第二部 ニ 二〇〇三年三月三十日


 重い腰を上げたアメリカ陸軍第三歩兵師団が、ペルシャ湾にそそぐユーフラテス川沿いの幹線道路を上っていく。イラクに吹きすさぶ砂嵐・シャマル、待ち伏せていた民兵部隊の影響によって進軍が止まってから六日。ナジャフ北東に展開していたメディナ戦車師団を壊滅させた連合軍は、カルバラ地区へ足を踏み入れようとしていた。

 カーティス率いる分隊は、アメリカ兵が運転するハンヴィーの荷台に乗っている。ここ数日の激戦のせいか、みな表情に疲れが出ていた。


「まさかB-2爆撃機が出てくるとは思いませんでしたよ。あの全身翼機の実戦を生で見られるなんて……」


 目の前でAT4を膝に置いているハワード・フランツェンが言った。短く刈られた黒髪は健康的に上へと逆立っている。アメリカ軍の大規模攻撃に参加できたからか、白い歯をときおり覗かせながら放たれる言葉は浮足立っている。

 小国の国家予算並みのコストがかかっているとも言われている、アメリカ軍のステルス爆撃機、B-2。水平尾翼も、垂直尾翼も持たない、異様な姿の機体が精密誘導爆弾を雨のように降らせる様は、分隊の誰もが見たことのない光景だった。


「アパッチの部隊も参加してましたし、一大反攻作戦でしたね」


 見上げると、攻撃ヘリAH-64の漆黒の機体が五機、編隊を組みながらブレードを回転させ、カーティスたちと同じ方向へ飛んでいった。三十ミリ機関砲の炸裂音が断続的に響いたかと思うと、両脇に備え付けられたヘルファイアミサイルが空気を裂いて飛んでいった。ミサイルのさきにいた敵は跡形もなく消し飛ばされているだろう。


「アメリカ兵たちの話じゃ、メディナ戦車師団は戦力を半分以上損失したらしい。部隊としての戦闘能力はないに等しいな」


 ハワードの左に座っていたエルマーは、


「結果なんざわかりきってる戦争ですよ。アメリカを敵に回して勝てる国なんていない」


「だからこそ、核兵器を持とうとしているのかもしれない」


 アメリカの発表では、イラクは大量破壊兵器を保持しているのだと言う。規則に縛られているほかの核保有国ならいざ知らず、イラクという反アメリカ国家が核兵器を入手すればどうなるかわからない。アメリカとソ連が最後まで核の発射スイッチを押さなかったのは、押せばお互いだけでなく世界が破滅するとわかっていたからだ。当事者たちは理性的に物事を判断した。

 だが、敬虔なイスラム教徒たちが住む国に、グローバル資本主義の国々が侵攻してきたら。その国に住まう人々はどう思い、どのような行動をとるだろうか。

 運転手が叫んだ。


「カーティス少尉! 前方三百メートルに民兵のテクニカル武装車両! 視認できるだけで四輌!」


 銃座についていたノーマン・カンパーニは筋骨隆々の両腕を動かし、M2重機関銃を撃ちまくる。周囲を埋め尽くする砂漠と同じ茶色の髪が、衝撃で小刻みに揺れていた。

 カーティスたちは荷台から降り、アサルトライフルを構えて前方に出た。彼らの周囲にはエイブラムス戦車がいない。そこを脇の道路から突かれたようだった。両脇から出てきたテクニカルは、こちらに向けて走って来る。

 ハワードがAT4を構えた。強烈な爆風とともにロケット弾が飛翔し、目の前の一輌を吹き飛ばした。派手に横転し横にいた車輛も巻き込む。M4を構えたカーティスは、残りの二輌を無力化するため、左から接近してくるうちの片方のフロントガラスを撃った。サイト越しに脳漿を散らす男の姿が映る。最後の車輛は、アメリカ軍の歩兵戦闘車M2ブレッドレーの機関砲によって粉みじんになった。味方の死傷者はなし。燃え盛る車輛は、爆発する気配はなかった。

 車の残骸を撃って爆弾がないことを確認すると、第3歩兵師団は前進を再開した。


心的外傷後ストレス障害PTSDになった兵士たちの気持ちがよくわかるぜ」


 ハンヴィーの荷台に戻ると、ノーマンが銃座についたまま呟いた。

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