ほどの餌に群がり地面をつついていたときよりも、レネスを震撼させた。
「悪いな、俺はまだ髪が惜しい。これくらいのことしかできない」
しかし、パンをまきいつかパンに食らいつくことを待つのは微々たる援助だ。あまり効力がない。鳥たちはナスタの頭を鳥の巣にすることに夢中で、パンを見ようともしなかった。
「パンよりナスタの頭の方が美味そうに見えたんだろうな」
一方、ナスタと一緒に現れた美少女はナスタの様子を見て口を押さえ、レネスの感想に幼さの残る顔を崩してふきだす。
「んなわけねぇよ! いやだからやめろ! やめてくださいっ」
ナスタは右へ左へ走り回り、手で鳥を追い払うことに必死で彼女が笑っていることに気づかない。
気づかないまま、ついには鳥に懇願し始め、彼女はその場に崩れ落ちた。
「ついに、鳥と話し始めたか」
鳥皇国の鳥は人の話をおおよそ理解する。だからナスタの行いも的外れではない。けれど、レネスがポツリとつぶやくと美少女はしゃがみ込んだまま変な声を出す。
「フ、ンフフフフフッ」
笑っては悪いと口を閉ざしてきたが耐えられない。彼女は声を上げて笑い始めたのだ。
「ルディアさん、だったな」
その姿を見て、レネスは彼女が誰であるかに思い当たった。ここ最近、婚約者のオリガに付き従っている後輩の魔術師である。名前はルディアといって、からかいがいがありオリガにとって可愛い後輩なのだという。
そういうのもわかるくらい彼女はよく笑い、よく拗ね、よく喋る。だから静かにしていると美少女ぶりが目立ってしまい気がつけなかったのだ。
「あ、はい! そ、その……ルディアで、いい。です、よ?」
ナスタと鳥の愉快な現場に集中していたのか、彼女はびくりと身を震わせ、他人行儀なレネスにぎくしゃくと答えた。
レネスはあまり面識のない人を呼び捨てにすることがない。許可を与えられてすぐできるものではなかった。レネスはゆるく首を振る。
「あの、ですが。私は、その……」
手をもどかし気に、かつ、所在なさげにウロウロさせ、ルディアは唸り何度かその場で地面を蹴る。説明が難しいのか口を開けたり閉じたり忙しくしたあと、彼女は地面にドンと足を置き、レネスを睨みつけた。
「とにかく呼び捨てに、親し気に、いっそあだ名でいい! そうじゃないと嫌だっ……です」
レネスは眉を下げ首を捻る。
初対面ではない。けれど親しいわけでもなければ、面と向かってちゃんと話したことがあるわけでもなかった。彼女が何故、敬語が怪しくなってまで親しく呼んでもらいたいかレネスにはわからない。
誰か女性に強い味方はいないものか。
そう思って辺りを見渡しても、ついには土下座をして、ようやく一匹二匹と食事に戻る鳥から逃げられたナスタしかいない。
果たしてそんな男に女性の何かがわかるのか。
想像ができず、レネスは諦めて正直に口を開く。
「急には難しい。それに可愛い女性と親しすぎるとオリガといえど妬く……だろう?」
レネスは婚約者であるオリガが嫉妬をして困ったことがない。嫉妬したというわりにいつもレネスにとっては可愛い範疇で、嫉妬で怒り狂い暴れる姿を見たことがなかった。
嫉妬をされても困らないなともう一度首を傾げたレネスに、ルディアは目を細め小さく肩を落とす。レネスはオリガを、オリガはレネスを溺愛している。
オリガの後輩であるルディアはよく惚気を聞いていた。ああまた始まったと彼女は惚気に飽きた生ぬるい表情を浮かべる。
「何故ここに?」
周りが惚気に飽きるように惚気る方もその表情には慣れていた。レネスは何気なくルディアに声をかけた目的を尋ねる。
「あ、そうでした! ちょっと珍しいものを見てしまったのでつい。ここに来たのは他でもありません。ちょっと先輩を止めていただきたくて」
「オリガを?」
「ええ。執政官長殿を殴りに行くときかなくて」
オリガは剣よ魔術よと育てられた武闘派騎士家系の非常に強い人だ。騎士家の礼儀正しさや貴族としての教養もあり、一方的に人を殴るようなことはしない。
しかし何事にも例外はある。
「オリガが殴り込みに行くようなことを、執政官長殿がしたんだろう。いつものことだ」
竜皇国に二人いる執政官長の一人はオリガの父だ。オリガの家では肉体言語で語り合う。城勤めの人間ならば一度か二度は彼女たちの喧嘩に遭遇している。オリガが執政官長を殴りに行くといっても誰も驚かない。
「いえ、お父君の方ではなくて」
ただし、オリガの父である執政官長であればの話だ。
竜皇国にいるもう一人の執政官長……オリガの父とは違い、嫌味こそ生きがいといわんばかりの執政官長ならば別である。
学業を修めて執政官長になったその人は、武術はからきしであった。年がら年中、元竜皇国騎士団長と殴り合っているオリガに殴られては儚くなってしまう。
「それは……大事だな」
竜の遺産 亀吉 @tsurukame5569
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