第42話 固まる決意
ある金曜日の夜。
美千代と洋平がやってきて、明日から二日間、用事があって実家に帰ると言う。
二人の顔は、寂しそうだった。
「二日分、うんと抱いておこうね」
「うん」
そんな会話が交わされた後、活と夏は、たっぷり二時間ほどいじられまくった。
二匹にとっては、いい迷惑だったろう。
引っ越してから二ヶ月、善次郎にとっては、毎日が刺激的過ぎた。
別れた妻と子供との、思わぬ再会。
それだけでも戸惑ったのに、毎晩遊びにくるようになった。
あまつさえ、ご飯まで作ってきてくれるようになった。
嬉しくないわけではない。
しかし、活と夏が目的なのはわかっている。
だから、嬉しさの反面、余計に辛い。
そんな気持ちで、毎晩別れた妻と子供と顔を合わすのは、善次郎にとっては、拷問に等しかった。
この先、どうなるのか?
息子の洋平は、二人に縒りを戻してもらいたがっている。
それは、何度か本人から言われた。
美千代には言っていないようだ。
善次郎は、美千代の気持ちが掴めないでいた。
洋平も同じみたいだ。
だが、二人とも確かめようとしない。
洋平は訊くのが怖いようだが、善次郎は違う。
自分の力で、二人を幸せにしていと目標を立ててはいるが、まだ、自分が縒りを戻したいのかどうかわからないのだ。
そんな宙ぶらりんな気持ちで、美千代に尋ねるわけにはいかない。
この三年半、美千代と洋平のことを考えないことはなかったが、いつもではない。
ふとした時に思い出したりするだけで、会いたいと思うことはなかった。
それも、活と夏がいたからだ。
もし、活と夏がいなかったら、俺はもっと美千代と洋平のことを思っていただろうか?
切実に、 会いたいと思うことがあったのだろうか?
自分の気持ちなのにわからないとは変なようだが、実際にそうなのだから仕方がない。
ひとつわかっているのは、このままの状態が、いつまでも続くわけはないということだ。
本当のところ、自分がどうしたいのか、もう少し自分の気持ちを確かめてみたかった。
家族でいるのがいいのか、一人の方が気楽なのか。
ここ最近は、そんなことばかりを考え、悶々とする日々が続いてた。
一体、俺はなにをやっているんだろう?
そんな気持ちもあり、土曜の朝、目覚めた善次郎は、どこかうきうきとした気分だった。
久しぶりに気を遣わなくて良い日が訪れたのだ。
さて、この二日、どうやって過ごそうか。
気分も軽く、善次郎は考えた。
さりとて、別にすることもないし、したいこともなかった。
よし、今日は一日家にいよう。
そして、活と夏と一緒に過ごすのだ。
そう決めた。
時には活と夏と遊び、時には活と夏と一緒に眠り、そして、ついでに活と夏を風呂に入れ、一日をまったりと過ごした。
余談だが、最近の善次郎は、二匹を風呂に入れても噛まれたり、引っ掻かれたりしなくなっている。
善次郎の腕が上達したのではない。
活と夏が大人になっただけなのだ。
夜の八時までは、善次郎の心は充実していた。
それは、活も夏も一緒みたいだった。
そう、八時までは。
八時を過ぎた頃から、活と夏が落ち着かなくなってきた。
頻繁に、玄関の前に行っては鳴くことを繰り返している。
美千代と洋平が来るのを待っているようだ。
二匹が気を遣って二人に接していると思っていたのは、どうやら善次郎の思い違いだったらしい。
二匹は、本当に美千代と洋平のことが好きみたいだ。
「今日は、美千代と洋平はこないんだよ」
二匹に声をかける自分の声が、空しく耳に響く。
寂しいのは、活と夏だけではない。
俺も一緒だ。
たった一日ではないか。
それが、こんなにも寂しい気持ちになるなんて。
いつの間にか俺は、活と夏以上に二人を待ちわびていたのかもしれない。
そう思った時、どうしようもなく美千代が愛おしくなった。
その気持ちは、結婚を決めた時とは比べ物にならないくらい激しいものだった。
「俺は、なんて馬鹿なんだ」
善次郎が呟く。
なにが、自分の気持ちがわからないだ。
なにが、自分の気持ちを確かめるだ。
自分の気持ちに、素直に向き合えなかっただけではないか。
今、はっきりとわかった。
俺は、美千代を愛している。
もちろん、洋平のことも。
もう、大切なものを失いたくはない。
直ぐに再婚というのは無理だろう。
これから自分がやることは、少しでも美千代と縒りを戻せるよう、日々努力していくことだ。
善次郎は、固く決意した。
その決意は、もう揺らぐことはないだろう。
「おまえ達も、美千代と洋平が家族だったら文句はないよな」
活と夏に話しかける。
善次郎に問いに答えることなく、活と夏は玄関の前に佇み、ドアが開くのをいまかいまかと待ち構えている。
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