Epizodo 2 朋の離別
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「――らこん、ラコンティスト……っ!」
幾重にも広がる山と谷を越え――魔王を抱えて戻ったネコナータは、震える涙声で朋の名を叫んだ。
「ネコ!」
大柄な鬼が声を上げ、その傍で漸く四枚の翼を畳む。
「エスペロが……っ」
「分かってる……! 此方だ!」
ラコンティスト――ラコンはネコナータの腕で眠る魔王を一瞥し、踵を返して表情を隠した。
深く濃い森の中――その中心に、その樹は存在する。
魔族が〝父なる大樹〟と崇める神樹。その幹は天を支えるほど太く、土を払い除けて盛り上がった根は丘にも山にも見えた。
その根元には、巨人の風呂より大きな湖。ラコンとネコナータは、その水面に足を踏み入れる。
――すると、ザザッと水音を立てて湖が割れた。水流の谷。その谷底を流れる水は階段を作り出す。
ラコン達は特別に驚く様子も見せず、階段を下りた。
一歩一歩の足音に、水紋が響く幻想風景。その終点には大きく口を開けた穴。
「いくぞ」
「うん」
大穴は底まで闇に染まっており、異世界に繋がる扉を髣髴させる。しかし、やはり二人は臆す様子もなく飛び込んだ。
翼を持つネコナータさえ滑空せず、ラコンと共に重力の鎖に縛られて落ちる。
「〝Al pordo〟」
ラコンが一言呪文を呟けば、ネコナータ達を淡い光の鱗粉が包んだ。そのまま三人の躰を強く抱き込み、次の瞬間には粒子が弾けた。
ラコン達の躰は既に暗い穴にはなく、樹を刳り貫いた部屋に立っている。
一ヶ所だけ切り取られた穴は扉――その扉を潜り、二人は外に歩み出た。
外に広がる世界は、超を付けて巨大な空洞。大鍾乳洞。多種多様な魔族が行き交う未完成の国。
その街道をラコン達が歩く。
「……魔王さま……、そんな……」
「ああ、母なる大地よ……」
「どうか……。どうか、魔王様を……」
蒼いスライムから老いたドラゴンまで――姿形を問わず、ネコナータに抱かれた魔王の血に視線を向けた。
中には涙を流し、泣き崩れる姿も多い。
「皆、道を開けてくれ。一刻を争う」
ラコンの声で、魔族が一斉に動いた。統率の取れた動き。開かれた道の両側に跪き、頭を垂れた。
「ありがとう」
ラコンとネコナータが向かう先は、鍾乳洞に流れる川の源泉。紺色の水に、碧色の光が沈む紺碧の泉。
〝生命の泉〟
その畔で、足を止めたラコンがネコナータに声を掛けた。
「ネコナータ、魔王様を」
視線で泉を指す。
しかし、ネコナータは躊躇を見せた。躰の冷え切った魔王を強く抱き締める。
「……」
「ネコナータ」
「……わたし、まだエス……――魔王様と離れたくない……っ」
涙痕の染み込んだネコナータの頬を、再び透明な雫が伝った。
「……ネコナータ。早くしないと、それこそ手遅れになってしまう」
「……」
「……ネコナータ」
「……きっと、また会えるよね?」
藁にも縋る声。
「……」
しかし、ラコンは返す言葉を持たなかった。視線を外し、それでも声を絞り出す。
「もう、オレ達の手では運命に抗えない。時もなく、力もない。今のままでは、また……頼るしかなくなってしまう」
「……」
「信じるしかないんだ。未来を――」
「……わかった」
涙の流れ落ちる目を強く閉じ、ネコナータは強引に後悔を断ち切った。ゆっくりと魔王の躰を泉に沈める。
その様子を遠く見守っていた魔族達も、合わせて黙祷を捧げた。
「魔王様……」
気丈を取り戻したネコナータの声が響く。
「わたしの子が、次は必ず守ります」
「我々の子も、御身を支える事でしょう」
魔族の英雄〝魔王〟エスペロの死は、この時――生き残った魔族達の心に深く刻まれた。
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