最終章 リセットされた人生
青い空、コバルトブルーの海、そして真っ白な砂浜。海を渡る暖かな潮風、この世の楽園のような島だ。
ここ沖縄の離島に移り住んで、早一年になろうとしている。こちらの生活にもすっかり慣れて、色白だった啓子の肌は小麦色に日焼けして、健康的な島の娘になった。
あの後、都会暮らしを捨てて、三人でこの島にやってきた。
全ての財産を処分し、マンションは賃貸にして人に貸して、わずかな賃貸収入を得ている。
この島で釣り船屋を経営している、宏明の大学時代の先輩を頼って、突如、都会から、この離島にやってきた三人を島の人々は最初は好奇の目で見ていたようである。
たぶん、父親と娘とその子どもと思っていたようだが――真実は夫婦と夫の愛人なのだ。
まあ、誰も信じないだろうけれど……。
都会と違って、この島ではお金を使うこともない。
宏明は小型の漁船を手に入れて漁にも出るし、啓子は庭で野菜やドラゴンフルーツを育てている。わずかな日用品以外、この島では何も要らない。
お金も要らない、時計も要らない、そう、時はゆっくりと静かに流れていくのだ――。
「マンマ……」
やっと、よちよち歩きを始めた、さっちゃんが、啓子に連れられて浜辺を散歩している。
一歳になったばかりの
あの時〔若返りカプセル・リセット〕を飲んだ幸恵は危篤状態から、反転、数日間昏々と眠り続け……ついに赤ん坊にまでリセットされてしまった。
〔若返りカプセル・リセット〕は、今まで、若返りカプセルの一年、五年、十年、二十年……と飲み続けた啓子が飲めば、おそらく元の年齢にもう一度、リセットされるシステムだったかもしれない。
全く薬を飲んでいない幸恵だから、赤ん坊にまでリセットされてしまったようだ。――こうして赤ん坊から、また成長し始めているのだ。
啓子たち三人はこの島にやってきたが、娘の
アメリカに住んでいる長女の
イタリアへ料理の修業にいく石浜に、一緒に付いていった
「キャッキャッ」
白い砂浜に小さなヤドカリを見つけ、さっちゃんがはしゃいでいる。
「あらっ、ヤドカリさん見つけたの?」
啓子も一緒にヤドカリを目で追っている。一歳になったばかりの幸恵は本当に可愛い。生まれ持った優しい性格が、もう育ち始めている。――決してヤドカリを捕まえようとはしない。
かつては夫の愛人で憎むべき女だったが、もうそんなことを啓子は気にしない。
今、この瞬間の幸恵が我が子のように愛おしいのだ。《幸恵さんはリセットされて、前の人生の記憶も失くしてしまったのかしら?》赤ん坊の幸恵に訊くことはできない。
前の人生では……悲しいことばかりのあなたの人生だったけど、今度は宏明とわたしとで幸せな人生を送らせてあげたい! そう心の中で啓子は強く願っている。あなたが二十歳になったら、あの真珠の指輪をきっと返すからね。
幸恵さん、あなたもわたしも新しい人生をリセットしたのよ!
――沖の方から漁船が一艘、島に向かって帰ってくるのが見えた。あれは宏明の乗った漁船である。
海は静かだし《今日はどんな珍しい魚が獲れたかしら?》この島では、そんな呑気なことしか考えない。あぁー潮風が心地よい。
さっちゃんを抱き上げて、漁船に向かって大きく手を振る。
「ヒロさーん!」
すると、漁船の方から宏明も手を振って応えている。
――幸せな光に包まれた満ち足りた時間が、ゆっくりと流れていく。この島は、わたしたちの新しい人生のための楽園なのだ。
不思議なリセット〔若返りカプセル〕は、たぶん人生を考え直すために、神様が、啓子にかけた魔法なのかもしれない。
この奇跡がいつまでも続きますように――。
― 完 ―
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