5.

 その夜から、俺はスュンと別々の場所で寝る事にした。彼女が寝室のベッドで、俺が居間のソファだ。

 二人で色々相談したが、やっぱり医者に行った方が良かろうという話になって、三日後、その週の木曜日に市立の総合病院に予約を取って、二人そろって午前中だけ仕事を休んで診察を受けた。

「……で、今日は、どうされました?」

 去年新設されたばかりだという市立総合病院魔法科の……ぜんぜん魔法使いには見えない年寄り医者が俺たち二人を交互に見ながら言った。

 後ろでは巨乳の看護婦がコンピューターに向かってカチャカチャとキーボードを叩いていた。

 看護婦の白衣は、内側から巨乳の肉圧に押されてパッツンパッツンに切れんばかりだった。

 その、今にもボタンがはじけ飛びそうな巨乳を包んだ白衣の上に「高村」というネームプレートが張り付けてあった。

「ちょっと……どこ見てるの!」

 俺の隣に座ったスュンが、小声で、かつ、やや怒気を含んだ声で俺に言った。

「え? ああ……別に、名札を見ていただけ」

「ほんとう?」

「ほんとうだって」

 年寄りの魔法科の医者も、俺の視線に気づいたのか、振り向いて一度看護婦を見て、また俺の顔を見て、何を勘違いしたのか、こう言った。

「ああ、あれですか……電子カルテですよ」

「電子……カルテ……ですか……」

「最近は何でもかんでもIT,ITでね……ワイファイ……っていうんですか? この病院のあらゆる機器が院内ネットワークに接続されているんですよ。それで、データベース・サーバーだかに全患者の診察データが登録されていて、合併症などが起きた場合や、担当医が変わった場合でもすみやかに情報の共有が可能……と」

「……はあ……」

「まあ、しかし、私みたいな老兵には、便利なのも痛しかゆしでね。老眼だし、いまさらコンピューターなんか覚える気力も脳力も無いし……まあ、それでこうして若いもんに代わりに入力してもらっているんですわ……」

「……はあ……」

「あ、心配せんでも良いですよ……院内のセキュリティはバッチリだし、私や彼女はもちろん、病院の職員は全員、〈ヒポクラテスの誓い〉を立てとりますからな」

「ヒポ……何ですか?」

「いわゆる職業上の守秘義務ってやつですよ。まあ、それはともかく……どうされました?」

 医者は、今日二度目の「どうされました?」を俺ら二人に言った。

 カタカタカタ……

 後ろで、看護婦が〈電子カルテ〉とやらを一心に入力している。

「……あ、あの……実は、彼女の体に十五センチまで近づきますと……なにやら激しい電撃を感じるようになりまして……」

「……ほう……」

 カタカタカタ……

「これは、どうも何か魔法めいたものがからんだ病気なのではないかと……」

 カタカタカタ……

「なるほど……」

 俺は医者に前日起きたことを話した。もちろんスュンとの距離を測るため、彼女に上半身裸になってもらい、オッパイをわしづかみにしようとしたことも包み隠さず話した。

 カタカタカタ……「ぷぷぅ」

 電子カルテを入力しながら、巨乳の看護婦が我慢できずに笑った。

 よく考えたら、距離を測るのに別にオッパイは関係ないと気づいた。まあ、今さらだが。

 隣を見ると、スュンが下を向いて耳をピクピクさせていた。彼女は恥ずかしくなると下を向いて耳をピクピクさせる。

「……はあ……オッパイに十五センチまで近づくと、電撃が、ですか……」

 カタカタカタ……

 医者が、俺の言ったことをわざわざオウム返しに聞き返し、俺たちは益々ますます恥ずかしくなった。

「そりゃあ……たぶん、心因性煩悩性突発性15センチ電撃症ですな」

「心因性……何ですか、それ?」

 その俺の問いかけには答えず、年老いた医者はスュンの方を見て言った。

「奥さん、ちょっと廊下で待っていていただけませんか……旦那さんに問診しますので……」

 それを聞いてスュンは戸惑ったように俺を見た。

 俺も、何が何だか分からなかったが、ここはとりあえず医者の言う通りにしようとうなづくと、彼女は医者に「わかりました」と言ってハンドバッグを持って立ち上がり、診察室から出て行った。

 カタカタカタ……

 看護婦は相変わらず電子カルテに入力を続けていた。

「……ダーク・エルフの奥さんですか……」

 スュンが出て行った扉を見ながら、魔法科の医者が俺に言った。

「国際結婚というのも色々と大変でしょう? ……ほら、文化の違いとか、生活習慣の違いとか……」

「はあ……まあ……」

「いや、実は私のカミさんもエルフでしてなぁ」

「えっ? そうなんですか?」

「お互い十八で出会って、もう四十年……山あり谷あり、色々ありましたが……まあ、何とかやっていますよ」

 カタカタカタ……

 なぜか看護婦は、そんな医者の駄話だばなしまで俺の電子カルテに入力していた。

「ここんとこ、フラダンスに凝っていまして……いや、もちろん女房が、ですよ」

「フラダンス……ですか」

「まったく、エルフのくせして、なんでハワイアンなんでしょうね……」

 カタカタカタ……

 看護婦は、なぜか俺の電子カルテに医者の愚痴ぐちまでも入力し続けた。

「どうせならケルト民謡とかにすれば良いのに……まあ、エルフがケルト民謡ってのも芸が無いって事なんでしょうけどね……それで何を思ったか、私が引退して医者をめたら、二人でいっしょにハワイに移住しようなどと言い出しまして」

「はあ、そうなんですか……」

 カタカタカタ……

「本場で本格的にフラダンスを勉強したいなんて……まったく、いい歳して何を考えているのやら……私ら二人とも今年で五十八ですよ……まあ、女房はエルフだから見た目は二十代ですが……」

「はあ……」

 カタカタカタ……

 どうやら看護婦は、思わず漏らした医者の奥さんに対する愚痴を、院内ネットワークで共有するつもりらしい。

「まあ、それはそれとして……心因性煩悩性突発性15センチ電撃症についてですが」

「はあ、ぜひ説明を」

「人間とエルフ……異種族の夫婦や恋人の間でたまに発生する病気でしてな。原因は……」

「原因は?」

「ずばり、人間の男の煩悩ですな」

「煩悩……ですか……」

「言いえれば、奥さんに対するアブノーマルな性的欲求ですな」

「あ、アブノーマルな、性的欲求……」

「いやいや、何も恥ずべき事じゃありません。私も若いころには色々妄想しましたよ。せっかくエルフの嫁さんもらったんだから、中世ヨーロッパ風のコスチューム着せて、あんな事やこんな事してみたいとか……そんで、そのコスチュームを一枚一枚脱がせながら、奥さんに『誇り高き種族であるエルフの私がこのような恥辱を……クッ』とかいうセリフを言って欲しい……あ、あくまでプレイですよ。あくまでシミュレーションの話ですが……まあ例えば、そういう、奥さんに言えないような、奥さんに対する秘められたアブノーマルな欲求を持っているんじゃないですか?」

「そ、それが、この病気の原因ですか?」

「そう。そういう抑圧された欲求がユングの提唱するうんたらかんたら……フロイトにおけるどうたらこうたら……が、シンクロニシティして、ごにょごにょ……で、エルフである奥さんの無意識の防御本能を発動させて、電撃魔法を喰らってしまう訳ですな」

「はあ……なるほど……」

 俺は、スュンに対する恥ずかしい欲求を話そうか話すまいか一瞬迷った。しかし、これから二人で暮らしていくうえで、ぜひとも克服すべき問題であると覚悟を決め、年老いた医者に包み隠さず話す決心をした。

「……あのぅ……じ、実は……か、か、か、カ、カ……」

「カ……何ですか?」

「カ、カンチョーを……一度でいいから、その、俺の嫁さんの尻に、カ、カンチョーをしてみたいと……」

「ほう……カンチョーですか……それですな。病気の原因は……そのアブノーマルゆえに抑圧された欲求が、奥さんの無意識の防衛本能を呼んでいるのですよ……うん。間違いない」

 カタカタカタ……

「……あ……」

 巨乳の看護婦が、突然声を上げた。

「ん? どうしたね? 高村くん」医者が振り返って看護婦に声をかけた。

「電子カルテだと思ったら、これ、病院のフェイスブックでした」

「なに!」

「あ、投稿ボタン、押しちゃいました」

「なんだと!」

「患者さんの恥ずかしい告白……全世界に発信されました」

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