花ざかりの森
冷世伊世
大鏡 ― 春は夏に殺される.
葉名
「春の
たんぽぽ、
「アオジ。あれが見える?」
姉がわりの
「どちらですか?」
いつも通りの風景だった。変わったことといえば、祭りの前なので街がいつもより賑わっている。香ばしい蒸し焼きの匂いがかすかに漂ってきて、アオジは鼻をひくつかせた。
「街じゃなくて野のほう。ようくごらん」
くすりと笑む輝夜は、左に広がる田畑を見つめていた。ちょうど植え替えの時期で、広大な畑の半分は土がむき出しになり、緑が育つのをいまかと待っている。茶色い畑の真ん中に不自然な人影が三つあった。田畑を耕す町人の姿ではない。身なりは春の家につめる使用人たちと同じで、高級なうす
「あれは──春の人?」
「人ではない。葉名よ」
「ハナ?」
はじめて聞く言葉だった。人の名前かと思ったくらいだ。輝夜はそれ以上を言わず、じっと彼らを見つめている。周りの使用人たちを窺えば、彼らは一様にニコニコと微笑むばかりだ。どうやらなにかが始まるらしい。土の上に立つ葉名たちは一斉に腕をひろげた。吹く風を受け入れるように衣をたなびかせ、歌いはじめる。
──阿ァ──、阿亞ァ―、恵ゑ得ゥㇻ──、恵ゑゥㇻ―、ァ――……
同じ旋律を繰り返し、三人で重ねて風にのせている。鼓膜の奥で和音をなし、きんと響いて声が一体となる。瞬間、アオジはあまりの甲高さに耳をおさえたが、輝夜はおかしそうに笑っていた。田畑へ視線を戻したアオジは絶句した。土に緑が生え始めていた。遠目にもわかるほど大量に、土の茶を埋めつくす無数の新芽が、徐々に空へ伸びていく。あっという間に人の膝丈まで育ったそれは、どうやら領地でよくとれる作物のようだった。丸くて大きな葉っぱは芋類、細い茎と針のような葉の群れは米か麦だろう。種類の違う作物が区画ごとに、あっという間に育っている。歌っていた三人が声を止めると、空間は日常に戻された。
「あれが葉名よ。私たちの恵みの種」
そのとき、アオジは人ならざる者の存在を知った。それはすでに生活のなかに溶けこみ、春の家のなかにも、輝夜の周囲の付き人のなかにも混じっていた。人の姿をした彼らは麗しく着飾り、人と同じように暮らしていたが、人よりも優れた力をもっていた。神と人との中間点──彼らは、神聖な葉名と呼ばれる存在だった。
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