カラ

山磐歌作

第1話

 遠くの星を想像してする必要はない。

ただ、少し先の未来を想像して欲しいと思う。もしあなたが二十一世紀に生きているなら、それより百年から二百年ほど先の未来でいい。

 かつてニホンの首都だったトウキョウという街に、二十二歳になったばかりの女性がいる。

 都内にある国立大学に通っている学生だった。都内の国立大学と言えば、彼女のいるニホンでは最高学府で、つまり彼女は勉強が出来た。さらに性格も良く、笑顔も親しみ易いし、挨拶もちゃんと出来るので、近所の評判も良かった。

「ほんと良い子よ、愛嬌もあるし」

 笑顔で近所のおばさん連中が自分の手柄のように語る。そういう子だった。

 だがそういう優等生タイプの子供にありがちな、自己主張が少ない子でもあった。何でもそつなくこなし、出来の悪い子に比べたら大人にかまってもらえなかったということもあっただろう。それに馬鹿やのろまと違って、かまってもらえないことに文句を言ったところで迷惑なだけだということも理解していた、ということもあった。

 運動神経も良く、中学、高校を通じで、陸上部で活躍もしていた。彼女は短距離走の選手で、相当なスプリンターだった。あまり良い顧問に巡り合ったとは言えなかったが、それでも自分で創意工夫をして、高校二年生の夏には百メートル走で都大会の決勝にまで足を進めたことがあった。

 その時の結果は、八人中七位。決勝に残ったので入賞は決まっていて、リラックスは出来ていた。しかしそれが逆にあだとなった。もしも自己ベストを出していたら、三位になれたのだが、結果的に彼女はそのチャンスを逃してしまった。

 それでも彼女にとって、その結果は、人生で得た最初の収穫ともいえるものだった。自分で種を撒き、それに水を上げて、雨の日も風の日も気にかけて、じっくりと成熟を待って、決勝の行われた夏の晴れの日に摘んだ成果だった。高い競争を勝ち抜いた経験という点では、中学受験というものもあったが、それが父との相談の結果、自分の意思は半分という状態で挑んだことを思うと、彼女が主体的に取り組んだ陸上で得た結果には遠く及ばなかった。

 その夜、彼女は自宅に帰り、その成果を自室へ持ち帰り、ベッドの上で体育座りをしながら貰った賞状を眺めて、ひっそりと悦に浸った。

 彼女の名前は、保崎怜奈という。

 両親は彼女が五歳の頃離婚して、現在は父親と二人暮らしだったが、反抗期らしい反抗期を迎えることもなく、家族関係も良好を保ったまま、成人を迎えていた。

 成人を迎えるまでに、それなりの恋を経験して、決してそれに関して何も知らないという訳じゃない。男手一つで育ててくれた父親に言えない秘密もある。

 そんな彼女がこれから妊娠し、恋人を失う。

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