終末翅奏少女リリウス☆セレナーデ【完結済】

鉄機 装撃郎

第壱楽章――栄えある贄は焔に呑まれて――

古代人型遺構リリウス起動編

ep1/36「もうっ! いつまでこんな事をやれば良いのよぉ!!」

 冬。人を寄せ付けない深い雪山の只中で、それは唐突に口を開けていた。

 狼煙のような湯気が立ち昇る、その様はまさしく秘境の露天風呂。白い湯気に白い雪、そして湯に濡れるのは少女たちの白い肌。他には誰の姿も見当たらない。


「ん~、やっぱり気持ちいいね! 露天風呂って。2人だけっていうのも、ちょっぴり贅沢な気がするけど」


 黒髪の少女が腕を思い切り伸ばせば、温かな滴の伝う胸はつんと天を向く。

 薄い湯煙の向こうからは、金のロングヘアーを束ねた少女が応える。衣装を剥がされた西洋人形のような肢体は今、やはり何も纏ってはいない。


「いいのよ、私たち以外には誰もいないんだもの。いつまでゆっくりしていられるかも分からないし、ゆっくりしましょう?」

「そうだね。こんなところでお風呂に入れちゃうのも、滅多にないし!」


 即席温泉に浸かる2人の目の前には、1本の柱が突き刺さっていた。

 離れていてもほんのりと温かい、数百年物の大樹をそのまま炭にしたような柱。ちらほらと雪が触れる度に、真っ赤に燻る表面はジジジと唸りを上げる。


 温泉のど真ん中にそびえ立つそれは、とてもとても高かった・・・・

 どこまで上に伸びているのか、少女たちからでは棒の先端が見えない程に。


「っしっしっし……せっかくだし、背中を流して差し上げましょうか、アヤカ・・・さん」

「ち、ちょっと、ハナ?!」


 ハナ。そう呼び掛けられた黒髪の少女は、イタズラな笑顔を浮かべながらにじり寄って来る。湯をかき分けるその身体にドギマギしながらも、金髪の少女アヤカはじりじりと逃げる。

 コツン、アヤカの背中には壁が当たる感触。もう逃げられない。


「ハナが洗ってくれる時って、いつもくすぐったいのよ……だ、だから今はね、こんな所だしやめましょう? ね?」

「おっかしいなぁ、アヤにそう言われるとなんだか余計に―――――って、なに……!?」

「地震……?」


 ゴゴゴ。雪山を不吉に駆け巡っていく地鳴りが、2人の動きを止める。

 地鳴りが聞こえて来るのは、灰色に霞む山並みの向こう。ドォン、ドォン、大地が鼓動しているかのような振動は、重なるにつれ徐々に輪郭がはっきりして来る。


 沈黙の数秒。雪景色の彼方に、なにか巨大な人影が姿を現す。

 2人がじっと見守る先に現れたのは、1体の鬼に他ならなかった。


 山を砕く轟音、数千トンもの雪が雪崩となって鬼を襲う。しかし、雪煙の向こうから突き出した脚は、狂ったスケール感の下でその雪崩すら軽々と跳ねのけて行った。

 全高600mもの人型。間違いない。冬景色に目を凝らしていたアヤカとハナは、雪山から現れ出た怪物の正体を確信する。


「まさか」

「来たわね」


 既に2人の表情は引き締まり、湯から立ち上がる身体には決意がみなぎる。

 白く煙る空気を裂くのは、ひらりとはためく白い布。バスタオル1枚をまとった少女たちは、冬空の下で声を張り上げていた。


「リリウス! M.A.G.I.C.A.L.起動接続開始マジカル・リンケージ!」


 途端に、少女たちの全身を丸ごと炎が包み込む。

 ハナの黒髪は、赤みがかったピンクへ。

 アヤカの金髪は、青みがかった髪色へ。

 バスタオルにも炎が纏わりついたかと思えば、花びらかフリルのようなそれは、2人の布を可憐な戦装束ミニドレスへと変貌させていた。


 そして2人の姿は、大気に微かな炎を残して消え去ってしまう。

 彼女らの身体は、既に暗闇の中へと飛び去っていた。


「空間転移完了! アヤ、いくよっ!」

「分かったわハナ。まずは立ち上がるわよ!」


 意識接続開始リンケージ。アヤカの視界は、一気に真っ白に開けた。

 雪山を遥か下に見下ろす格好となったアヤカは、膝をついていた脚に力を込める。

 パキ、パキリ。力を込めた途端に剥離していくのは、灼熱の肌の欠片。雪山についた手は、合計9本もの指で数十mもの雪原を押し固める。

 そして、水たまりのような即席温泉に突き刺していた指・・・・・・・・・・・・・を、彼女は無造作に引き抜いて行った。


 ハナを胎内に孕んだアヤカは――――否、異形の巨人は冬空を割って立ち上がる。

 まるで翅をもぎ取られ、代わりに細長い四肢を生やした蛾のような異形。アヤカの意識は今や、全高600mもの巨躯へと乗り移っていた。

 その名は、リリウス。


「アヤ、敵がこっちに気付いたみたいだよ! 10時の方角!」

「動く暇なんて、あげないんだから!」


 アヤカリリウスは、縦に3つ並んだカメラアイで遠方を見据える。大地を揺らして迫り来る敵、彼女はその鬼のような風貌に真っ向から立ち向かう。

 古代文字が刻まれた3つ眼は、鬼を見据えたまま蒼白い輝きを帯び始めていた。


「まずは! M.A.G.I.C.A.L.マジカル硬γ線光束照射レーザーッ!!」


 発射ファイア。煌めいたリリウスの眼が、鮮烈な輝きを迸らせる。人体など容易く蒸発させるほどの放射線の奔流は、光速で大気を貫いていた。

 直撃。この世で最も速い攻撃は避けようがない。しかし、核兵器すら凌駕する線量を受けてもなお、超高熱で溶けかかった鬼の歩みは止まらない。

 一方、アヤカリリウスは異様に細い腕を振り上げると、今度は全身から紫の炎を噴き出し始めていた。


M.A.G.I.C.A.L.火炎噴流マジカル・フレイムッ!!」

 

 問答無用で大地を赤く染め上げていくのは、遥か上空の雲さえ消し去る炎。

 まるで炎の鞭のように振り下ろされて行ったそれは、文字通りに空を裂いていく。余波で小山を幾つか蒸発させると、炎はそのままの勢いで鬼に直撃していた。

 山並みを堤防にして、紫炎の大河が溢れんばかりに大地を舐めていく。


 炎の濁流を浴びる鬼は、最後の力を振り絞るように槍を地に突き刺す。

 大地を砕く激震。次の瞬間、地面から山をも越える氷晶が突き出たかと思うと、炎の流れは真っ二つに断ち切られていた。


「まさか、盾にしてる!?」

「なら、盾ごと・・・いっけええぇ!」


 せいぜい数万トン近い氷塊ごとき、もはや小細工など通用しない。

 大地を焼き払う灯台と化したリリウスは、無慈悲に炎を噴き出し続ける。

 分厚く積もった雪を消し去り、山をガスに変え、遥か上空の雲を吹き飛ばしてもなお、その容赦ない火炎放射は止まらなかった。


 そして数秒後、ようやく掃討を終えたリリウスの前には、赤黒く煮えたぎる平地が広がる。全高600mにも達する鬼の骸骨は、即席の溶岩の海へと沈みかけている所だった。


「ふぅ、終わったぁ。いきなりだったからびっくりしちゃったよ」

「だってここは敵地なんだもの。早く帰ってゆっくりしたいところだわ」


 リリウスから引き剥されたアヤカの意識は、彼女自身の身体へと戻る。

 気付いた時には、既に高さ600mから見下ろすような視界から、高さ2mもない視界へと切り替わっていた。

 薄暗い閉鎖空間。椅子から起き上がった拍子に、アヤカの身体からはバスタオルがはらりと舞い落ちる。


「なっ……!」

「見てないっ、アヤ、見てないから!」


 慌てて顔を覆うハナを前に、アヤカの耳は真っ赤に染まっていく。すっかり忘れていた。とっくに変身が解けた身体を覆うのは、バスタオル一枚だけだということを。


 ――――せめて! 服を着るまで待っててくれても良いじゃない!


 咄嗟に両手で身体を抑えたアヤカは、半ば涙目になりながら叫んでいた。


「もうっ! いつまでこんな事をやれば良いのよぉ!!」


 地獄めいた業火に佇むリリウスは、今日も世界を焼き尽くす。

 あの1ヶ月前の朝から、随分と遠くに来てしまった彼女たちを乗せて――――。

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