第弐楽章――討てよ、氷獄の摩訶鉢特摩〈マカハドマ〉――

先代邂逅編

ep8.5/36――断章――

 淡く滲む暁天を背景に、リリウスは未だ薄暗い海の只中を歩く、波が砕ける轟音を響かせながら、高層ビルのような脚は黒い海面を裂いていった。その光景だけを切り取れば、これは確かにいつもの帰還風景に過ぎない。

 しかし、今は少しだけ違っていた。

 然るにリリウスは、なにか四角いモノを両手で捧げ持っている。およそ学校の校舎にも匹敵する巨大な直方体、それは遠目から見れば石にしか見えない灰色の塊だった。

 ――――ただ一つ。石のようにも見える分厚い遮蔽コンクリート壁に、黄と黒の放射能警告ハザードシンボルが刻印されていることを除いては。


「慎重に下ろしてね、石棺が割れたら大変なことになるわ」

『分かってるって』


 パキパキリ、とリリウスは体表を剥離させながら、身体をかがめ始める。

 その三つ眼が見下ろすのは、まだ誰も起き出していない静まり返った街。誰も起こしてしまわないように、リリウスはそろりそろりと直方体を下ろしていく。

 指先が海面に触れる、直方体はボコボコと海面を沸き立たせる。そこからごく慎重に両手で降ろされていった石棺は、水深50m程度の浅い海底にふわりと接地を果たす。ひとまずは成功だった。


『ふぅ、これでよしっと!』


 両手を空にしたリリウスは、腕を引き揚げながら身を起こしていく。指先から降り注ぐ海水で煙る足元には、まるで電波塔のような鉄柱の数々が突き刺さっていた。

 それはまるで、海面へ無数の杭が打ち立てられているかのよう。リリウスは鉄柱の数々を倒してしまわぬよう注意しながら、再び波を砕いて歩き出す。


 第一次島外遭遇戦から3週間が過ぎ去った、とある早朝の帰還風景。

 霧を纏うリリウスの偉容は、いつものようにサナギの中へと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る