第十四話 another

馬鹿が!見事なくらい俺の策全てにハマったな!!

俺は笑いを抑える事が出来なかった。まさかここまで上手くいくとはな。


さて、この哀れな吸血鬼をどうしてやろうか。とりあえず四肢を切り落として能力を使えないようにでもするか?

いや、それだとすぐに死んでしまうな。こいつの殺し方は最初から決めているんだ。


俺は跪いている吸血鬼を見降ろす。


しかしこいつもさぞ悔しいんだろうなぁ。

表情から察するに、最初に足を振り上げた時は前の人影を切ろうとしていたんだろう。それを勝手な思い込みで間違いの方向に変えてしまったと。

焦りでもしなかったら今頃勝っていただろうに。


「おい。今からお前は俺に殺されるわけだが、なんか遺言とかあるか?

 あるなら聞くだけ聞いといてやるよ。」


俺は笑いながら吸血鬼に問いかける。

やっとこいつを殺せるのだと気分が高揚しているようだ。


「なめ……」


すると吸血鬼が小さな声でなにか呟いた。


「ハァ? もっと大きな声で言ってくれよ!

お前の人生最後の言葉をよ! ハハハハハ!!」


「私をなめるなと言ったんだクソ餓鬼が!!!」


すると吸血鬼は右足を震わせながらも立ち上がった。


……え?

一瞬何が起こったかよく理解できなかった。


俺の能力のペナルティは絶対だ。影が大ダメージを受けると何をしても動かせなくなってしまう。


そんな絶対ルールを根性で超えるとかありなのか? そんな安い少年漫画みたいな展開俺は望んでないぞ!

だってこの世界は現実的で、救いもなくて、残酷なはずだろ?

根性で不可能を可能にするとか納得できねぇよ!


「私は誇り高き吸血鬼だ! 貴様のような青臭いガキに負けるなど、プライドが許さんのだ!!」


そして吸血鬼は左足を力強く振りかぶる。


「嘘、だろ……」

「ここが貴様の死に場所だ!」


吸血鬼が左足を振る。足に激痛が走ったようで苦悶の表情をしている。

だが能力はちゃんと発動していて轟音を鳴り響かせながら俺のほうに風の刃は向かってきた。


あぁ、こんな不条理で俺は死ぬのか……






「なんちゃって、能力解除。」


陸人は一歩後ろに下がり舌を出して呟いた。

すると陸人の目の前に突如鉄骨が振ってくる。風の刃により鉄骨は真っ二つに切れたが陸人は無傷だった。


その光景を見た吸血鬼の顔が青ざめていく。


「なん、だと……」


「言っただろ、俺は最初からここにいたって。

言葉の通りさ、俺は砂煙が立ってからずっと動いていないんだ。もしもの時の防御策として落ちてきている鉄骨を空中で止めてその真下にいたのさ。

あぁ、そうかお前は知らないんだったな。俺は物体の動きを止める能力も持ってるんだよ。」


吸血鬼は膝をつきながら地面に座っていてただただ恨めしそうな目で俺を見ている。

そりゃそうだ、言われでもしなきゃ俺のこの能力なんて予想もできるはずがない。


俺は一つ深呼吸をし、吸血鬼を再度見降ろす。

どれ、そろそろ止めを刺すか。奴の両手足がまた動かせるようになられては困るからな。


俺は吸血鬼に向かって歩いて行った。噛まれないように背後に回る。


俺に背を向けて無防備な吸血鬼、俺はお前を絞め殺すことにするよ。

俺は吸血鬼の首を両手で力強く握りしめる。



分かるか?

これは俺が母さんを殺したのと同じ殺し方だ!

お前にも母さんの苦しみを味わわせてやる!


「ハハハハ!苦しいか?!

これが俺の母さんが味わった苦しみだ!

お前も絶望の果てに死ね!!!」


勝利を確信し心に余裕が出来たからか、溜まっていた黒い感情が押し寄せる。

こいつのせいで俺がどれだけ苦しんだことか……

お前ももっと苦しめ!苦しめ!苦しめ!


これ以上ない快感が体中を駆け巡る。

脳内麻薬が尋常ではないスピードで分泌されているようだ。

俺は吸血鬼の苦悶の表情を見ようと顔を覗き見る。


すると吸血鬼は―――



―――泣いていた。そして俺のことを哀れんだ目で見ている。

は……?なんだよそれ。


「おい!もっと苦しんだ顔をしろよ!

お前の静かな今際を見るなんてごめんだぞ!!」

「私は……」


吸血鬼が苦しそうに喋り始めた。


「こんな事言い訳にもならないが、私は君達人間から恨みを買え、そして人間を恨めと洗脳されていたんだ。

君の事も、母親の事も本当に申し訳なく思っているよ。

今の君が私のせいでそうなってしまったと思うと、心が痛むんだ。」


は?! 突然何を言い出すんだこいつは!

じゃあなんだ、俺の母さんを殺したのはその洗脳をかけてきた奴らが悪いってのか?!

俺を哀れんで見てるのは今の俺が自分のせいでこんなに可哀想な奴になってしまったとか考えてるのか?!


俺は両手の力を強めて声を荒げる。


「ふざけんな! そんな言い訳で俺の怒りが収まると思うなよ!

命乞いなんて通じると思うな! お前はここで死ぬんだよ!!」


俺はありったけの感情を吐露する。

だが吸血鬼は相変わらず物憂げな表情でいる。


「そして君に脇腹を貫かれた時、私は自我を失い君の事を憎いと思ってしまった。

本当に情けない……。

だが今君に首を絞められ意識が薄れてきて、やっと自我をとりもどせたよ。」


すると吸血鬼は突然表情を引き締めた。

まるで何かを決意したかのような表情だ。


「私は君に命乞いのような不躾なことをするつもりは毛頭ない。

君の母親を殺してしまった時点で私が君に殺されても仕方がないという事も理解している。


だがそれでもな、私にも死ねない理由があるのだよ!」


吸血鬼が急に強気になった。

なにやら色々御託を並べたようだがそんなもん俺が知るか。

お前にはお前の正義があるのかもしれんが俺は俺の正義を貫かせもらう。

そろそろ死んでもらうぞ!


俺は最後の力を振り絞り吸血鬼を絞め殺そうとする。




ドッ


すると俺の腹辺りで鈍い音がした。

痛みの余り手の力が緩んでしまう。


こ、これは……

俺が自分の腹を見ると吸血鬼の翼が俺の腹に当たっていた。


「今まで閉まっていた翼を出したんだ。

人間同士の勝負なら君の勝ちだっただろう。

だが私は吸血鬼だ。吸血鬼らしい勝ち方をさせてもらうよ。」


そういうと吸血鬼は翼を完全に広げた。俺は翼に押され後ろへ飛ばされる。

しまった……奴の首から手を放してしまった!


もう一度吸血鬼に近づこうとするが吸血鬼の姿を見てそれが不可能だという事に気付く。


吸血鬼は、右手を振り上げていた。

俺は急いで横に飛び風の刃を避けようとする。


ズバッ!


何かの切れた音がした。

今度は俺の影が切れたんじゃない。

切れたのは、俺の左腕のようだ。


左腕に激痛が走る。立っていることもできない。

俺は吸血鬼を睨み付ける。


「クソ!クソ!クソ!!!」


吸血鬼は地面をのたうち回る陸人を見て、再び物憂げな表情になる。


「左腕を切り落とされても悲鳴をあげずに私を殺し損ねたことを悔しがるのか。

本当に君は私のせいで人間性というものを失ってしまったんだな……」


俺は地面に頭を叩きつける。

クソ!あともう少しで殺せたのに!

翼を出す勢いを利用して殴るだと?!

ふざけるな!


心を黒い感情が覆っていく。

吸血鬼は追撃せずに俺の事を見下ろしている。


母さんの仇をとろうと俺は必死だったんだ。

殺意を必死で抑えて、冷静に作戦を練って、それでも勝てなかった。

一体俺の人生はなんダったンだ。


徐々に俺の意識が薄れていく。


こンなことナラ最初から我慢なンテせずに感情に身ヲ任せれバよかった。

今更後悔シてモもう遅イか?


俺の心が黒ずんでいく。まともな思考も出来なくなっていく。

その代わりに俺に『吸血鬼を殺せ』と呼びかけていた声が段々と大きくなってくる。


母サんノ仇?

違うナ、ほンとはタダの俺のエゴだ。

何かニ縋らナきゃ、耐えラレなかっタんダヨ。


視界が徐々に暗くなる。

陸人の精神が黒い、混沌とした感情に染まっていく。


こノ一週間、一人デずっト孤独ダッた。死ンデやろウかトモ思っタ。

そんナ俺の唯一ノ生きガイが、コイツを殺す事だッタのに……。

俺ハ……


陸人は吸血鬼と出会う前の自分を思い返す。


俺はタダ、普通ニ過ごシタかっタダケなの二……


そして、陸人の意識が完全に途絶えた。




『ダカラ言ッタジャナイカ、早ク殺セッテ。』




吸血鬼は陸人が動かなくなったのを見て退散をしようとした。

誰の目から見ても吸血鬼の勝利は確実だっただろう。





だが、その時だった。

異様な雰囲気を纏った陸人が立ち上がったのは。

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