秘密と嘘のあいだで
グリーンフォレストによるバスジャックおよび爆弾テロ未遂事件は、メディアでは全く取り上げられなかった。首都チトセシティのど真ん中で起こった事件であること、そして事件の深刻さを考えれば、これは異例と言ってもいいかもしれない。
国による情報統制が行われている可能性も考えられる。というか、それしか考えられないだろう。インターネットが発達した現代においても君主制を敷いているわがシャダイ王国では、報道機関やインターネットも政府の監視下に置かれており、政府の意に沿わない内容は報道できない。
とは言っても、政府も常に報道やインターネットに目を光らせているというわけではなく、例えば王家の人間のゴシップネタぐらいならネット上にいくらでも転がっているし、世界情勢に関する情報収集も自由だ。僕が知る限りでは、深刻な人権侵害なども見られない。不自由に感じることもあまりないし、現代に残る数少ない君主制の国の中では、割と緩い方だと言えるのではないだろうか。
しかし、今回の事件について政府がここまで徹底した情報統制を敷いているのは、やはりこの事件にロザリーが絡んでいるためだろう。
白銀の髪を薔薇の蔓に変え、あやうく暴走しかけたロザリーの姿を、その場に居合わせたバスの乗客たちに見られてしまった。事件に関する報道を許してしまうと、ロザリーに関する秘密を国民に知られてしまう恐れがあり、それを防ぐために、政府は神経を尖らせているのだろう――と、これはネブラ医師の推測だ。
僕を含めたバスの乗客たちは全員一度市内の病院に運ばれたのだが、僕とロザリーだけは、すぐに国立マナ研究所の医務室へと移送された。
僕の傷口の治療と経過観察はもちろんのこと、今回はロザリーもいつになく疲労困憊していたから、彼女の体に異変が起こっていないか調べる必要があったようだ。
運ばれてきた僕とロザリーを見て、ネブラ医師は、
「やあ、いらっしゃい。毎度あり」
と、まるで魚屋のおっちゃんみたいな威勢のいい声を上げた。
「毎度ありって……それじゃまるで僕たちが買い物客か何かみたいじゃないですか」
「まあ、実際似たようなものだよ。だってロザリーはもちろん、君だって興味深い研究対象なんだからね。どんどん酷い目にあって、ここに運び込まれておくれよ。さ、傷口を見せて」
有無を言わさず麻酔を打たれ気を失った僕が次に目覚めた時には、数日前と全く同じように医務室のベッドに寝かされていて、背中に刺さったガラス片は綺麗に取り除かれていた。隣のベッドでロザリーが寝ていたところまで全く同じ。
麻酔が解けてから、ネブラ医師は今回の事件についての動向を色々と教えてくれた。冒頭に述べた政府の対応に関する推測も、その時に教えてもらったものだ。
僕たち以外のバスの乗客にロザリーの能力を見られてしまった件については、国内選りすぐりの精神科医の催眠術によって、記憶の修正が行われたらしい。ミヤビ様のヴァイオリンで眠っていたこともあり、大きなアクシデントもなくスムーズに処置されたとのこと。
修正っていうと軽いニュアンスに聞こえるけど、それって記憶の改竄、もっと言えば洗脳に近い行為。ロザリーが関わるとそこまでやるのかと、僕は改めて恐怖を覚えた。薬物とか使っていないといいけれど。それに、ほんとに大丈夫なんだろうか、ロザリーを街で見かけたりしたら思い出すんじゃなかろうかと色々不安が残る。
また、今回の事件の解決にブランボヌールの二人とレーヌ(の部下たち)が関与、介入したことで、彼らについても、これ以上は隠しきれなくなった。
ロザリーが三人のことを話すと、ネブラ医師は複雑な表情で『そうか』と呟いた。そのまましばらく考え込んでいたが、
「参ったね……できる限り君たちの意思を尊重してやりたいところではあるんだが、こればかりは、僕の手には余る問題だ。何しろ、ロザリーの命を狙っているかもしれない連中と、ロザリーに対して友好的ではあるものの、他国のスパイかもしれない連中、ってことだろう?」
「ええ……こんなことになる前に、すぐに話しておくべきだったのかもしれない。ごめんなさい」
「いや、まあ、その子たちが現れてまだ何日も経ってないし、仕方ないよ。一応上には報告しておくけど、おそらく寛大な措置が取られるんじゃないかな……だって、今回のバスジャック犯を退治したのはそのスターリング一族っていう連中で、ロザリーの暴走を止めたのがブランボヌールっていうユニットの子たちなんだろう? あんまり無下には扱えないはずだよ」
あの二人は確かにアイドルグループでもおかしくない容姿をしてるけど。ネブラ医師の『ユニット』という表現に笑いを堪えつつ、僕は彼らに害が及ばないよう、心の中で祈った。
前回の銃創と比べると、今回の背中の傷は出血も少なく、ガラス片もそれほど深く刺さっていたわけではなかったため、入院は一日だけで、手術を受けた次の日の夜にはもう家に帰ることができた。術後の経過も良好だった。やはりロザリーの血を輸血したことが、僕の体に何らかの影響を及ぼしているのだろうか。
今回は両親にもバスジャック事件のことは知らされておらず、ただ一日ロザリーの家に泊まった、とだけ伝えるよう指示された。両親にその通りに伝えると、怒られはしなかったものの、次からは一応連絡ぐらいはしなさいよ、と釘を刺された。
それにしても、ロザリーの件にしろマナ研究所の件にしろ、いつの間にか両親に対する隠し事が増えてしまった。ロザリーと出会うまでは、隠し事なんてほとんどなかったのに。
僕は決して嘘の上手い方ではない。むしろ苦手な方だと思う。
両親は今のところロザリーとの交際を歓迎してくれているけれど、もし本当のことを知ったら何と言うだろう。
このまま嘘をつき通せる自信はないし、仮に僕がうまく嘘をつき続けられたとしても、それとは別のところからロザリーのことが白日のもとに晒されてしまう可能性は考えられる。
例えば、もしも今回ミヤビ様たちが来てくれなかったら、そして街中でロザリーの能力が暴走していたら、きっと全てが明るみになり、彼女はグリーンフォレスト以上の危険人物として非難されていたに違いない。それでも政府は情報統制を徹底し続けられるだろうか。
いや、そんな極端なケースではないにしても、どこからか秘密が漏れてしまうことは十分に有り得るのだ。雪舞に乗って市街地のど真ん中を駆け回った時のように、ロザリーは突然刹那的になることがある。あんな事を繰り返していたら、いつかきっと――。
その夜、僕は暗澹たる気持ちのままベッドに入った。
色々な思考が渦巻き、心身共に疲れていたはずなのに、眠りにつくまでにはかなりの時間がかかった。
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