徒然ウィード

@dekai3

皇記二六七七年

水の月

6/8 そうめん

『東海地方が入梅。梅雨入りしました』


というニュースを聞いて、私は少年のようにワクワクしながら茹でたそうめんを持って外に出た。


しかし、空から降るのはただの雨(水分以外の不純物として煤などの燃焼由来の有機物、硫黄酸化物(硫酸)、窒素酸化物、塩素、ナトリウム、土壌由来の成分などで、重金属類が含まれることもある。―Wikipediaより引用)であり、私の求めるつゆ(出汁を8、醤油を2、酒を1、味醂を1の割合で合わせてから沸騰させ冷ました物。地方や環境で割合は異なる)が降っているわけではなかった。


「騙したな!!」


私はそう叫び、そうめんの入った水で満たされたガラス鉢を振り上げ、アスファルトの道路へと叩きつけようとする。


だが、その手は振り落とされる事はなかった。


確かに私は梅雨とつゆを勘違いした。

蒸し暑い中でじっと我慢しながらそうめんを茹で、それをキラキラと輝くガラス鉢に入れ、夏休みに外に出かける時の少年のような心で外に出た。

そして味わった落胆。絶望。そして怒り。

その感情は私を修羅にさせるには十分であり、世界を七回消滅させても釣りがくるだろう。


それでも…それでもだ。

この手の中で乳白に染まるそうめんに罪は無いのだ。


私は耐えよう。

例え、この降りしきる雨が麺つゆに変わることが無かろうとも、決してこのそうめんを投げ捨ててはいけないのだ。

産みだした物は育てる義務がある。

作った物は食べる義務がある。

それを忘れてしまっては、命を疎かにするこの現代社会に生きる俗物と同等になってしまう。


……ああ、それはいけない。私は私なのだ。俗物に成り下がってはいけない。


この手に持ったガラス鉢の中の乳白色の銀河を、慈しみながら箸で掬う。


「すまなかったな、そうめんよ。麺つゆが無くとも貴様をおいしく頂いてやる。ありがたく思え」


そう言い、啜る。


おいしくない。味がない。


もういい。家に入ろう。空から麺つゆなんて降ってくるわけがない?バカなのか?バカだったな。

釜玉うどんみたいに卵と醤油で混ぜるとするか。あ、納豆を入れてもいいかもしれない。

そうそう、この国の国語の教科書でソーミンチャンプルーが出てくる話があったな。焼きうどんみたいな物のはずだ。それもいいな。


それにしても、どうして私はこんなバカな事をしたんだろうか。

きっとあれだ。夏が悪いんだな。

おのれ夏め。そのうち成敗してくれる。覚えていろよ。

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