Epizodo 1 魔王の死
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勇者と魔王の――十九年目の決闘が、幕を開けた。
「ハァ――ッ!」
「グ……ッ」
木漏れ日も翳む森の深奥に――崩れた山の絶壁に穴を掘り、粘板岩で固めた魔王の居城が存在する。
その城門で、金の光と黒の影が交錯した。
勇者は金髪を靡かせ、紺碧の双眸で魔王を鋭く射抜く。片手で両手剣を振り回し、左手の刻印から光の精霊術を乱れ撃った。
魔王は黒く、側頭部から二本の角を生やす。頑強な鱗に覆われた両腕で勇者の剣撃を防ぎ、魔眼の力で精霊に対抗していた。
「フ――ッ」
魔王が長い尻尾で横薙ぎ――一閃。勇者は咄嗟に跳び退る。しかし着地のバネを膝に溜め、再び肉迫した。
光の剣撃が魔王を襲う。
「チィ……ッ」
「どうした魔王! 今日は動きが鈍いな!」
「だったら手加減しろッ」
「それは無理な相談――だなッッ!」
地面を抉って振り抜かれた勇者の一撃が、魔王の右腕を肩から斬り落とした。
「う……――」
片腕を失った魔王はバランスを崩し、態勢を立て直す為に後方へ退避した。
しかし、
「まだだ!」
躰を翻して一回転――気勢を纏った勇者は素早く追撃。地面を削って疾走する剣を振り上げ、残された左腕を奪う。
次いで蹴撃が鳩尾に刺さり、黒い影は岩壁まで吹き飛んだ。
「――……っっ」
魔王は岩を砕いて壁に減り込み、言葉に成らない声と共に血を吐き出す。
大地に零れた赤い染み――その痛々しい水模様を見、勇者は溜息を吐いた。
「おいおい、ホントどうした。こんな形で、おれ達の因縁に決着をつけるつもりか?」
勇者が不満を口に出す。
「――魔王様ぁっ!」
その時、天に悲鳴が響いた。続けて大きな影が勇者の頭上を越え、岩壁に嵌った魔王へ飛来する。
巨大な四枚の黒翼を生やした魔族。その姿は、勇者の脳裏にも刻まれていた。魔王を支える側近――その一人。
「……首尾は?」
血の混じった声で魔王が問う。鳥の魔族は、ボロボロと流れ落ちる涙声で返した。
「全員無事です……っ。避難完了しましたっ」
「……そう、か」
その言葉を最後に、魔王は部下の腕の中で意識を失った。
「……避難?」
魔族の会話に首を傾げた勇者は、探る様子で周囲を見渡す。
「そういや、人気……この場合〝魔気〟か? それが感じられないな。――おい、娘。残りはどこにやった」
「……――」
救出した魔王を抱え、四枚羽の魔族はキッと勇者を睨んだ。
「……絶対に、許さない。ニンゲンは、全部根絶やしにしてやる……っ」
震える啖呵に、勇者も笑って応える。
「ハッ、よく吠える。自分の胸を見て、よく考えるんだな。――誰が、誰に負けたのか」
「魔王様は負けてないッ!」
しかし、金切り声で言い返された。
「魔王様は、数千の命を救って今日に臨んだ……。わたし達の制止も、聞かず……。――精々今は誇るがいい!」
「ああ、そうさせて貰おう」
勇者は金髪を掻き上げ、堂々と振る舞う。
「……くっ」
黒翼を荒々しく羽搏かせ、彼女は魔王を連れて雲間に消えた。
「……やっぱ、万全じゃなかったのかよ」
勇者は、剣を地面に強く突き立てる。
「もう再戦はムリだな」
大の字で寝転がり、勇者は独り言ちた。
ヒトと魔族。寿命の差は、実に十倍以上。加えて勇者も三十代後半。往年の激闘に、躰の節々が悲鳴を上げ始めている。
「あー……、勿体ねェ……」
物心付いた頃から剣を振り回し、気付いた時には勇者に祭り上げられ――魔王と血闘を繰り返した。
約二十年――正に、人生の絶頂期。
楽しかった。
「……子どもでも作るか」
魔王は必ず復活する。その時、人類が対抗する為の力が必要だ。自分以外の血が、魔を淘汰し得る筈もない。
「しっかし……まず相手を探すとこからだな」
国へ凱旋を果たした時、勇者は子種を仕込む為の相手を思い描いていた――。
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