第43話 猫になりたい

 美千代と洋平が来ないまま、土曜の夜は更けていった。

 日付変更線を回った頃、さすがに諦めたのか、活と夏はベッドに上ってきた。

 心なしか、二匹とも元気がない。

 そんな二匹の頭を、善次郎は優しく撫でてやった。

 おかしなものだ。

 一人になれると思い、ほっとしたはずなのに、いざそうなってみると、ちっとも嬉しくなんかない。

 人間なんて弱いものだと、善次郎は思った。

 だが、今の善次郎に寂しさはない。

 それより、これからどうやって縒りを戻していこうか、そのことで頭が一杯だった。

「お前たちも眠れないのか」

 今夜は二匹とも、いつにもなく善次郎の傍に身体を寄せている。

 これも、おかしなものだ。

 活と夏が、自分以外の人間にこれだけ懐くなんて。

 木島さんにも懐いていたが、ただ逃げないとうだけで、これほどには懐いていなかった。

 何日か木島さんが顔を見せなくても、二匹が寂しそうな様子を見せたことはない。

 こいつらのためにも、何とか美千代と縒りを戻そう。

 二匹の寂しそうな顔を見ながら、改めて決意した。

 こいつらがいる限り、美千代と縒りを戻すチャンスは必ず出てくるはずだ。

 決して、活と夏を出汁にするつもりはない。

 しかし、活と夏が二人の繋ぎになっているのも事実だ。

 あまり深く考えても仕方がない。

 毎日顔を合わしているうちになんとかなるだろう。

 こちらの誠意を見せていけばいいのだ。

 そう考えると、気持ちが楽になった。

 気分が軽くなった善次郎は、そのまま深い眠りに落ちていった。

 早朝、いきなり猫パンチに見舞われた。

「なんだよ、人が、いい気持ちで寝ているのに」

 渋々起き出して、容器を見る。

 餌は、たっぷりと入っていた。

 なんなんだ?

 そう思った時、夏が肩に飛び乗ってきた。

 活は、ベッドの上で寝ている。

 どうやら、さっきのパンチも、夏の仕業みたいだ。

「一体、どうしたんだ」

 肩の上の夏に手を掛けた時、夏がフーと唸った。

 善次郎の肩に爪を掛けて飛び降りる。

「痛っ!」

 思わず、善次郎が呻いた。

 そのまま、夏は部屋中を走り回っている。

 さては、あまり眠れなくてイライラいるのか。

 そう、当たりをつけた。

 夏の気持ちも、わからなくはない。

 善次郎は怒る気にもならず、胡坐を掻いて、走り回る夏を眺めていた。

 そうこうしているうちに、完全に眼が覚めてしまった。

 今日もまた、あまり眠れなかった。

 善次郎にとって、これから長い一日が始まる。

 趣味もない善次郎には、休みの日は寝ること以外することがない。

 ここへ越してきてからは、日曜は美千代や洋平は、必ずといっていいほど、昼間から顔を出しており、緊張しながらも、あまり退屈することはなかった。

 しかし、今日は違う。

 二人ともいないのだ。

 せめて、昼まで寝ていられれば。

 そう思ったものの、もう遅い。

 完全に眼が覚めてしまっている。

 善次郎は夕方まで、見たくもないテレビを、漫然と眺めて過ごした。

 越してきたときに、一応テレビは買ったのだ。

 いい気なもので、夏は昼前から熟睡していた。

 そろそろ晩飯にしようと思った時、チャイムが鳴った。

 誰だろう?

 善次郎が立ち上がりかけた時、鍵の開く音がした。

 既に、二匹は玄関へダッシュしている。

 まさか?

 思った時には玄関のドアが空いて、美千代と洋平が飛び込んできた。、

「おまえたち、今日は遅いんじゃなかったのか?」

「活と夏に会いたくて、早めに切り上げてきちゃった」

 答えるなり、美千代は活に、洋平は夏に抱きついた。

 二匹とも、甘えた声を出している。

「寂しかったでしょ」

 美千代が、活に頬ずりをする。

 自分の方が寂しかったくせに。

 善次郎は美千代を見てそう思ったが、口には出さなかった。

「これ、お土産」

 なんと美千代は、活と夏のために、二匹が好物のささみを大量に買ってきていた。

 喜んで食べる二匹を、嬉しそうに美千代と洋平が眺めている。

 善次郎は、完全に置き去りにされていた。

 俺も、猫になりたい。

 善次郎は、ささみを食べる活と夏を羨ましそうに見つめながら、つくづくと思った。

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