Epizodo 17
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「……どういう事か、説明して貰えるかしら」
鵺姉妹の長女ミューヌが、小さな腰に両手を当てて怒れる感情を表す。
しかし、
「全てエスペロ様が仰った通りです」
問い詰められる側の六女ミセスは涼しい顔で、椅子に坐ったまま姉の瞳を見返した。
「だ・か・ら、それがどういう事が説明を求めてるんでしょうがっ!」
「まぁまぁ、姉様。そんなに怒った顔で詰め寄っても、ミセスを困らせるだけよ」
次女ミドゥが姉を諫める。しかしミューヌは聞く耳を持たなかった。
「困ってるのはこっちよ! 漸く御目覚めになったと思ったら、帰ってきた途端ニンゲンの街で暮らすですって?」
長い黒髪と一対の翼を震わせ、ミューヌの声量が更に増す。
「一体全体、どういう事なのよっっっ! 何とか言いさないミセスッ!」
「……だから、全てエスペロ様が仰った通りです」
「何ですってぇ~……。大体、アンタが傍に付いていながらっ! どうして、こんな事になってるのよ!」
「ミューヌは、私にエスペロ様へ意見しろと言いたいのですか? 主へ逆らえと?」
「逆らえなんて一言も言ってないでしょ! 少しは助言しなさいって事よ」
「助言? 私が、エスペロ様に? ミューヌ、貴女は何を勘違いしているのですか?」
「はぁ?」
「何より遵守すべきはエスペロ様の意思です。その行動を遮る事など考えるべきではない」
「アンタこそ、何言ってるの? エスペロ様の意思と行動で、ネコナータはエスペロ様を失ったのよ? また同じ過ちを繰り返す気?」
「その為に私達は今まで鍛えてきた筈です。影からエスペロ様を護る為に」
「だからっ、それがネコナータと同じ道だと言ってるの! 影から小石を遠ざけるだけで危機が払える道を歩む方ではないでしょう!」
「だから何だと言うんですか? ミューヌがやらないなら、私がやるだけです」
「う、う……ううぅ~~っ! この分からず屋っ!」
「年長者が駄々を捏ねないで下さい」
その後も続くミューヌとミセスの遣り取りを、ミドゥと三女ミトリが見守る。
「口喧嘩じゃ、お姉ちゃんはミセスに勝てんやろなぁ」
「そうね。どっちも頑固者だし」
「せやねぇ。まぁ、頑固は血筋やな。けど、今回ばかりは助け船出した方がええんちゃうのん?」
「あら、どっちに?」
「そらお姉ちゃんやろ。今回はお姉ちゃんが正しい。もうエスペロ様を失う訳にはいかん」
「だから、私達が正しく導く?」
「導くって、そんな大仰な事やない。隣に立って、一緒に生きてくってだけや」
「隣に、ねぇ」
「何や。……ああ、そういやミドゥ姉さんも日陰派やったな」
「いい加減、その〝日陰〟〝日向〟って言い方止めない? 派閥争いじゃないんだから」
「せやけど、意見が違うんは間違いないやろ」
「そうね。正しい正しくないは今の私には分からないけど、私はミセスの意見に賛成ね」
「ほらな」
「実際、間違ってないでしょう? 私達は傅くべき存在。それが隣に立って、エスペロ様と同等の地位に就こうだなんて」
「地位とか、そんなんちゃうやろ? ただ共に、一緒に生きるってだけやん。手を取り合って」
「互いに支え合って?」
「せや」
「……ふふふ。ミトリにしては、面白くない冗談ね」
「……何やと?」
「だって、私達がどうやってエスペロ様と手を取り合うの?」
ミドゥは、微かに自嘲を含ませた。
「一万年以上鍛え続けたにも関わらず、私達の血は――一万年以上眠り続けたエスペロ様の、その足許にも及ばないのに」
「……必要なんは、力だけやないやろ」
「そうかしら? ネコナータも、結局は力が無かったからエスペロ様を失ったのよ。今の私達が前に出た所で、何も変わらない」
「せやから、影で大人しくしとけっちゅうんか?」
「私達が出来る事は、日向の道にはない――と言っているのよ」
「……ミドゥ姉さん、確認したいんやけど」
「何かしら」
「その〝日向の道〟は、エスペロ様が望み歩く道の事やんな」
「そうね」
「その道に出来る事はないって……ミドゥ姉さん、あんた何考えてるんや?」
「そんなの、ネコナータの頃から何も少しも変わらないわ。――エスペロ様の幸せ。特に、私達が望むべきはそれだけ。そうでしょう?」
「その〝幸せ〟を、ミドゥ姉さんはちゃんと分かってるんか?」
「分からないわ。でも、私はずっとエスペロ様の傍にいる。これからは、ずっと。だから、いつか気付いて下さるわよ」
「……うちは、ミドゥ姉さんの事も好きやで」
「あら、何を言ってるの? 急に。私も、好きよ。だって、私達は等しくエスペロ様の為の力なのだから」
「……はぁ、もぉ。ミドゥ姉さんには敵わん。ただまあ、お姉ちゃんだけは裏切らんやろ。――だって、一番〝ネコナータ〟やもんな」
「ふふふ。そうね」
「その笑顔が怖いわぁ……」
「あら、酷いわ。私達皆、結構似てるのに」
「まぁ、顔は……そうやなぁ。性格は、本当に同じ血かってくらい似てないけどな」
「そうね。そういう所は、姉様が羨ましいわ」
「うちは、ミドゥ姉さんのそういう所が怖いわぁ」
ミトリが疲れた顔で溜息を吐き、ふと思い出してミューヌとミトリに顔を向ける。二人は、未だ言い争っていた。
「油と水ねぇ」
「その言い回し、お姉ちゃんには伝わらんな」
「そういう所も可愛いわ」
「せやなぁ。お姉ちゃんだけが、十人もおる姉妹の中で唯一の癒しや」
「三女は口煩いものね」
「腹黒い次女がおるからなぁ」
その後も、ミューヌとミセスの言い争いは翌日まで続いた。
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