竜というものは。(冒頭だけ)
斜めの句点。
第1章:彼の世界というものは。
第1話:暑い夏の日。
文明の利器で風邪を引く日本らしい夏に、俺は死んでしまった。足を滑らせての頭部強打は死因として間抜けだし、思うに散乱した本の呪いだ。
兎に角俺は享年二十六である。されど意識はどうだろう。スペクトルの抜け無く真っ白な空間に放り出されている。
「これが俗にいう死後の世界か。」
ひどく殺風景だ。座禅でも組んで心頭滅却すればいいのだろうか。
「修行を求める無かれ。」
「……?」
人が現れた。……人だろうか。偶像の如き白髭を豊満に蓄え、捩じれた杖を突く老翁がいつからか立っている。
「誰だと訊ねていいのかな?、老人。」
「許諾する。そして答えよう。
儂は神である。
高次元生命体である。
潮時に死したお前を輪廻から引き抜いた者である。」
「神様か、じゃあ俺は死んだのか。」
「いかにも。
合っていた。
「お前を此処に呼んだ理由は暇であったからである。」
暇?、神様が暇、暇だから死人を呼ぶ?
「故にお前には儂と会話を
「24時間。」
無理だ。コミュ障とは言わないが俺は口が上手くない。
「会話の内容は考慮しないが、人間を知ることを望む。記憶の解析では要領を得ず、このような手段に出た。」
「……何が知りたい?」
「謂わば思考回路、抽象的に表せば心であろう。」
また難しいものを。
「……判った話そう。但し俺の好きに話してもいいか?」
「宜しい。」
何から話すかな?
「……そうだ老人。貴方の事を何と呼んだらいい?」
「神様と呼ぶのでは問題があるのか?」
「名無しの権兵衛と話すのは辛い。名前は別にないのか?」
「ない。名称とは同等の物を分別する為にある。儂は
そう言えば唯一神信仰では名前は宗教ごとにバラバラだけど、大抵YHVHだった気がする。しかしこれを彼に付けるのは戸惑う。別人だろう。
「じゃあ名前を考える事から始めるか。」
「お前がそう言うのならばそうしよう。」
「俺の事は
「ならばそうしよう。」
そうして神様なる人との会話を始めた。
□□□
「そういえばアントア、一日経った後、俺はどうなるんだ?」
名前は
「教えよう。秀の随意だ。大抵は叶う。但し生き返りは諦めよ。あの世界では柔軟性が足りない故叶わない。」
「世界の柔軟性とは。」
「干渉のし易さとでも言おうか。ゴム風船のように、世界によっては幾らでも法則を操作できる。」
「魔法みたいなものか。」
「一部ではそのように理解される。」
つまり、世界によっては魔法が実在している。現在の物理学でも法則の異なる宇宙は示唆されているのでそう驚くことではない。まだ物理学の範疇だ。
「魂魄を封入できる世界は限られているが、今は適当な世界がある。これは封入可能な世界が見付かったからこそ魂魄を引き抜いたから当然だ。」
「それも世界の柔軟さ次第って事か。
……あと俺の転生は24時間後で確定なのか?」
ライトノベル&ネット小説愛読者としては神様に会った時点で異世界転生は想定内だが、現実味を帯びるとわくわくする。
「確定だ。魂魄の転生周期は生前の日照周期に依存し、一巡を超えれば劣化し人間の魂魄に相当しない。」
「ふぅん……?」
理由を聞いても無駄だろう。4Dの俺が理論を知ることは唯の一度もない。
「高純度の魂魄は少ない。無駄に減らすより、転生の方が秀も楽しいであろう?」
「当然。」
完全に死んでしまうより、もう少しくらい生きたい。俺はまだ20代だ。
「しかし、秀は転生についてどう思う?」
「……そうだな。
ラノベ読んでれば転生後どうなるかの妄想ぐらいするし、何より冒険ってのは少年の夢だから。」
「少年の夢。」
「クラークは言った、『
「
「少し違う。寧ろストレスだ。」
「
「ストレスの解放が一番楽しい時だ。お金しかり休日しかり。羨望の生活も単調じゃあ面白くない。」
「ふむ。」
アントアに感情はあるのかは判断できない。AIを鑑みると情報さえあれば感情は構築できるらしいが、俺に判別できるものなのか?
「……どっちでもいいか。」
「何がだ。」
「感情とは学ぶものなのか、それとも命に内包されたものなのか。」
「命の定義は
「神様でも判らないのか?」
「魂魄を持つ物質を命と言うのなら、ゆくゆくは
……儂と秀の会話こそ、
アントアも判らないか。
「……どっちでもいいと思わないか?」
「理解に判別は必須ではないか?」
「そうでもない。理論と言うのは最小限の定義から立てる物だ。数学ならZFCとかだが、現象の全てが理論的な訳じゃない。
根底は思い込みで良いんだ。神話を否定するのは簡単だけど、宗教の教えは否定できない。
「……そうか。問答は万能ではないか。」
「ただ、原論の公準を一つ捨てる事でユークリッドから脱した事もある。是と非は同時に考えると面白いかもしれない。」
「……。」
アントアが物思いに
□□□
あれからどれくらい経っただろう。小説などについて記憶の限り語り続けていたが、精神的疲労が溜まる。喉に支障はない。一部屋を書籍で埋める位には本が好きだが、厳選すると残弾数はそれほど多くない。逐一質問するアントアに答えるのには苦労している。
「……そろそろだ。転生につき、要望を
「もうそんなに経ったのか。」
疲れはしたが、楽しかった。こんなどうでもいい会話なんて普段しない。
「要望か。……そうだな、幾つか考えたんだが、もうテンプレでも良いかとも思うんだけど。」
「
「そう。でもすぐ死にそうなのはやめてくれ。」
「路地裏の孤児で
「だめ。」
「戦闘能力があれば孤児でもよいだろう?」
「んー、まぁ、そうだな。」
「ではそのように。『テンプレ』を取り入れよう。」
「任せた。」
ある程度の要望に冒険のスパイスを少々。我が家に戻れるのならそれが最善だったが叶わないなら楽しもう。
「では。」
「もうか、早いな。」
「話が長くなった。巻こう。」
「なら致し方ない。
俺はどうすればいい?」
「
跳躍する魔法陣は無いようだ。
「じゃあ、さようなら。意外と楽しかったよ。」
「儂も楽しかったぞ秀。再び時が巡るまで、別れを告げよう。――さようなら。」
俺は瞼を閉じた。
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