第31話 新しい出会い

 梅雨の明けた、とある夏の日。

 今日は残業もなく、陽の明るい内に帰宅していた。

 会社から家までは、わずか四十分足らずだ。

 帰宅途中の善次郎は、垣根で囲まれたマンションの前でふと足を止めた。

 植え込みに、親子と思われる猫がいる。

 母親らしき猫と、子猫が三匹。

 まだ、生まれて一ヶ月くらいだろうか。

 親猫は全身まっ白で、子猫の二匹も白い。

 ただ一匹だけが、牛のように白と黒の斑模様をしている。

 その子猫は、珍しいことに鼻も黒かった。

 鼻を起点として、その周りがダイアモンド型に黒く染められている。

 尻尾も、折れ曲がっている。

 後で知ることになるのだが、そういう尻尾を、鍵尻尾というのだそうだ。

 初めて見る親子だ。

 どこから来たのだろう?

 そう思いつつ、善次郎はその子猫たちの可愛さに、思わず見とれてしまった。

 善次郎が立ち止まっても、猫たちは逃げなかった。

 ただ、母猫が警戒するように、じっと善次郎の眼を捉えて離さない。

 子猫たちは、母猫の後ろに隠れている。

 善次郎が相好を崩して見とれているうちに、母猫がプイと後ろを向いて、垣根の向こうへ行ってしまった。

 子猫たちが、その後を追う。

 善次郎がおやと思ったのはその時である。

 白と黒の斑の歩き方がおかしかった。

 よろよろとしているのだ。

 なのに母猫は、その子猫を気にも留めず、さっさと行ってしまう。

 残された斑は、一生懸命母猫の後を追ってゆく。

 善次郎は、子猫が見えなくなるまで、その姿を追っていた。

 脚が悪いのだろうか?

 それにしても、母猫は冷たい。

 まるで、斑のことなど気にしていないようだった。

 家に帰ってからも、あの斑のことがどうにも気になって仕方がなかった。

「お前の親は、どんなだったんだ」

 活に話しかける。

 活はひと声返事をするように鳴いて、それからベッドへ上っていった。

 次の日会社へ行く時、気にしながらマンションの前を通ったが、あの猫たちの姿は見えなかった。

 帰りも一緒だった。

 もっとも、その日は残業で遅くなったので、どこかで寝ていたのかもしれない。

 その次の日も、親子猫の姿を見ることはなかった。

 どこかへ行ってしまったのだろうか。

 一度見かけただけなのに、どうにも、あの斑の子猫のことが頭から離れない。

 明日は残業をしないで、この前みたいに早く帰ってみよう。

 なにか、予感めいたものが働いたのだろう。

 この決断で、新しい家族が増えることになった。

 翌日、頑張って日中に仕事を片付け、予定通り残業せずに帰宅した。

 今日はいるだろうか?

 善次郎は期待を胸に抱きながら、マンションの前までやってきた。

 いた。

 この前見かけたのと同じ場所に、親子猫の姿があった。

 遠くから観察していると、どうも母猫は、斑の猫だけ構っていないように見える。

 他の二匹は母猫に交互に舐められているが、斑だけは放っておかれているのだ。

 よく見ると、斑だけが他の二匹より小さい。

 それに、痩せてもいる。

 善次郎が近寄っていった。

 母猫が善次郎の姿を認めると、今度はさっさと植え込みの中に消えていった。

 同じように、子猫も後を追いかけていったが、斑だけは去ろうとしなかった。

 いや、母猫に付いていこうとしたのだが、立ち上がれなかったのだ。

 一生懸命立ち上がろうともがいている。

 善次郎がしゃがみ込み、斑の頭を撫でる。

 斑は、逃げる体力もないのか、それとも愛情に飢えていたのか、逃げもせず善次郎に撫でられるまま、身を任せていた。

 暫くそうしていたが、母猫も二匹の子猫も戻ってくる様子はない。

 どうやら、完全に置き去りにされたようだ。

 もしかしたら、この猫は、母猫に見捨てられたんじゃないだろうか。

 善次郎は、そう直感した。

 野生の動物は、生きていくに相応しくない弱い者は切捨てられると聞いたことがある。

 野良だって野生に近い。

 この斑は、何かの病気か、生まれつき身体が弱いのかもしれない。

 それで、母猫が見捨てたのかも。

 そう思うと、斑のことが可哀想になってくる。

 善次郎が抱き上げ、胸に抱えた。

 斑は、善次郎の腕の中で小刻みに震えている。

 怖くて震えているのではないことが、善次郎にはわかった。

 善次郎は迷うことなく、そのまま斑を家に連れ帰った。

 家に帰ると、早速牛乳を与えた。

 斑は、ペロペロと弱々しくそれを舐めた。

 次に、活の餌を与えてみたが、固形物を食べる元気はないようだ。

 善次郎は、もう一度牛乳を与えた。

 活が傍に来て、心配そうに斑の様子を見ている。

 善次郎は、活がどういう反応を示すか心配だったが、どうやら素直に受け入れてくれたようだ。

 それは一安心だったが、それにしても、斑の様子が気に掛かる。

 死ぬんじゃないぞ。

 祈るような気持ちで、弱々しく牛乳を舐める斑を見つめる善次郎であった。

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