夜に彼女は問いかける

二石臼杵

夜に彼女は問いかける

「はい、もしもし」


「もしもし。私、メリーさん」


「えっ、はい?」


「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場の前にいるの」


「あの……もしもし?」


「私、メリーさん。今、駅にいるの」


「いたずら電話なら切りますよ……あれ? 切れない? なんで?」


「私、メリーさん。今、踏切の前にいるの」


「まさか、本物の『メリーさん』……? 嘘、そんな……」


「そうよ。私、メリーさん」


「いや……殺される……!」


「私、メリーさん。それがいやなら今から指定の口座に三百万円振り込んでほしいのだけど」


「これ詐欺だったの!?」


「私、メリーさんよ?」


「うん、ああ、そうね、メリーさんよね。名乗ってるからオレオレ詐欺ではないわよね」


「私、メリーさん?」


「知らないわよ! ワタシに訊かれても!」


「私、メリーさん。今、郵便局の前にいるの」


「やっぱりうちに近づいて来てる……! 死にたくない……!」


「私、メリーさん。死にたい場合は『1』を、死にたくない場合は『2』を、それ以外の方は直接担当の者にお繋ぎしますので『3』を押してください」


「コールセンターなの!? 担当の者って誰よ!?」


「もう一度最初からお聞きになる場合は『4』を押してください」


「いや、聞かなくていいです。とりあえず『2』っと……」


「……はい、担当の『赤い紙・青い紙』です。赤い紙と青い紙、どちらをご所望でしょうか?」


「間違えて『3』押しちゃったワタシ!」


「黄色い紙もございますが」


「それ頭がおかしくなるやつ! 結構です!」


「……私、メリーさん。今、交番の前にいるの」


「結局メリーさん順調に近づいて来てるし!」


「私、メリーさん。今、警察の人に補導されかけてるの」


「でしょうねぇ! こんな夜遅くに女の子が歩いてたら!」


「邪魔なの」


「きみ、お父さんかお母さんは一緒じゃないのかな? どうして一人で……え? なんだい? そのハサミは。危ないから渡しなさ――うっ!」


「お巡りさん!?」


「私、メリーさん。今、ついさっきまで警察官だった肉塊の前にいるの」


「えっ、そんな……嘘でしょ? ねぇ」


「私、メリーさん。今、住宅街にいるの」


「やめて……来ないで……!」


「私、メリーさん。今、空を見ているの。月が綺麗ですね」


「愛の告白なんていいから!」


「私、メリーさん。フルネームはメリー・アントワネットっていうの。パンがなければケーキを食べればいいじゃない」


「食べるから! お金の振り込みでも通話ボタンの『2』でもなんでも言う通りにするから、もう来ないで! お願い!」


「私、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」


「っ……!」


「私、メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの」


「…………」


「私、メリーさん。今、あなたのうしろにいるの」


「…………」


「私、メリーさん。今、あなたのうしろにいるのよ」


「……振り向いたら、殺されるのね」


「私、メリーさん。そうよ」


「顔を、見なきゃいけないのよね?」


「私、メリーさん。お姉さん、なんで笑っているの?」


「あら、声とおんなじで可愛らしい顔をしてるのね、メリーさん。まるでお人形みたい」


「私、メリーさん。お姉さんのお口は、どうしてそんなに大きいの……?」


「きれいな顔。羨ましいわ。――じゃあ、メリーさん。ワタシ、キレイ?」


「私、メリーさん。今、あなたの口の中にい」



 ぐちっ。ごりん。くちゃくちゃ。ごくん。

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