火星には牛乳もあります
乙野二氏
第1話
「どちらが真実かな? 美紀」
ニョルニョルは火星の王様らしく余裕たっぷりで玉座に腰掛けている。いやもうリラックスしすぎて横になっていると形容したほうがぴったりな程、だらしのない姿をしている。横には従者のポポコさんがいる。ポポコさんはそんな王様に、女性らしい優しい視線を送っている。「一体、どっちが良い女なんだ?」
そんな火星の王様の悩みを聞いているあたしは地球の女子高生。
玉座の前で、あたしは跪くこともなければ、頭を垂れているわけでもない。玉座よりは劣るけど、それなにゴージャスな椅子に座って、いつもの癖で脚を組んでいる。
「どっちがいいのかなー」
ニョルニョルは地球人で言ったら白人に近い容姿をしていた。それは隣にいるポポコも同じだった。風で靡く繊維のように細い金髪、目は黒いが、肌ははっとするほど白く、背は百八十はあるだろう。痩せ型で、鼻筋も通っていて、唇は薄く潤い、瞳は常にそこに映る真実を見通しているような感じで顔も悪くない。
ただ、こうやって玉座にだらしなく座り、お妃候補の二人がそれぞれ映っている二枚の写真を眺めて、ぶつぶつ呟く姿は、完全な能無しに見える。「どっちもナイスバディだしなー」
「はしたないですよ、殿下」
隣にいるポポコさんはメイド服で、玉座の大きな幅のある肘掛に置いてあるグラスに水を注ぐ。「未来のお妃様を性的な理由でお選びになるなんて」
ポポコさんの口調は決して乱れない。彼女はいつもそうやってゆっくりとした優しい語り口で、馬鹿なことを言うニョルニョルを諭す。
水をグラスに注ぎ終えると、ポポコさんはさっと花でも摘むような優雅な手つきで、ニョルニョルから二枚の写真を取った。
「あ」と、ニョルニョルは目を醒ますように声を漏らす。だが従者であるはずのポポコさんはそんなの気にしないように、二枚の写真をわたしの手元に持ってきて「よろしくお願いします」と言った。
あたしはそれを受け取り、そこに写る二人の女性を見比べる。
「うーん」
ニョルニョルが悩むのも無理がないほど、素晴らしいプロポーションの女性が写っていた。「これは難しい」
「美紀様でも難しいですか」
「そうですねぇ」
ポポコさんの期待にすぐにでも応えたいという思いもあるが、自分自身で答えを導き出せていない以上、適当な真似は出来ない。「写真だけだと甲乙つけ難いですねぇ」
「いっそ、法を変えて一夫多妻制にしてはどうかな? ポポコ」
ニョルニョルは手持ち無沙汰にだらしのない姿勢のまま天井を眺めていた。「そっちのほうがよっぽど良いと思うんだ」
「一体、何に良いのですか? そのぼんやりとした頭ですか?」
こういう毒舌をポポコさんは子守唄のようにニョルニョルに言う。「それでは民は納得しませんよ。色ボケした王についてくる民衆なんてこの火星には一人もいやしません」
「そんな言わなくなって良いじゃん――。ちぇ。冗談だよ」
ニョルニョルは不貞腐れる。「あー、一体どっちの女と結婚すれば僕は幸せになれるんだー」
彼はそのまま天井を眺めながら歌うように呟く。「ほんと、可愛い嫁が欲しいだけなのに」
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