Epizodo 22

  ▽


「お疲れ様でした」


 より広く強調された玉座の間に、ミューヌ達姉妹とトリアドが残る。


 玉座にはエスペロが僅かに脱力して坐り、その脇にはネィジョの姿。ミューヌが隠れて睨んでいる事を、人間の少女は気付いていた。


「ああ……。まさか、あれほど集まるとはな」


「それこそ、エスペロの御威光在ってのこと」


 傅く十一名を代表し、二対四枚の黒翼を畳んだミューヌが顔を上げる。


「敗者の威光か?」


「守護者の威光です。私達を揶揄うような言は、謹んで頂けると嬉しく思います」


「ああ、済まない。寝惚け眼に〝あの〟光景は刺激が強過ぎてな。軽口でも叩きたい気分だっただけだ」


「いえ。私こそ、出過ぎた真似を」


「いや、構わない。――さて、早速だが今後の方針を話し合いたい」


 ミューヌ以外の十一名も、皆一様に面を上げた。


「目的は変わらない。先も言った通り、平和と平穏。しかし目標は変えなければならない」


 一万三千年前の常識が現在も通じるとは考えられない。雇われ魔王と言えど、エスペロもそこまでバカではない。


「私が提示できるのは大目標までだ。小さな細かい目標は、時代を見てきたお前達の方が適切に設定できるだろう」


「はい。必ず、その信頼に応えてみせます」


「ああ。そして、その大目標だが――」


 一つ。


「ヒトの世界を知る」


「ヒトの世界を、ですか?」


「ああ。昔は、この周辺に人里などなかった。大陸の果ても果て。奥深い果て地だった」


 にも関わらず、とエスペロは続ける。


「今では、馬の足で届く距離に村が在る。大きな里も在る。ヒトは、長い年月を経て更に数を増している」


 寿命の短い人間が、以前より増えている。その事実は、エスペロに少なくない衝撃を与えた。


「このままでは、私達の生活圏が無くなる。不干渉の平和は望めない。だから、知る必要がある」


「……その為の、娘ですか?」


 ミューヌの鋭い言葉が、ネィジョに刺さる。刺された本人は隠せないほど躰が震え、一歩も二歩も足を退いた。


「そうだ。ネィジョには、傍でヒトの常識を補完してもらう。……ミューヌ、余り睨むな」


「睨んでいません」


「いや、睨んで――「睨んでいません」


「……そ、そうか」


 言葉を遮られ、その圧力に一瞬たじろいだ。


「そういう訳で、この任には私が就く」


「御一人では危険です」


「分かってる。一人で出来るほど、世界は狭くない。ミドゥには、私と共に来てもらう」


「はい。謹んで、この身を捧げますわ」


「あ、ああ。いや、別にそこまで重く受け止める必要はない」


「ふふ。ええ、承りました」


 優しい微笑を浮かべるミドゥの前で、姉のミューヌは緊張を孕んだ声で言葉を紡ぐ。


「……あ、あの……エスペロ様……」


「うん? 何だ」


「ミドゥだけ、ですか……?」


「ああ。私とネィジョだけでは不自然だろう。だから家族として、ミドゥには妻を任せたい」


「まぁ」


「……――……」


 嬉しそうに頬を染めるミドゥ。


 ミューヌは対照的に、重く暗い雰囲気が小さな躰に圧し掛かった。


「かぞく……つま……」


「……ミューヌ?」


「……かぞく……つま……、つま……」


 俯き、ブツブツと呟き出したミューヌの身から溢れ出した闇が――エスペロの足許まで這い寄る。


 幻覚。しかし幻が、確かな質量を伴って脚に絡み付いた。


「……み、ミューヌ……?」


 すっかり腰を退かせたエスペロが、恐る恐る声を掛ける。しかし、聞こえていない。


「エスペロ様」


 変わらず笑顔のミドゥが、今となっては場違いなほど明るい声を出した。


「な、何だ?」


 助け船。エスペロは、桟橋から素早く縄を投げる。


「そちらの娘は、エスペロ様の補佐役。そうですわね?」


「ああ」


「私も、慣れない人間の地で一人は不安です。もう一人、推薦したい者がおります」


「ああ、構わない。誰だ」


「ミューヌを。家族という蓑の中で、娘を演じる者として不足ないかと」


「そ、そうだな。……ミューヌ、私と一緒に来てくれるか?」


「はいっ、喜んで!」


 キラキラと輝くミューヌの笑顔に、蠢く闇が霧散した。


「……じゃあ、次だ」


 二つ。


「この場にいない魔族の状況を知りたい」


 かつて戦争の折、魔族全て一ヶ所に身を寄せ合った訳ではない。


 己の力で己の一族を護り・暮らせる者は、各自の判断で身を隠させた。エスペロ一人の力で護り切れるほど、魔族は少なくない。


 その末裔の現況。確かめておきたい。


「ミューヌ。現在まで、調べられていないと聞いている」


「はい。私達にとっての最悪は、エスペロ様の身を危険に晒すこと。この地が暴かれる事です。外に出る回数は少なく、範囲も狭い」


 だから、と続ける。


「この地から離れて暮らす魔族の状況は、何も掴めておりません」


「だが、今となっては必要ない。私の身は、私が守る。気に咎める必要も、遠慮する必要もない。全力で、家族を探してくれ」


「はい。全力で、承ります」


 三つ。


「最後に、勇者の子孫を探したい」


「……アイツの、子を……ですか?」


「アイツって」と、エスペロは苦笑を滲ませ「どうやら、ミューヌは鮮明に記憶しているらしい」


「……はい。しかし、何故?」


「共に約束し、誓い合ったからだ。種の平和。大陸の平穏。勇者が何を見て、何を目指したのか――私は、今更だが知りたい」


 その為に、


「勇者の子と話してみたい。だから、探す。いや、探して欲しい。我が儘だが、協力して欲しい」


 エスペロは、頭を下げる。〝魔王〟としてではなく、朋を想う一人の〝男〟として。


「……分かりました。そちらも、承ります。――全力で」


「……ありがとう。私から示せる目標は以上だ」


 一つ。人間の世界を知る。


 二つ。離れて暮らす魔族を探す。


 三つ。勇者の子を探す。


「それでは、エスペロ様。細かな指示は私共から出させて頂きます」


「ああ。頼む」


 静々と一礼。その後、ミューヌ達は玉座の間から出て散った。

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